第7章 ゴーレム&変なヤツ

第70話 約束


「さぁ。午後も一仕事だな」


「お。午前中は風が強かったが、やんだみたいだな。助かった。砂埃がしょっちゅう目に入って参ったのなんのって」


 作業員たちが喋りながら、食堂から出てくる。

 ここは運河工事の現場。総作業員数、数十万という一大事業の最前線だった。


 ここの作業現場だけで一万人近い人間が働いている。長く続いた運河の根元はとうに地平線と交わって見えなくなり、最終地点である大河もまだ見えてこない。この荒涼とした大地に運河という名の巨大な溝を作る作業を彼らはひたすらに続けていた。

 彼らは砂の数ほどいる作業員の一人だが、やがて歴史に名を残す大偉業に携わっているという誇りを胸に日々作業にいそしんでいた。


 この日も、いつもと変わらない日。

 日が暮れるまで作業が続くはずだった。


 運河掘削うんがくっさくかなめは、ゴーレムだ。

 作業現場には、何体ものゴーレムが配置されていた。大地がそのまま人の形をしたかのような色と形。ごつごつと大きな岩を組み合わせたような姿をしていて、立ちあがれば背丈が十メートルほどにもなるゴーレムたち。

 ゴーレムは休むこともなく、現場監督の指示に従って規則正しい動きを繰り返す。その拳は次々と大地を削り、運河を広げていくのだ。


「なぁ。このゴーレム、どうするんだ?」


 作業員の一人が足をとめる。そこには一体のゴーレムがうち捨てられていた。

 操り人形の糸が切れたようにクタッと座り込むそのゴーレムは、かなり古いものらしくあちこちが欠け、ヒビが入りボロボロだ。


「ああ。それな。ちょっと前に動かなくなったんだろう? もう寿命かもな」


「こういうのって、どうするんだ?」


「さあな。運河が出来た暁には、このまま水の底に沈めちまうのかもな。これだけ深い運河だ。このゴーレムを底におきっぱなしにしても、船底にひっかかるってことはないだろ」


「それもそうか。さてと。午後もドンドン、先へ掘り進まなきゃな」


「そうだな。この先はしばらく柔らかい地盤が続いてるらしい。掘り進むのが早いから、どんどん土砂が出るぞ」


「運び出すのが大変だな」


 そんな話をしながら彼らが通り過ぎようとしたとき、一人が異変に気付く。


「あれ? いま、こいつ動かなかったか?」


「んなわきゃないだろ。こいつはもう何ヶ月か前に死んで動かなくなったって……」


 しかし作業員の男は、最後まで言葉を言い切ることはできなかった。

 彼らの目の前で、死んだと思われていたその古いゴーレムがムクリと顔をあげたのだ。その目には、爛々とした生命の光が戻っていた。


 そして、そのゴーレムは立ちあがる。

 普段、ゴーレムたちとともに作業をしている作業員たちは、すぐにその異変に気付いた。


 作業員たちが驚いたのは、死んだと思っていたゴーレムが動いたからだけではない。

 このゴーレムは、誰が命令したわけでもなく、誰の指示も受けずに一人でに動き出したのだ。ゴーレムは決まった手順を踏んだ指示者の命令でしか、動くはずはない。完全に指示者の命令通りに動く、傀儡くぐつ。それが、世の常識だった。

 にもかからず、このゴーレムは独りでに立ちあがった。そして、何の迷いも見せずある方向に向かって歩き出す。そちらは、まさにいま運河を延ばすために掘り進めている先端の方角だった。


「なんだ!? 誰が動かしてるんだ!?」


「誰か! 現場監督、呼んでこい!」


 現場監督の一人がすぐに駆け付けてきたが、彼の命令にもそのゴーレムは従わなかった。


「なんで!? 前は、私の命令をちゃんと聞いていたのに!」


 ゴーレムは人間たちなど目に入っていないかのように、まっすぐに運河工事の先端へと歩いて行く。

 そして、そこで作業をしていた他のゴーレムをいきなりフルパワーで殴りつけた。


「逃げろ! ゴーレムが暴れ出した!」


「他のゴーレムで止めろ!」


「ダメだ。これ以上ゴーレムが壊れたら、工事に支障がでる。他のゴーレムたちを待避させろ! 作業員も全員待避だ!」


 作業現場は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。しかし、こんな巨大な岩の塊のようなものが暴れ出しては、人間たちは逃げる以外になすすべがなかった。

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