第71話 よろしくなのです!


「朝なのです! 起きるであります!」


早朝の納屋に、聞き覚えのない甲高い声が響き渡る。


「う、ううん……」


タケトは耳に響くそのキンキンした声が不快で、いつも寝ているウルの腹の上でもぞもぞと寝返りをうった。


昨日は買い付けの仕事で王都に来たという偽古物商のダミアンと、夜更けまで安酒を飲んでいたのだ。あんなに飲んだのは久しぶりだったので、二日酔い気味。キンキンとした声が頭に響く。

しかし、声の主はタケトの耳元まで来ると。


「起きるであります!!!!」


キーンと、甲高い声が頭蓋骨の中を反響した。


「ああ、もうっ、うるさいっ! 静かにしてくれよっ!」


耳元で叫ばれて、イラッとしたタケトは半分寝ぼけたまま声のした辺りを手で払った。ポスっと何か柔らかいものが手の甲に当たった感触がある。


しかし、その感触に違和感を覚えることもなく、ただ、うるさいヤツがどこかにいったことにホッとして、タケトは毛布を胸元までたくし上げた。背中に感じるウルの体温が心地いい。


再びスッと眠りに引き込まれそうになったところで、今度はタケトの腹の上に何かがボスンと飛び乗った。


「うげっ」


みぞおちへの衝撃に、タケトは痛みで悶絶しゲホッゴホッと咳き込んだ。


「な、なんだよ……」


すっかり目が覚めてしまった。

せっかく気持ちよく寝ていたのに、いったい何が眠りを邪魔したのか。最悪な目覚めだった。涙目になりながら目を瞬かせるタケトの目の前にあったのは。


「おはようございます! 朝であります! ご主人様は、いつまで寝てるでありますか?」


はつらつとした元気な声で挨拶してくる、一匹の子豚だった。

その子豚の脇に手を入れて両手で抱き上げ、マジマジと眺める。

まだ寝起きで頭の中はぼんやりしていたけれど、その丸っこい形にはどこか見覚えがあった。どこで……。


「……あああああああ!!!!!」


唐突に記憶が繋がった。

この、ヌイグルミみたいに丸っこい形。子豚のようなウリ坊みたいな姿をしているのに、タテガミがあって、小さな羽もあり、ついでによく見るとこめかみのあたりに小さな小さな角のようなものもある。


「お前、ケニスの村の近くで見た!」


ソイツはタケトの手からピョンと離れると、ウルの背中の上でちょこんとお座りする。そして、フフンと鼻をあげて自信たっぷりに言った。


「契約したでありますよ。ご主人様」


「……なんなんだよ、お前。なんで、こんなとこにいるんだ?」


契約だなんだと言われても、よくわからない。


「なんでと言われましても。吾輩わがはい、ずっとご主人様の傍にいましたですよ。ご主人様がソレを手にしてから、ずっと」


子豚は片脚をあげて、タケトの腰のあたりを指した。


「ソレって……え。これのことか?」


子豚が指した先には、腰に下げた精霊銃がある。いつもはホルスターを外して寝ているのだが、昨日はどうやって帰ってきたのかも分からないほど酔っていたためそのまま寝てしまったようだ。

タケトは精霊銃を手に取ると、子豚に見せた。子豚は、コクンと頷く。


「そうであります。吾輩、ずっとその銃の中にいたであります。だからそこのフェンリルも、なんにも言わないでありましょう?」


言われてみれば、外から魔獣が入ってきたのだったらウルが静かにしているはずがない。しかし、ウルは寝そべったままだ。大きな耳をこちらに向けているのでタケトたちの様子をうかがってはいるようだが、警戒している感じではない。


