第64話 助けがいるでありますか?
タケトはフォレスト・キャットごと、何重にも渡された大きな網に捉えられてしまった。
フーーーーーーーーッ
フォレスト・キャットは低い唸り声を上げながら、網に爪を立て鋭い歯で噛みちぎろうとする。しかし、網はびくともしない。
(この網……)
手で触れてみる。素材は何の植物なのかわからなかったが、想像以上に堅い。そのうえ太さがタケトの手首ほどもある。そんな太い縄で編みこまれているうえ、網は何重にも重なっていた。これでは、いくらフォレスト・キャットが強い顎と爪を持っていても破れないだろう。
フォレスト・キャットの脚元を見ると、網に何本もの杭が打たれていた。杭は深く大地に食い込んでいるようだ。フォレスト・キャットの大きな身体がもがいてもなかなか抜けそうにない。
馬に乗った男たちが森の中から姿を見せた。みな、一様にフードを被っているためあまりよく顔が見えないが、あの色のローブには見覚えがあった。ケニスの家の前で言い争ってたやつらが着ていたものと同じだ。
タケトは精霊銃から
「いいから、弱らせろ。このままじゃ、連れて帰れんだろう」
一人がそう叫んだ。それを合図に、他のローブたちが一斉にこちらに弓を向けた。
「あの男はどうするんですか。あれは、村で見かけた……たしか、王都から来たという……」
誰かがそう返した。どうやら自分のことを言われているようだとタケトはじっと様子を見ているが、リーダー格らしいローブは冷たい口調で言い放つ。
「主のためだ。多少の犠牲はやむを得ん。司祭様も、そう言っておられた」
「……一応、確認しとくけど。お前ら、女神教会とかの人間だよな」
タケトの言葉に、ローブたちは応えない。しかし、否定もしないところをみると、今さら隠す気もないのだろう。彼らは弓を構え矢をつがえると、一斉にこちらに向けて放ってきた。
咄嗟にタケトは精霊銃で応戦する。放ったのは風の精霊。
一瞬空気の膨らみが網を揺らしたが、銃口から巻き起こった風は網を通り抜ける。そして、こちらに向けて放たれた矢を吹き飛ばし、ついでに軌道にいたローブを二人馬上から吹き飛ばした。しかし、タケトは舌打ちする。
目的は矢を落とすだけではない。この網を破れないかと考えたのだが、傷つけはしたものの破くまでには至らなかった。
(やばいな……どうするよ、これ)
おそらく、彼らに掴まれば自分はタダじゃすまないだろう。犠牲だとかなんとか言ってるところを見ると、フォレスト・キャットを捕獲してタケトのことは殺すつもりかもしれない。
しかし、手元にあるのは残り数個の魔石弾のみ。風の精霊は今使ったとおりこの網にはさほどダメージを与えられないことがわかった。植物でできた網のようだから一番火が効きそうではあるのだが、網をかけられた状態で網を焼き切るほどの高火力で火の精霊を放てば、網全体に引火してフォレスト・キャットが火だるまになる危険がある。そうなったら自分もフォレスト・キャットと一緒にこんがりローストになるだろうな。
網の間を通してヤツらを攻撃することは可能だが、一発も撃ち漏らさなかったとしても弾の数よりも敵の数の方が遥かに多い。
(まずいな……)
火だるまになる危険を冒してでも、いちかばちかやってみるしかないのか?
