第81話 チェペットじいさんの幽霊?

 

その作業員の男が言うには、前現場監督のチェペットが亡くなった日は、ちょうど難しい地盤を砕いている最中だったという。そのため、みな自分の作業に忙しく、誰も彼が死ぬ瞬間を見ていないのだそうだ。


 作業員の一人が気付いたときには、すでにチェペットは地面に倒れており、その傍にはあの老ゴーレムが一体たたずんでいた。


 とはいえ、チェペットの死因は持病による心臓発作であって事件性があるものではなかった。それに、その後あの老ゴーレムは新たな命令権者の命令を聞いてその場を素直に離れている。


 そして、それから二週間ほどたったある日、あの老ゴーレムも動かなくなった。誰もが寿命によって機能停止したのだと考えて、放置していたのだという。本当なら、そのまま老ゴーレムは運河の底に沈む運命だった。

 それが、ある日突然動き出して今に至る。


というのが、詳しい時系列だということが作業員の話からわかってきた。


「にしても、幽霊だなんて。にわかには信じられない話ですわね」


 テーブルの上に仰向けに寝っ転がっているトン吉の白い腹を撫でながら、ブリジッタが感想を漏らす。


 トン吉は、すっかりお腹一杯になったのだろう。ぷっくり丸くなったお腹を上にして、クークー寝息をたてていた。ときおりピクッピクッと小さな羽が動いている。こういうところを見ると、なんとも平和な生き物にしか見えない。


「幽霊だったら俺たちじゃなくて、教会関係者でもつれてきて除霊してもらった方がいいんじゃないのか? まぁ、とりあえず。明日、現場監督のホッジと工事責任者のベネシスにチェペットとのこと聞いてみるよ。なんか揉めてたっていうのが、気になるんだよな」


 そんなことを言いながらワインのカップを傾けるタケト。トン吉があんまり気持ちよさそうに寝ているので指でお腹をつっついてみたら、トン吉がビクッと動く。


「せっかく寝てるんだから。いたずらしないの」


 と、ブリジッタに手の甲を叩かれてしまった。


「カロンはどうすんの? 明日もまた網とかかけてみる?」


「どうしましょうかね。網も持ってきたものはすべて壊されてしまいましたし。何度やっても同じことでしょう。ほかに手がないか考えてみることにします。タケトの言うように、もっと情報収集してみることも必要かもしれませんね。あのゴーレムの周りでは何やら複雑な事情があったふしも見受けられますし」


 もう何杯目かわからないワインを飲むカロンの胸ポケットでは、さっきまで伝令コウモリがモゾモゾしていた。時折顔を出してはカロンにフルーツをもらったりしていたけれど、すっかり静かになったところを見ると寝てしまったようだ。昼行性の動物たちは、そろそろ寝る時間。


 タケトもちょっと眠くなってきたなとトロトロしていたら、ギギッと椅子を引く音が間近で聴こえて目が覚めた。見ると、食事を終えたシャンテが席を立っている。


「雨も止んだみたいだし、ちょっとウルの様子見てくる。散歩もさせてあげたいし」


「ああ。じゃあ、俺もついてくよ」


 外も日が落ち始めた。ウルがそばにいれば安全だろうが、ウルのところまで女の子を一人で歩かせるのは心配なのでタケトもついていくことにする。


 ちなみに遠征先ではウルの餌を用意できないので、散歩ついでに自分で小動物や鹿などを狩ってもらうことも多い。といっても、普段から二、三日に一度しか食事をしないこともあり、数日くらいなら食べなくても平気なようだ。


 食堂の外に出ると雨はすっかりあがっていたが、空は厚い雲が覆っているため、辺りはかなり薄暗い。


「雨上がって、よかったね」


「そうだな……くしゅっ」


 ヒヤッとした外気にあたったら、急にクシャミが出た。


「寒い?」


「ううん。大丈夫。ちょっとヒヤッとしただけ」


 テント村の中をシャンテと歩く。所々に灯された篝火かがりびの明かりが地面の水たまりに映り込んでいる。その仄かな明るさを頼りに水たまりを避けながら歩いた。水が浸透しにくい土壌らしく、水が溜まっていない場所がほとんどない。