「じゃあ、お前はずっとこの精霊銃の中にいたってことか?」


「そうであります。いたっていうか……その……閉じ込められていたっていうか……」


「いつから?」


タケトの質問に、子豚は小首を傾げる。


「とおーい昔であります」


「お前は何者なんだ?」


「吾輩の方こそ、教えてほしいであります。吾輩、こんなに小っちゃかったでありますね」


子豚は、初めて自分の身体を見たとでもいうように自分の前脚をあげてマジマジと眺めている。なんとも頼りにならない返答だった。


「それで。俺がお前と契約したってことになってるらしいけど、襲われている最中のどさくさに紛れてそんなこと言われても、ちゃんと判断できるわけないだろ? もっとわかりやすく説明してくれよ」


タケトは尋問するように矢継ぎ早に質問を投げる。


「えっと……実は、その……ついかっこつけて言っただけで、別に強制するようなものじゃないのです。ただ、その精霊銃を捨てないでもらえれば……そんで、いままでみたいに精霊を供給してさえもらえれば……吾輩は助かるのでありまして……その代償として、吾輩はご主人様に助力を惜しまないってだけでして……吾輩は、その、精霊の力を混ぜたりできるでありますから……」


つまり、精霊を入れた魔石弾を今までどおり装填しておいてくれれば、代わりにこの前のようにピンチになったときに助けてくれる、ということらしい。


「吾輩はその……長年封印されている間にほとんどの力を失ってしまっているのであります。いままでその銃の外に出ることすら適わなかったですから。……でも、ご主人様が精霊の力を供給してくださったので、少しずつ力を蓄えて、こうやって外に出ることもできるようになったであります」


(さて。どうしたものかな、コレ)


子豚の言葉を聞きながら、同時に脳裏に浮かんでいたのは砂クジラ暴走事件のときに世話になった砂の民の族長・シルの言葉だった。


『……その銃には、なにかとてつもなく大きな力が封じ込まれているように感じるわ。大きく……凶暴な力。いまはもう誰もその経緯も伝承も覚えていないほど、遠い過去に何かを封じたんじゃないかしら』


そう言っていた。


(コレが、その封じ込まれた凶暴な力、だってのか?)


この子豚みたいなものが、そんな大それたもののようにはいまいち思えなかった。ただ、嘘は言っていないかもしれないが、包み隠さず話しているわけでもない……そんな胡散臭さは強く感じる。


(とはいえ、こいつはずっと精霊銃の中にいたってことなんだよな。……てことは、この精霊銃を使う間はずっとついて回るってことか)


このなんだかよく分からない胡散臭い豚と離れるには、この銃も手放さなければならないのだろう。それは避けたかった。もう何度もこの銃で荒事をこなしてきて、かなり手に馴染んでいる。今さら他の武器に変えたくはない。


「とりあえず。結論はすぐには出せないから、保留。だけど、俺たちに危害を加えそうな兆候が見えたら、すぐに銃ごと封印なり廃棄なりするからな。わかったか?」


タケトの言葉に、子豚はウンウンと頷いた。嬉しそうに、つぶらな瞳がキラキラと輝いている。


「あと、そのご主人様っていうの、やめてくれよ。タケトでいいよ、タケトで」


「呼び捨てなんて、できないであります! ご主人様は、ご主人様でありますから!」


「えー、嫌だ。それ」


露骨に嫌そうな顔をするタケトに、子豚はムーッと困ったように眉を寄せた。いや、眉があるのかどうかよくわからないけど、眉間に皺が寄っている。


「じゃあ……タケト、様?」


「もっと嫌だ」


「…………ご主人……」


どうやっても敬称をつけないと気が済まないらしい。


「もう、いいやそれで。はぁ……そうと決まったら、腹減ったな。朝飯食いに行こうぜ」


スルッとウルの腹から滑り降りると、子豚はぴょんと跳んでタケトの頭にしがみついてくる。


「吾輩も、何か食べたいであります! お腹ぺこぺこであります!」


「いや、お前さっき精霊の力を食えばいいとかなんとか言ってたじゃん……」


「でも、何か他のものも食べたいであります! そのために出てきたっていうのもあるんであります」


「そうなの!?」


豚っぽい姿をしているだけあって、豚並に食べたらどうしようと少し心配になった。

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