第66話 襲撃されたのは、どっちだ?


 ここは村のど真ん中。こんな騒ぎを起こして村人たちが気がつかないはずはないのだが、おそらく巻き込まれるのを恐れて家屋の中にジッと潜んでいるのだろう。助けは期待できなさそうだ。

 タケトはハゲ男を睨んだまま渋々銃を下ろすと、ハゲ男と自分の間に投げ捨てた。


「そうだ。それでいい。大人しくコチラの言うことを聞けば、悪いようにはしない。すべては女神の導きのままに」


 そこでハゲ男は空を仰ぎ見て祈るしぐさをしたあと、こちらに視線を戻してニヤッと嫌な笑みを顔に張り付けた。


「お前たちの事情は把握している。あのケニスとかいうガキのために薬をもらってきて、一刻も早く投薬してやりたいんだろう? ああ、知ってるよ。さっき見たときガキは顔も真っ青で息も絶え絶えだった。もうあと幾ばくも持たないかもしれんな。まだ若いのに、可哀そうに」


 ハゲ男は、憐れみを誘うように大げさに身振り手振りで言う。


「そこまでわかってんなら、何やってんだよ。お前ら。話があるなら、早くしろよ」


 タケトの内でじりじりと焦りが強くなる。ハゲ男が言っていることは、はったりではないだろう。このカバンの中に入っている薬を一刻も早く投与しなければ、本当に危ないのだ。


 バラバラと馬の蹄の音といななきが聞こえてきた。こちらに近づいてくる。どうやら、フォレスト・キャットを追尾していた連中も追いついてきたようだ。

 首に刃物をあてられているので振り向けないが、タケトの視界にもローブを着た男たちが見えた。手にはメイスらしきものや、弓や剣を持っている。取り囲まれているようだ。


 味方が戻ってきたことに気を大きくしたのだろう。余裕の笑みを浮かべて、ハゲ男は言う。


「さて。そこで、交渉だ。お前がフォレスト・キャットを従え、ここまで来たということはわかっている。フォレスト・キャットを我々に渡せ。そうすれば、このお嬢さんも開放してやるし、哀れな少年に薬をやることもできる。どうだ。みすみす少年を死なせるか、それともいますぐ助けるか。お前次第だ」


 ケニスの命とシャンテを人質にとられ、タケトはギリと奥歯を噛んだ。

 どうしていいのか、迷う。けれど、今もケニスは病に苦しんで命の炎を消そうとしているのだから、迷っている暇なんてない。


「わかったよ。でも、ケニスに薬を渡すのが先だ。お前ら、わかってんのか……? もし手遅れになってケニスが死んだら、この取引は意味をなさないってこと」


 半分、はったり。半分、本当。

 連中は勘違いしているが、フォレスト・キャットはタケトに協力してくれただけであって、別にタケトが従えていたわけではない。そのあたりの関係性を奴らはわかっていないようだった。

 そのことは隠しつつ、一刻も早くケニスに薬を届けられるようにタケトは交渉しようとする。


 しかし、ハゲ男は視線を逡巡させて少し迷ったそぶりは見せたものの、「いや、だめだ」と頭を横に振った。


「そんなこと言って、せっかくここまできたのに逃げられたら困る。フォレスト・キャットが先だ」


 ハゲ男の言葉に、タケトは内心舌打ちした。


(くそ、のってくれないか)


 とはいえ、タケトはフォレスト・キャットを思い通りに操る術なんて持っていない。相手は森にすむ伝説の魔獣だ。野生動物でもあり、人語を解し知能も高い。そんな生き物を、人間の思い通りに操ることなんてできるわけがないだろう。