「風邪ひいたのかと心配になっちゃった。さっきも、あんなにずぶ濡れになって帰ってきたし」


「ああ。トン吉が、随分遠くまで走ってっちゃってさ。捕まえるのに手こずったんだ。お湯湧かしててくれて、すごく有り難かったよ」


 気をつけて歩いていても、タケトの靴はすぐにまたドロドロになってしまう。せっかく少し乾き始めていたのに、と少し残念。


「なんで走ってっちゃったんだろうね」


「ああ……なんか、本人が言ってたけど、雨が好きなんだってさ」


「豚さんって、泥まみれになるの好きだもんね」


「そういえば、そうか」


 豚は泥浴びをするのが好きな動物だ、ってことはタケトも知っている。でも、アレは形こそ似ているけれど、豚とは似て非なるものだ。豚はタテガミも角もないし、羽もない。そもそも人語を話したりしない。


「なんか、得体の知れないやつだよな……」


 そうタケトが嘆息混じりに呟くと、シャンテがクスクスと笑い出した。


「?」


 何がおかしいのかわからなくて、タケトはきょとんとした表情で隣を歩くシャンテを見つめる。


「ごめんなさい。だって。タケトも最初出会ったばかりの頃、私には結構、得体の知れない人に見えたよ」


「へ?」


 シャンテの言葉に、思わず足を止めてしまう。


 出会った当初、シャンテにそう思われていたということはすごく意外というか、心外だった。けれど、考えてみると『三十代』『独身男性』『異世界人』『かろうじて会話はできるけれど、一般常識も社会常識も知らない』という当時の自分のスペックは、確かに得体が知れないどころじゃない。

 というか、よくそんな妙なヤツを自宅に住まわせてくれたものだ。タケト的には非常に有り難かったけれど。


「そっか……俺も、得体の知れない存在だったんだなぁ。シャンテにとって」


 再びどちらともなく並んで歩き出すと、神妙な表情でタケトはそう呟いた。


「いまは、そんなことないけどね。タケトはタケトだもん」


 そう言って、シャンテは朗らかな笑みを向けてくる。その瞳に映り込むキラキラとした赤い篝火の灯が、温かくタケトを包み込んでくるようだった。


 当時は自分もいっぱいいっぱいで気付かなかったけれど、きっと初めの頃はどんな人間なのかと警戒もされていただろうし、注意深く観察もされていたことだろう。それでも、そのことをタケト自身に気付かせることもなく、シャンテは温かく迎えてくれた。カロンやブリジッタ、官長だってそうだ。いつも自然に接してくれた。それが、異世界に一人放り出されて心細かったタケトを、どれほど支えてくれたことだろう。


(それに比べて、俺は……)


 トン吉が雨の中、泣きそうな顔で漏らしていた言葉を思い出す。


 長い間、たった一人で。暗くて孤独で。ずっと、縮こまっていたとアイツは言っていた。


 銃の中に戻りたがらないのも、そのせいなのかもしれない。きっと、再び孤独になるのが怖くて、誰かと一緒にいたいのだろう。

 砂漠の民の族長・シルが言っていた、銃の中にいるという凶暴な何か。それは、トン吉のことでまず間違いは無いだろう。そんなこともあって、どうしてもトン吉に対して警戒心を抱いていた。ずっとつきまとわれるせいで気が休まらないし。


 でも、注意を怠らないにしてもそれはそれとして、もう少しアイツのことを受け入れてみてもいいのかもしれない。

 そんな小さく温かな気持ちが胸にポッと湧いてきた。


「ありがとう。シャンテに拾われて、本当に良かった。俺」


 急に改まってそんなことを言い出したタケトに、シャンテは「ううん」と首を振る。


「私も。タケトと一緒にいれて、嬉しいもん」


 ニコニコと微笑むシャンテ。タケトも笑みを返しながら、ふと思う。


(あれ? なんかいま、良い雰囲気じゃね?)



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