第84話 奇妙な石


 シャンテの話によると、チェペットは作業の休憩時間にはよく一人離れてポツンと座っている事が多かったのだという。それ自体は以前からずっとそうだったので、誰も気には留めなかった。


 しかし、ある時、休憩しているチェペットに用事があって彼の元に行った副監督が、気になるものを見たのだそうだ。


「チェペットさんがね、こう、何かを手に持って考え込んでたんだって。それで何気なく覗いてみたら、手に持っていたのは石ころだったの。すぐにチェペットさんがポケットに仕舞っちゃったからそれ以上はわからなかったそうなんだけど、なんで石ころなんて眺めてるんだろうって不思議に思った、って」


「そういえば、似たような話は僕も聞きました」


 と、これはカロン。


「チェペットさんが亡くなる数日前の話だそうですが」


 その日もチェペットとベネシスは工事現場の端で言い争いをしていた。

 そして、詰め寄るチェペットが煩わしくなったのか、ベネシスが彼を手で突き飛ばしてしまったそうだ。いくら威勢が良いとはいえ、相手は老人。ベネシスに強く押されて、チェペットは地面に倒れ込んだ。


 たまたま近くにいたその作業員が心配して手を貸してやると、立ちあがろうとした彼のポケットから何かが転がり落ちるのが見えたという。


 拾い上げてみると、それは石ころのようなものだった。ただ、少し奇妙な形をした石だったので不思議に思って眺めていたら、慌てた様子のチェペットにその石をパッと取り上げられた。そして、チェペットはそれをポケットにしまい込むと、そそくさとその場を立ち去ったのだという。


「その石というのは、その辺に転がっている普通の石と同じような色と質感をしていたそうです。しかし、ぐにゃぐにゃとねじれたような不思議な形をしていたそうで、それで印象に残っているとその作業員は言っていました」


「……石、か」


 カロンとシャンテの話に共通して出てくる、チェペットがなぜか大事にしていたという石。宝石の類いではないようだが、形が奇妙ということから奇石の類いなのだろうか。タケトにはさっぱり分からない。


 それは、カロンとシャンテも同様のようだったが、ただ一人、ブリジッタだけは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。


「どうした? ブリジッタ。なんか、思い当たることでもあるのか?」


 じっと一点を見つめて黙ってしまったブリジッタの顔の前でタケトが手をひらひらさせてみると、ブリジッタは煩しそうに小さな眉を寄せた。


「石に……妖精……。その二つが、少しひっかかるんですの。昔。ある地方の昔話で、そんな話を聞いたことがあるような気がして」


「どんな昔話なの?」


 シャンテの言葉に、ブリジッタはますますきゅっと眉を寄せて思い出そうとする。


「うろ覚えですから合っているかどうか自信はないのですけれど。たしか……妖精が生まれる石。石の中に、妖精の卵となるものが紛れている。そんな伝承でしたわ。『妖精の石フェアリーストーン』とかなんとか、確かそんな名前だったかしら。大事に保管されていた石を見せて貰った記憶もありますの。滅多に発見されることのない、とても貴重なものですのよ」


 そして、開いた窓から覗く曇天を見つめて、ぽつぽつと歌うように口ずさむ。


「『幾万の夜の月と、幾万の昼の月。光が妖精の石フェアリーストーンに降り注ぐ。生まれた妖精はもう戻らない』 そんな歌を、子ども達が遊びながら歌っていましたわ……あら?」


 そのとき、タケトたちのテーブルに近づく人影があった。みなの視線が、そちらに向く。落ち着かなげな表情でそこに立っていたのは、ホッジだった。


「何かワラワたちに御用かしら?」


「あ、あの……」


 いつになく、ホッジはおどおどと視線を彷徨わせている。他人に聞かれたくない話なのか、周りを警戒しているようでもある。テーブルの近くに他の人がいないのを確認してから、小声の早口で言ってきた。


「あなたがた、チェペットさんのこと、調べているんですよね」


「そうだけど。ごめん、……まずかった?」


 タケトの問いに、ホッジはさらに声を小さくしながら答える。


「は、はい。たぶん、ベネシス様がお知りになったら、お怒りになるかと」


「ああ、そうだよね。悪い。もうやめ……」


 しかし、そのあとに続いたホッジの言葉は意外なものだった。


「ええ。ですから。ベネシス様が戻られる前に、見て頂きたいものがあるんですっ」






 ホッジに連れて行かれたのは、運河の掘削現場横につくられた作業小屋のひとつだった。

 ホッジが鍵をあけて、粗末な両開き扉を開く。


 中は薄暗かったが、ホッジが手に持っているランプの灯りのおかげで中の様子が見て取れた。


 室内には掘削につかうスコップやツルハシの類いが種類ごとに固められて置かれていたが、ホッジはタケトたちをさらに小屋の奥隅へと連れて行く。


 そこには、太さ十センチ、長さ三メートルほどの長い筒状のものが数本、いや、何十本と置かれていた。表面には記号のようなものが書かれているのも見える。


「これは、なんですの?」


 ブリジッタの問いに、ホッジは屈んでランプを地面に置くと、その筒のようなものに手を伸ばす。筒を掴んで引くと、筒の上半分がパカッと取れた。筒の中には土がぎっしりと詰まっている。


「これは、掘削くっさく前の事前調査のために採取したものです。この筒の先端には大地の精霊が仕込まれていて、筒はゆっくりと地面に垂直に潜っていくようになっています。そして、土をいっぱいまで採取すると今度は逆方向に昇ってくる仕様です。そうやって、掘る前の土を採取して地盤の組成を確認するんです」


 へぇ、とタケトは内心感心した。これは、サンプリング調査だ。言われてみると、たしかに筒の先端には黒くなった魔石がつけられていた。


「この調査自体は、こういった大規模な掘削を行う前には必ず実施される通常のものです。ただ……」


 ホッジは、何十本と置かれたその筒を複雑な表情で見つめた。


「ここにあるものは、すべて、あのゴーレムがいるあの辺りの土地のものです。チェペットさんは、生前、あの土地の調査をとても念入りに行っていました。……異常とも思えるほどに念入りに。本来であれば数本取れば充分なはずなのに、チェペットさんはあの土地には執拗な調査を何度も何度もかけて。そうして採取したものが、これらです。ベネシス様はこんなに何本もあっては邪魔なので捨ててしまうように言われるのですが、私にはどうしても処分する気になれなくて。……チェペットさんが何を探っていたのか、私も知りたいんです」


 これだけの本数。一体、チェペットは何を調べようとしたのだろう。何かを探していたのか。それとも、何かを確認しようとしていたのか。

 ブリジッタが筒の中の土に指で触れる。


「この土、ワラワたちが中を掘り返して調べてみてもいいかしら? 土はバラバラになってしまうかもしれないけれど」


「いいですよ。こちらとすれば、数本もあれば充分なものですから。ちょっとそれだけ取り分けさせていただいて、あとは好きに使って頂いて構いません」


「せっかくチェペットさんが残したものなのに、崩しちゃっても大丈夫?」


 タケトの問いに、ホッジはコクンと頷く。


「私たちでは、チェペットさんがこれらを残した意味が分かりませんでした。でも、あなたたちなら、何かわかるんじゃないかと思って」


「じゃあ、さっそく作業に取りかかりますわよ。カロン、タケト、シャンテ。この筒の中の土から探して欲しいの」


「それって、もしかして、さっきブリジッタが言ってた……」


 タケトの言葉に、ブリジッタはフフンと笑う。


「そうですわ。探して欲しいのは、奇妙な形をした小石。チェペットさんが持っていたものと同じものですのよ」

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