そうこうしている間に、再び弓を向けられる。先ほどまではどこか迷いがある様子だった者も、こちらから攻撃されて防衛本能が働いたのだろうか。今度は明らかに攻撃する意思のある手付きで矢をつがえてくる。
(どうしよう。やばい、どうしよう)
フォレスト・キャットはまだもがいているが、もがけばもがくほど、逆に網が身体に食い込んでくるようだ。もしかして、この網自体にも何らかの精霊の力が働いているのかもしれない。
網はフォレスト・キャットの身体に絡みつき、食い込んで離れない。幸い、タケトのいるあたりはフォレスト・キャットの頭と尻尾の間にできた網の空間にスッポリはまっている状態なので全く身体が動かせないわけではないが、それでも可動域はどんどん狭くなっていっている。
タケトはリーダー格のローブに向けて、水の精霊の魔石弾を放った。一応、銃口が網の結び目にかかるように撃ってみたのだが、結び目とその周りの一部分を切り裂いただけ。
これではタケト一人すら網から抜け出るのは難しいだろう。これ以上攻撃範囲を広くすればその分威力はおちるし、逆に攻撃力をあげれば範囲は狭めなければならない。
そのうえ、激しくもがくフォレスト・キャットの背にいるため照準がとりにくい。銃口から放たれた水流は網を抜けてリーダー格の男の元へと届いたものの、フォレスト・キャットの動きで照準がずれたため、男を逸れて背後の木の一部を抉ったにすぎなかった。
もう魔石弾の数も、あまりない。そして、どれも決定的に助けになるようなものがない。
網はまるで意思でも持っているかのように、ギリギリとフォレスト・キャットを締め上げてくる。そしてついに、フォレスト・キャットも動きを弱めた。
それを見て、ローブたちも再びじりじりとこちらに近づいてくる。
と、そのとき。
小さな声が囁いた。
『……シュジ……サマ……』
「……え?」
一瞬、緊迫した状況が生み出した空耳かとも思ったが、その高い声は以前にもどこかで聞いたことがあるようにも感じた。
『…ゴシュ…ジンサマ……』
再び声がする。
今度は、はっきりと聞こえた。空耳なんかじゃない。
あの声だ。マンドラゴラの屋敷で聞こえた、あの声と同じ。声は明らかにこの、網の内側から聞こえてきていた。
「誰だよ! なんか用があるなら、さっさと言えよ!」
言ったところで、聞く時間的余裕なんてあるのかはわからなかったが、とにかくタケトはそう叫んだ。
『……ご主人様。
「……え?」
こんな状況だというのに、タケトはキョトンと呆気にとられて自分の手を眺める。今、声が確かに自分の手元から聞こえてきたように感じた。
「どこにいるんだ? ああ、もう、いいよ! なんでもいいから、助けてくれるなら助けてくれ!!!」
『では、契約成立ということでよろしいでありますね。でしたら、精霊銃に風の魔石と火の魔石を隣り合わせていれてください、ませ』
「……え? あ、うん」
タケトは言われたとおり、素早く精霊銃を横に振って
ローブたちがすぐ近くまで来て、騎乗から弓を構えてくる。今度は矢が、すべてタケトに向けられている。まずは邪魔なタケトから始末することにしたようだ。
「言われたとおりにしたぞ!」
『では、いつもどおり引き金を引いてそれを放ってください』
「大丈夫なのか!?」
そうは言いつつも、大丈夫なのかどうかを確かめる暇などない。矢は一斉にタケトに向けて放たれた。同時にタケトも引き金を引く。
ブワッとタケトの周りの空気が膨れ上がると、一瞬にしてそれはフォレスト・キャットの周りへと広がった。熱波が肌が焼くような感覚。台風の中にいるように周囲を風が荒れ狂う。
「くっ……」
風圧に思わず目を閉じるタケト。風はさらに極限まで圧を高めると、突如全ての力を放出するようにバシュっと弾けた。
パラパラと身体に何か落ちてくる。目を開けると、視界を覆っていた網が全て消えていた。
「うわ……」
いや、消えたわけではなかった。服に落ちてきたものをタケトは指でつまみ上げる。それは、ちぎれた網の欠片だった。周りが焦げて焼き切れている。
そして、精霊銃のグリップを握るタケトの腕の上に見慣れないものが居た。
「風の精霊と、火の精霊を混ぜて使ったでありますよ」
得意げに言うソレは、体長二十センチほどで丸っこく、黒い鼻に赤茶の体毛、頭から背中にかけてフサフサしたタテガミをもち、腰のあたりに役に立つのかどうかよくわからない小さなコウモリのような羽がついている……。
子豚みたいなやつだった。
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