第85話 見つけた


 タケトたちはホッジが見守る中、筒の土を棒や小さなスコップで慎重に崩していった。


 しゃがんでの作業は、なかなか腰にくる。

 長い間同じ姿勢のまま作業をしていたら、すっかり足腰が凝り固まってしまった。膝を伸ばしていたら、すぐ隣で手伝っていたトン吉から勢いよく土が飛んできた。


「うわっ!」


 見ると、トン吉は前脚を使って勢いよく土を掘っている。それがタケトの方まで飛んできたのだ。掘り返した土にさらに鼻を突っ込んでガシガシやっているトン吉を抱き上げて、タケトは目と目を合わせた。


 土まみれになったトン吉のつぶらな瞳が、きょとんとタケトを見上げる。


「なんですか? ご主人」


「何ですか、じゃねえよ。ちゃんと周り見ろ。俺まで土まみれにしないでくれ」


「ご主人、土はお嫌いですか?」


「別に嫌いじゃないけど、土まみれにはなりたくないよ。それに、俺だからよかったものの、ブリジッタの服とか汚してみろよ。お前、焼き豚にされちまうよ?」


 そうタケトが脅すと、トン吉はブルブルッと体を震わせ、


「き、気をつけるであります」


 ウンウンと頷くので、タケトも頷き返した。そのタケトの頭にどこからか飛んできたスプーンがクリーンヒットする。


「痛っ」


 スプーンが飛んできた方を見ると、ブリジッタが腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「失礼ですわね。ワラワはそんなに狭量じゃなくってよ?」


「えええ……」


 狭量じゃない人はスプーン投げてきたりしないと思うんだけど。


 そんないつものやり取りをしていたら、少し離れた場所で筒の土を調べていたシャンテから声が上がった。


「あ、あったよ! これかな」


 パタパタッとブリジッタの元に駆け寄ってくるシャンテ。タケトとカロンとホッジも手を止めて見に行く。


 シャンテの手には、拳大の石があった。色や質感は、その辺に転がっている他の石と全く変わらない。

 しかし、形が少し奇妙だ。他の石のようなツルッとした楕円型ではなく、ウネウネとツイストして絡み合っている。


「僕の方にも、こんな形のものがありましたよ」


 カロンが見せてくれた石もシャンテのものに似ていた。こちらはポコポコと大小さまざまな小石が一つにくっつき絡み合っている。

 その二つを手に取り、まじまじと見つめた後、ブリジッタは大きく頷く。


「間違いありませんわ。ワラワが昔、見かけたものによく似ている。これではっきりしましたわね。あの土地は、とても希少な『妖精の石フェアリーストーン』が産出する土地。チェペットさんは、おそらくこれを守りたくて運河掘削の進路変更をベネシス卿に進言し、それを認めない彼と対立していたのでしょう」


 もう少し調べてみると、『妖精の石フェアリーストーン』が他にもいくつか見つかったが、欠けたものや割れたものもあった。その断面にはサラサラとした緑の砂状のものが詰まっている。どうやら、見た目と違ってこの石はかなり脆いようだ。これでは、ゴーレムが殴って掘削すれば、すぐに壊れてしまうだろう。

 石と似ているのは、おそらく擬態だ。


「そんなに希少なら、このことが広く知られたら盗掘される可能性もあるだろうな」


 タケトのそんな呟きにカロンも頷く。


「だからこそ、チェペットさんは石のことをベネシス卿以外に伏せていたのでしょう」


「『妖精の石フェアリーストーン』と呼ばれながらも、これが孵化する瞬間を見たという記録はほとんど残っていないのですわ。もちろん、孵化条件もわかっていませんし。あるのは、いつから伝わっているのかわからない、あの遊び歌くらいなもの」


 と、ブリジッタ。


「じゃあ、たとえばこれを掘り出してどこか別のところに移しちゃったりしたら、孵化しないかもしれないの?」


 シャンテの問いに、ブリジッタは頷く。


「ええ。そのことをチェペットさんも危惧していたからこそ、あの土地をそのままにしておきたかったんじゃないかしら」


「それが本当だとしたら、これは少々問題ですね」


 カロンが腕を組んで唸った。


「そんなに希少なものの存在を、チェペットさんが再三にわたって報告していたにもかかわらず、ベネシス卿は上に報告せずに握りつぶしていたことになります。これは、王法違反に問われる可能性もあります」


 そして、知ってしまった以上、仕事柄自分たちはそれを追求し、王都にも報告しなければならない立場だ。


「これは揉めそうですね」


 そう言って、カロンは小さく嘆息した。

 その横で、タケトは手に着いた土を払いながら尋ねる。


「チェペットさんが持ってたっていうその石は、いまどこにあんの? 一応、そっちも確認しておきたいんだけど」


 その言葉に、ホッジはハッとして顔を曇らせた。


「あれ……どこにあるんだろう。少なくとも、私は見た覚えがないです」


「遺品はもうご遺族の元に?」


 ブリジッタに聞かれて、ホッジは首を横に振った。


「チェペットさんが亡くなった後、私たちも彼の家族に連絡を取ろうとしました。そのため彼の遺品はすべて確認したのですが、残念ながら家族や親戚に繋がるものが一切何も見つからなくて。ここの職員録にも手がかりはありませんでした。本当に天涯孤独な方だったようです。仕方ないので、運河のそばに墓をつくって数少ない私物とともにそこに埋葬しました。けど……思い返してみても、そんな石のようなものが私物の中にあった記憶がないんですよね……」


 と、そのとき。

 ダンダンダンっという破裂音とともにタケトたちが立っている大地が小刻みに振動した。


 何が起こったのかと、タケトたちも小屋の外に出てみる。


 再び、爆音と振動が来る。地震とは違う。もっと、短時間の揺れだ。

 仕事中の作業員たちも立ち止まって、なんだなんだとざわめいていた。


 そこに、一人の男が転がるように近寄ってくる。


「ホッジさん! 探していました!」


「どうしたんですか? この揺れは……」


「ベネシス様です! ベネシス様が、あのゴーレムを破壊すると言って、近隣の領主から領兵と大砲を借りて戻ってきました! ただいま総攻撃中です!」




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