第82話 ゴーレムの癖
シャンテとは普段ずっと一緒にいるけれど、ウルの散歩に行ったり家事してたり仕事してたりと案外日々慌ただしくて、なかなかこういう雰囲気になることはない。
(これはもしや、自分の気持ちを伝えるチャンスなんじゃ?)
そんなことを意識しだしたら、急に心臓がバクバクしてきた。
(どうすんの? どうすんだよ!? 今なら言えるかも? 言っちゃえば、もっと親密になれるかも?)
意識すればするほど、どう喋って良いのか、どう振る舞えばいいのかわからなくなってくる。
(あー! もう! 言っちゃえ!)
半ば勢いに便乗するように決心すると、タケトは隣を歩くシャンテに口を開いた。
「あ、あのさ……」
タケトが言葉を発するのと、シャンテがテント村の外れに寝ているウルの姿を認めて駆け出したのが同時だった。
ちなみに、ウルが寝ている場所のすぐ手前にあるテントが、タケトたちが割り当てられたテントだ。もちろん男女別。
「あ! ウル! まだ、寝てなかったのね! 雨、すごかったよね。ちょっとお散歩いく?」
タケトの声とシャンテの声が重なる。
(しくった……!)
ウルの元へパタパタ走っていったシャンテが、クルッと振り返ると小首を傾げてこちらを見た。
「タケト、今、何か言った?」
「ううん!? 何も言ってないよ!? なんでもないって!」
慌てて取り繕う声が、つい上擦ってしまう。シャンテはまだ不思議そうにしていたが、ウルが「クーン」と甘えた声で鳴いてポタッポタッと大きな尻尾を振り出したので、シャンテはウルの方へ行ってしまった。
完全に、ウルに負けた気分。いや、自分にも負けた。そもそもシャンテにとって家族同然のウルに敵うはずがない。
(……うう。俺って、意気地なし)
心の中でこっそり落ち込みながら、少し遅れてタケトもウルの元に駆けていった。
翌日。
タケトは作業員の一人に教えてもらって、ホッジの寝泊まりしている小屋の前で待っていた。さすが現場監督だけあって、一般の作業員が寝泊まりするテントとは違い、木で組んだ小屋が一つ丸々あてがわれていた。
まだ太陽が地平線から昇り始めて間もない時刻。その小屋に凭れて待っていると、しばらくしてギィとドアが開き、見知った人物が顔を出す。ホッジだ。
「おはようございます」
そうタケトが声をかけると、ホッジは一瞬驚いたのか身体をビクッとさせたが、すぐにこちらにオドオドと頭を下げてくる。
「あ、おはよう、ございます。朝早いんですね」
「うん、本当は眠いけど。早くしないと、あんたが捕まらないと思って」
「わ、私? ですか?」
コクコクとタケトは頷く。
「そんな時間は取らせないからさ。少し話したいんだけど、いいかな」
「か、構いませんけど。じゃ、じゃあ、食堂で朝食取りながらでもいいですか?」
というわけで、場所を食堂に移して食べながら話すことにした。食堂は、既に半分くらい席が埋まっている。今日の朝食は、パンとチーズ、それに小さなリンゴが一個だった。
「そ、それで、話っていうのは?」
所在なげにパンを手でちぎりながら、ホッジが向かいの席に腰掛けたタケトに聞いてくる。
「忙しいだろうから、単刀直入に聞くな。教えてほしいのは、前の現場監督だったチェペットさんのことなんだ」
「チェペットさんの?」
意外そうな表情を浮かべて、ホッジはパンを口に運ぶ手を止める。
「昨日、知り合ったここの人にさ。チェペットさんが亡くなる直前、何かベネシス卿と揉めてたって。それでその恨みでゴーレムに乗り移ったっていう噂話を聞いたもんで、ちょっと気になって」
そうタケトが言うと、ホッジは少しムッとしたようにパンを口に入れてミルクで流し込んだ。
「単なる作業員たちの他愛もない噂話です」
「そりゃ、幽霊がいるのかどうかなんて俺は知らないけど。……でも、ベネシス卿とチェペットさんが揉めてたってのは、確かなんだろ?」
その言葉にホッジは少し考える素振りをしたあと、ゆるゆると頭を振る。
「工事自体はつつがなく行われていました。ベネシス様とチェペットさんは、考え方の違いはありましたが、仕事では上手くやっていましたし」
「なのに、なんらかの原因で揉めてしまった。俺はその原因が知りたいんだ」
「……」
ホッジがチーズを手にしたまま、押し黙る。
考えている、というよりは、迷っているようにも見えた。他部署の役人であるタケトにどこまで話していいのか悩んでいるのかもしれない。きっと、外部には知られたくないことなのだろう。タケトは向かいの席で、薄ワインのカップを手にちびちび飲みながら、ホッジが話し出すのを静かに待った。