 ただ、知能が高いからこそ、自分で判断し自分で行動することはありうる。ここまでタケトを運んできてくれたのもフォレスト・キャットの意思に他ならない。


 タケトはハゲ男や皮鎧の男たちに気づかれないように、そっと周囲に目を配る。

 村の入り口でフォレスト・キャットは姿を消した。いまは、どこにいるのかわからない。もしかしたらまだ村の中にいて、この話を聞いているかもしれない。


(出てくるなよ。フォレスト・キャット。お前らは、お前らの世界で生きていけばいいんだ。人間の事情になんて、首つっこむ必要はない)


 たとえ、親友……かもしれないケニスを助けるためだったとしても。

 ケニスの命は救いたい。しかし、そのためにフォレスト・キャットを犠牲にするのもまた、タケトには許せなかった。


 どうしよう、何か使えるものはないかと、タケトは注意深く周囲に視線を配る。なんとか事態の打開を図れるものがほしい。


 そのとき。朝のやわらかい光に包まれた村の空気の中。その陽の光を受けて、一瞬何か『赤いもの』が見えた気がした。空中にパラッと零れたように見えたソレ。


 ソレが何かを頭で理解するよりも先に、タケトは動物的な勘のようなもので把握していた。

 アレは……血だ。さっき矢で負った傷からの出血。


「シャンテ! しゃがめ!」


 タケトは叫ぶ。

 突然の言葉にシャンテは驚いたように目を見開いたが、すぐに動いた。後ろに極力身を引いて突きつけられた刃を避けると、そのままストンとしゃがみこむ。


「え?」


 突然の行動にハゲ頭は驚いたようだった。しかしハゲ頭が次の行動に移る前に、彼の身体は突如横方向に吹き飛んだ。それはまるで、突然見えない車にでも激突されたかのような吹っ飛び方だった。ハゲ頭の身体はそのまま十メートルは飛んで草むらの中に落下する。


「司祭様!?」


 タケトの背後にいた皮鎧の男が焦った声をあげる。何が起こったのかわからず動転したのだろう、無理もない。周りを取り囲んでいたローブたちも同様だった。誰も、何が起こったのか理解できていない。ただ一人、タケトを除いて。


 タケトは皮鎧の意識が司祭に向いたその隙をついて、体当たりするように彼の身体を押しのけた。皮鎧の身体がよろめく。その一瞬を利用して皮鎧の拘束から抜け出すと、タケトは駆け出した。皮鎧はすぐに態勢を立て直して追ってきたが、それよりも早くタケトは転がるように地面に落ちていた精霊銃を拾い上げると、皮鎧に銃口を向ける。

 銃を向けられ、皮鎧は足を止めた。


 一方、シャンテはすぐに立ち上がると、タケトの方に駆けてくる。

 後ろ手に回された手枷と猿轡をすぐに外してあげたいが、いま銃を下ろすわけにはいかないので少し申し訳ない。

 皮鎧はタケトの銃に対峙するように、こちらに剣の切っ先を向けてくる。漂う緊張感。しかし。




 バシュッ。




 乾いた音をたてて、今度はタケトたちを取り巻くローブの一人が吹き飛んだ。

 ほかの女神教会の連中たちから、ざわめきと悲鳴が上がる。

 どうやらようやく気づいたようだ。自分たちが、目に見えない何かに攻撃を受けているという事実に。




 バシュッ。




 今度は、さっきの犠牲者の対角にいたローブが吹き飛んだ。

 そして。




 フーーーーーーーーーーーー




 どこからともなく聞こえてくる低いうなり声に、その場にいる全員が戦慄した。

 地の底から響いてくるような、低く攻撃色に満ちた声。

 足音はほとんど聞こえない。時折、地を蹴る軽い音がするだけ。


「まだ、わかんないのか? コイツは、お前たちが捕まえようとしたヤツだよ。お前ら……本当に、コレを意のままに従えると思ってたのか?」


 タケトは静かに言う。


「これが、お前らが欲しがっていたフォレスト・キャットだ。巨大で、人間をほとんど知らない、野生の魔獣だ。お前らは、コイツを怒らせた。コイツにとっては、俺ら人間なんてネコにとってのネズミみたいなもんだ」

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