第83話 仕事の基本は情報収集

 どんよりと厚い雲が空を覆っている。

 昨日も、急にどしゃぶりの雨が降ってきたっけ。今日も降らなきゃいいな。灰色の空を見ながらテント村の端に放置された丸太に腰掛けて、タケトは休憩をとっていた。


 視線を地面に向けると、水が引いて土が緩くなった水たまり跡で、トン吉がひっくり返ってバタバタやっている。


「あーあ。またドロドロになっちゃって」


 赤茶色の体毛がすっかり泥まみれだ。


「こうやってると、気持ちいいでありますよ! ご主人も、一緒にやるです!」


「いや……遠慮しとくよ」


 泥団子みたいな豚にそう誘われても、残念ながらちっとも心惹かれるものはない。


 ホッジと別れた後、タケトはベネシスの執務部屋にも行ってみた。しかし部屋では専属家政婦が一人で掃除に励んでいただけで、残念ながらベネシスの姿はなかった。家政婦の話によると、昨日の晩からお付きの人たち数人を連れてどこかへでかけているのだそうだ。

 タケトは嘆息する。


「ベネシス卿に話聞ければ、色々わかると思ったんだけどなぁ」


 と、そこに老ゴーレムの様子を見に行っていたカロンが戻ってくる。


「よぉ。カロン。そっちはどうだった?」


 カロンは首を横に振った。


「昨日とまったく変わりはありません。遠目に観察しただけですが、昨日と同じ姿勢のまま動く素振りもありませんでした。他のゴーレムたちにも、とくに異常らしきものは見当たりません」


「そっか」


 タケトはホッジから聞いた話を掻い摘まんでカロンに伝えると、彼も何かひっかかるものを感じたようだった。


「妖精……ですか」


「こんな荒野にも、妖精なんているの?」


「いるのかもしれません。土や荒地を好む妖精はいます。……でも、彼らは人が来ればその土地を避けて別の土地へ行くでしょう。荒野はいくらでも周りに広がっているんですから」


「そうだよな……」


 あの土地に老ゴーレムが人を寄せ付けようとしない理由。チェペットが掘るのを拒んだ理由。それに妖精という言葉。それらがどう繋がるのか、さっぱり見えてこない。


「でも、ゴーレムとチェペットさん。両者があの土地を掘るのを拒むのは、偶然だとは思えません。やはり、そこはキチンと調べておく必要があるでしょうね」


「だよな。まぁ、ベネシス卿が話してくれれば、すぐにはっきりするとは思うんだけど。あいにく、昨日の晩から留守なんだってさ」


「そうですか。でも、彼がいないというのは考えようによっては好都合かもしれませんね。チェペットさんとの揉め事のことを探ろうとすれば、いい顔をしないでしょうし、場合によっては妨害が入る可能性もありますから」


 カロンの言葉に、こくんとタケトも頷く。


「周りの人間から情報収集するなら、今がチャンスだよな」


 そんなわけで、ウルの世話をしにいっていたシャンテとブリジッタも呼んできて、手分けして聞き込みをすることにした。

 トン吉は、ぞんぶんに泥浴びをしたおかげかご機嫌に鼻歌など歌いながらタケトの後ろからチョロチョロとついてくる。頭の上に乗ってこようとしたけれど、それは勘弁してもらった。あんな泥だらけのものを乗せるなんて、冗談じゃない。






 ここで働く作業員だけでも数え切れないほどいる。闇雲に情報収集していてもキリが無いので、チェペットを直接知れる立場にいた人たちに限定して話を聞くことにした。チェペットと仕事で直接繋がりのあった作業員たち、副監督たち、彼が亡くなったときに現場を見た人、食堂などのバックヤードの関係者たちだ。


 一通り聴き終わったころには、昼過ぎになっていた。そろそろ作業員たちは昼ご飯を終えて作業に戻りだすため、食堂が空き始める。壁際の空いた席に座って遅い昼食がてら、集めた情報を確認し合うことにした。


「あー、疲れましたわ。それにしても、ここはなんて砂埃の多いところなのかしらね。すっかり全身、砂っぽくなってしまいましたわ」


 食堂の椅子に座ってぶつぶつ文句を言うブリジッタ。隣の席でシャンテが水の入ったコップを両手で包むようにして、チビチビと喉の渇きを潤しながらブリジッタをなだめる。


「仕方ないよ。ブリジッタ。そういう土地なんだもの」


 コップの水も、うっすらと茶色くにごっている。テーブルの真ん中におかれた水差しの水も同じだ。たぶん、雨のせいで井戸水に濁りが出ているのだろう。


「運河が開通して、もう少し緑が多く育つようになれば変わってくるんじゃないですか?」


 と、カロンが気の長いことを言い出す。


「何十年先の話ですの、それ。ワラワは今現在の砂埃に困ってるって言ってるんですのに。それはさておき、すべきことをさっさと済ませてしまいましょう。何か目新しい話はありましたの?」


 そう促すブリジッタと目が合うが、タケトは首を横に振った。


「ううん。俺の方は、とくに収穫なかったかな。相変わらず、ゴーレムはチェペットさんの幽霊が乗り移ったんじゃないか系の話ばっか。『妖精』について、それとなく聞いてみたりもしたんだけど、知ってる人はいなかった」


 王都のような町中ならば、運が良ければ家妖精を見かけることはあるし、森や山に入れば自然を好む妖精と出くわすこともある。しかしこの辺りは、草木の疎らな荒涼とした土地ということもあって、妖精の類いを見かけたなんて話は一つも耳にしなかった。


「あのね。あのね。妖精の話でも、幽霊の話でもないけど、いいかな」


 と、これはシャンテ。


「もちろんですわ。どんな些細なことでも手がかりになるかもしれませんし」


 ブリジッタに言われて、シャンテはコップを置くとウンと大きく頷く。


「あのね。副監督さんの一人が、言ってたんだけどね。チェペットさんが亡くなる少し前のことなんだけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る