朝の喧噪に満ちる中、ホッジはたっぷり数分間押し黙った後、ぽつぽつと話しはじめる。
「チェペットさんは、工事中の運河の進路を変えることを希望していました。なぜ、進路を変える必要があるかまでは、ベネシス様には伝えていたのでしょうが、当時は一副監督にすぎなかった私は知りません。ただ……」
タケトたちがいるテーブルのすぐ横を、作業員たちが喋りながら通り過ぎて行く。彼らが通り過ぎるのを待ってから、ホッジは言葉を続けた。
「チェペットさんが主張したルートは、いまあのゴーレムがいる、あの土地を避けるルートでした。チェペットさんは、『あそこを掘ってはいけない。避けるべきだ』と強硬に主張していましたから」
あの土地を、チェペットは掘るべきではないと考えていた。あのゴーレムもあそこに人が近づくのを拒絶している。少なくともその点に関しては、チェペットとゴーレムは同じ方向を向いていることになる。
「私が知っているのは、それくらいです」
「いや、ありがとう。充分だよ。でも、そうなるとますます幽霊説に信憑性がでてきちまいそうだな。これで、あのゴーレムの仕草がチェペットさんに似てる、なんてことになったら、幽霊説確定かもな」
冗談交じりに笑いながら言うと、ホッジもタケトに釣られて苦笑を浮べる。
「悪い冗談は、やめてください。私が見た感じでは、そんな印象はありませんよ。あのゴーレムは、以前に比べて随分荒々しくなっています。チェペットさんは……頑固ではありましたが、人を傷つけるような人では無かったですから。むしろ、私みたいな出自の良くない者まで仕事のでき次第で取立てて、チャンスをくれて……。まだまだ全然あの人にかなわなくて日々のことでいっぱいいっぱいですが。あの人の役に立てるのなら、私だってそうしたいです」
ホッジの言葉に、タケトもゴーレムの様子を思い浮かべる。たしかに、あの俊敏な動き、全てを力づくで排除しようとする姿は、皆に信頼されていたというチェペットのイメージとは重ならない。
無くて七癖、なんていうことわざにあるように、人は誰しも無意識のうちに動作の癖みたいなものを持っている。しかし、生前のチェペットをよく知っているホッジがあの老ゴーレムを見ても、チェペットとの類似性は感じないみたいだし。やっぱり幽霊説は無理があるんじゃないかと思う。
(あれ……そういえば……)
動作の癖、という言葉でふと思い出したことがあった。
「ゴーレムって、利き腕とかあるの?」
タケトの問いに、ホッジは意外そうな顔をした。
「そんなこと、考えたこともありませんでした。ゴーレムはどれも、岩石を殴って壊すときは基本的に右腕を使います」
「え……あ、そうなんだ? でもさ、あのゴーレム。左で殴ってきたよ?」
「そういえば……そうですね……。あれ、なんでだろう。右腕が壊れて使えなくなっているんでしょうか」
思い起こしてみると、あのゴーレムの右腕は常に拳を握っていた。それなのに殴ってきたのは左腕だ。網を破いたときも両手を振り上げはしたが、網を握るのに使っていたのは左手だけだった。
「ちなみに、チェペットさんの利き腕は?」
「右です。それは、間違いありません」
タケトは自分の右手を見つめる。手の平を、開いたり握ったりしてみた。
(チェペットさんとも違う手の癖。なんだろう。使えなくなっている? いや、それ
よりももっと。あれは、ずっと拳を握りしめているような、そんな風にも見えたな)
赤ん坊が手を握り込んでしまって開けないような、そんな風にずっと握り込まれた拳。腕が壊れてしまえば、逆に握り込めなくなるんじゃないだろうか。じゃあ、あれはゴーレム自らの意思で握ったままなのか。
つい考え込んでしまったタケトの耳に、ホッジの「ああ、そういえば」という声が聞こえて視線を戻す。
「前にベネシス卿の執務室でチェペットさんと口論しているのを、通りがかりに偶然耳にしてしまったことがあったんです。そのときチェペットさんが言っていた言葉で、妙に気になったものがあって。でも、何のことなのかわからないですし、聞き間違いかもしれないんですが……」
「いいよ、なんでも。気になったことは教えてくれると有り難いし」
タケトに促され、ホッジは自信なさげに早口でその言葉を言った。
「チェペットさん。『妖精』がどうとか、言っていました」
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