第61話 侵入者
蹴り破らんばかりの勢いで、ケニスの部屋のドアが開いた。
見ず知らずの人間たちが部屋に入ってくる。
ケニスを守るようにベッドの前に立っていたシャンテ。彼女の前に現れたのは、そろいのローブを着た数人の男たちだった。先頭のハゲ男と、その隣に立つ皮鎧を身につけた体格のいい男には見覚えがあった。
夕方、この家の前でケニスの父親と言い争いをしていた人たちだ。
「なんだ! お前ら出て行け!」
と彼らの背後から父親の声がする。どうやら、家族の了承も得ずに勝手に入ってきたことは間違いないようだ。
シャンテは胸の前できゅっと手を握り、キッと侵入者たちを見る。
「あなたたちは、なんですか! 病人が寝ているんですよ!? 静かにしてください!」
震えそうになる身体を、なんとか奮い立たせて声をあげた。
真夜中に勝手に侵入してきた彼らが、穏便に済ませてくれるとは思えない。ただ、この部屋に入ってきたということはケニスが目的だということだけはわかった。病に伏せっている少年を、彼らの好きにさせるわけにはいかない。
タケトがいないいま、自分がケニスを守らなきゃ。そう何度も心の中で繰り返して、自分を奮起させる。
「どいていただけないかな。我々はその子に用があるんだ」
ハゲ男が言う。
「用ってなんですか? 病気の子に何の用があるっていうんですか!?」
いっこうにどこうとしないシャンテに、男はすぐにしびれを切らした様子でイライラと隣の皮鎧に声を飛ばす。
「女神のためだ。構わん、運びだせ。そいつを押えておけ」
ハゲ男に命令され皮鎧の男がシャンテをどかそうと掴みかかったとき、シャンテは素早く言葉を紡いだ。
「大気の精霊よ。彼らに雷神の鉄槌を」
別に呪文は何でも良いのだが、自分の中で発動の契機としていつも使っているこの言葉が一番発動を安定させられる。シャンテの言葉とともに、天井にバチバチと電流のようなものが走ったかと思うと、目の前の男たちの頭上に小さな雷が落ちた。
「ぐわぁああ」
うめき声があがり、男たちは動きを止めて膝から崩れ落ちる。室内での発動だったので、さほど威力はあげられなかった。しかし、しばらくは行動不能にできるだろう。その隙にケニスの両親と協力して彼らを縛り上げてしまえばいい。そう思ったのだが、予想に反して皮鎧の男だけは倒れなかった。
たしかに雷は命中したはずなのに、その男は憤怒の形相で雷の衝撃に耐え抜き、さらにシャンテに掴みかかる。
「きゃあああっ」
男は信じられない素早い動作でシャンテの腕を掴むと、同時に口を塞いできた。これでは呪文の詠唱ができない。咄嗟に歯でその指を噛みちぎろうとしたが、男は厚い革手袋をしていたため歯が届かなかった。
次の瞬間。男に足払いをされてシャンテは態勢を崩す。後ろ向きに倒れ込んだと同時に後頭部に強い痛みが走った。ベッドの縁に頭をぶつけてしまったようだ。シャンテの目の前が暗転する。
意識が遠のく直前、新たな足音とともに「司祭! 森に猫が出ました!」という声を聞いたような気がした。
タケトはティッタルトの街で医者に薬をもらったあと、再びウルに乗って湖を渡り、村への道を戻っていた。
(もう、どれくらい経ったんだろう)
村へと続く道を全速力で駆けるウルの背中で、タケトは振り落とされないようにしがみつきながらぼんやりと考える。
医者の家で時計を見たとき、時間は真夜中ちょっとすぎくらいだった。だとすると、行きにだいたい五時間ほどかかったことになる。同じくらいの時間が帰りもかかるとなると、帰り着くのは夜明け前くらいになるだろうか。
ティッタルトの街の医者も言っていた。あの風土病は体力のある成人ならば自然治癒することもあるが、子どもや老人は発病から数日、早いと一日経たず死んでしまう事も多いと。ケニスは元から身体が弱いたちだ。それほど長く持たないことも十分考えられた。
(どうか。まだ、手遅れになってないでくれ……!)
そのとき。
キャン!!!
ウルの鋭い声が夜の森に響いた。
と同時に、ウルの身体が突然、前のめりに倒れる。
「え……?」
走っていた勢いのまま、背に乗っていたタケトは前方に投げ飛ばされた。
そして身体は宙を舞い、道の端にある茂みに勢いよく突っ込む。
「……っ」
一瞬、何が起こったのか訳が分からなかった。ただ、打ち付けた背中が痛くて、その場で身体を丸めて呻く。
(い……っ……)
そうやって痛みに耐えていたら、打ち付けた当初の激しい痛みは少し和らいできた。幸い、身体は動かせそうだ。骨が折れているような気配はない。
(何が起こったんだ?)
茂みから小枝や葉っぱを掻き分けて身体を起こす。どうやら、ウルの背中から突然放り出されてここに落ちたらしい、ということは理解できた。
(そ、そうだ。カバンは?)
肩からさげていたカバンがない。慌てて茂みの中を手探りで探すと、自分が落ちた場所のすぐそばにカバンをみつけた。中を確認すると、医者からもらった小瓶もしっかり中に入ったままだった。小瓶の蓋が開いた様子もない。暗くて見えないので全て手探りだったが、とりあえず薬が無事そうだとわかってほっと胸をなで下ろす。
タケトは茂みから出てカバンから携帯ランプを取り出すと、腰のホルスターから精霊銃を抜いて、ランプの芯に向けて引き金を引く。銃口からボーッと火炎が芯に向かって伸びた。ちょっと火力オーバー過ぎるし、火の魔石を一つ使ってしまうのでもったいないが、火打ち石で悠長に火をおこしている暇がないので仕方ない。芯に火が灯ったのを確認して、カパっとランプのカバーを戻す。
そのランプの灯りを頼りに、タケトは道を後戻った。その先にウルがいるはずだ。
「ウル。どうした?」
二十メートルほど歩いたところで、何か大きなものが暗闇の中でゴソッと動いた。ランプの光で反射して青白い二つの丸が光る。ウルの目だ。しかし、思ったよりもウルの目の位置が低い。地面に伏せているのだろうか。
とりあえず、ウルをみつけてタケトは安堵する。それにしても、二十メートル近くとばされて、よく無傷で済んだものだと思う。茂みに飛ばされたのが幸運だったのだろう。もし地面に直接飛ばされていたら、骨の数本は逝っていたかもしれない。
「キュゥゥゥゥン」とウルが、いつにない甲高い声で鳴いた。動物が酷い痛みを感じたときに出す声だ。ウルがそんな声で鳴くのを聞いたのは初めてだった。
嫌な予感がした。
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