第59話 それ、俺が行きましょうか?
ケニスの家の前では、数人の男たちが声を荒げて何か言い争っていた。
ドアの前にいるのはケニスの父親だ。彼と話しているのは、背が低く頭頂部のハゲた茶色いローブの男。その横には革鎧に剣を下げた屈強な男が一人控えている。あれはボディガードだろうか。
さらに、その後ろに三人。ハゲ男と同じ色のローブを頭からすっぽりかぶっているので、性別や年齢はわからなかった。
「とにかく! 息子は体調が悪くて、いまは誰とも会いたくないと言ってるんです! 帰ってください!」
ケニスの父親が声を荒げるのが聞こえる。
まだハゲ男は何か言って食い下がっていたが、皮鎧の男にたしなめられ、渋々といった様子でケニスの家をあとにし、村の入り口の方へと歩いていった。おそらく、入り口にあった馬車は彼らが乗ってきたものだろう。
ケニスの父親はドアの前を塞ぐように仁王立ちしたまま、彼らの姿が見えなくなるまで立っていた。蹄の音が聞こえ、彼らが村からいなくなったのを確認してから、ようやく家の中に戻ろうと玄関ドアを開けた父親にタケトは近寄って声をかけた。
「どうしたんですか? あいつらも、ケニス君に会いに?」
「ああ……そうなんですよ」
ケニスの父親は暗い顔で顎を撫でる。
「なんでも、女神教会の人たちらしいです。フォレスト・キャットは彼らの信仰対象とかで。一目会いたいから、どうにかケニスと話をさせてくれと言うんですが、あいにくケニスは昨晩から具合が悪く寝込んでいて」
「え……ケニス君が……?」
昨晩というと、タケトたちが会った後だ。もしや、それが原因で体調を崩したのではと心配になったのが顔に出たのだろう。ケニスの父親は、
「い、いえ。お気になさらず。あの子は、身体が弱くてよく熱を出すんです」
そう言ったとき、奥からケニスの母親が慌てた様子で出てきた。昨日見たときよりも目の下の隈が濃くなり、やつれた感じがする。一晩中、息子の看病をしていて寝ていないのかもしれない。
「あなた。ケニスの熱が、すごくて……。ここまで酷くなるなんて、いままでなかったのに」
「な、なんだって……! すぐ、村長を呼んで……」
「俺、呼んできます。今、村長さんとこにお世話になってて、ちょうどこれから帰る途中だったんで」
そうタケトは告げると、村長の家へ駆ける。
「お願いします!」
後ろから父親の声が飛んできた。
村長の家へ行くと、村長はちょうど家の玄関に火を入れたランプを掲げようとしていたところだった。
走ってきたタケトに驚いたようだったが、タケトからケニスのことを聞くと「それは、いかん」とバタバタと家の中に戻っていった。そして数分後に出てきたときには、古ぼけた皮のカバンを手にもっていた。
村長を連れてケニスの家に戻ると、村長はすぐに両親に案内されてケニスの部屋へと入っていく。
ケニスは窓際の小さなベッドの上で横になっていた。その幼い顔は赤く、額には玉の汗がいくつも浮かんでいる。目を閉じているので眠っているのか起きているのかはわからなかったが、呼吸が荒く苦しそうだった。
村長はケニスのベッドの横ですぐにカバンを開いて、片側がラッパ型をした木の筒を取り出す。そして、ケニスのシャツを開けると直接そのラッパ部分を胸に触れさせ、反対側を自分の耳にあてた。どうやら、聴診器のようなものらしい。
そのあと、熱を測ったり触診をしたりしていたが、一通り調べ終わってケニスのシャツを元に戻し優しく毛布をかけてやると、何も言わずにケニスの部屋をあとにした。
母親がケニスの部屋のドアを閉めたことを確認すると、村長は両親に向きあって言いにくそうに口を開いた。
「今回のは、いつもの熱とは違う。おそらく。この地方でときどき見られる風土病の肺病だろう」
二人が、はっと息を飲むのが傍目にも分かる。
「それで、ケニスは……! ケニスは治るんですよね……!?」
父親が村長に、食ってかからんばかりに声を荒げる。しかし、村長は心痛そうな表情を変えず、ただ押し黙ったままだった。それが、この病気の治癒率の低さを物語っていた。
「そんな……」
母親がこらえきれず、顔を両手で押えて泣き崩れた。父親はそばにしゃがむと優しく彼女の肩を抱く。しかし彼も強く唇を噛んで、哀しみをこらえていることは明らかだった。
重い空気が、部屋を満たす。
しばらく、誰も口を開くことができなかった。しかし、その沈黙は、村長の「……そういえば」という声で破られる。
その声にすぐに反応したのは父親だった。
「何か……治す手立てがあるのですか!?」
「いや……その……上手くいくとは限らないんだが」
父親はバッと立ちあがると、村長に詰め寄った。
「どんなことでもいいんです。助かる可能性が、少しでもあるなら! 教えてください! どうすればいいんですか!」
村長はまだ迷っていたようだったが、父親の熱意に押されて、躊躇いながら口を開いた。
「少し前にティッタルトの街へいったとき、昔の医者仲間に会ったんだ。そのとき、ちらとその男から聞いたんだよ。どこかの医者が作り出した薬が、高熱に良く効くと。それを知り合いの伝手をたどって手に入れて使ってみたら、めざましい効果があったと言っていた。その薬を今もその男が持っているかわからんし、分けてもらえたとしてもこの病に効くかどうか……何もわからん。わからんが、それくらいしか……」
「お願いします!!! うちのケニスにも、その薬を!!!」
父親は村長の肩を両手で掴んで、揺さぶった。ガタイのいい木こりの父親に揺さぶられて、村長の身体はガクガクと翻弄される。
それ以上やると危険そうなので、タケトは父親の腕を掴んで彼を制した。
「……落ち着いてください。お気持ちはわかりますが」
そうタケトに言われて、父親はハッと我に返る。
「す、すまない……」
村長から手を離すと、今度は深く頭を下げた。
「お願いします。もし、ダメならダメでいいんです。でも、何もしないではいられない! 金なら、うちにあるありったけを用意します。足りないなら借金でもなんでもしますから!」
その隣に母親も並ぶと、涙に濡れた顔で同じように頭を下げた。
「しかしな……今から街へ行くとなると、馬で休まず駆けたとしても、行くだけで半日。戻って半日。あわせて一日かかる。あの病は、進行が早いのが特徴でな。既にあれだけ症状が進んでしまっている。あと一日、もつかどうか……」
そう口を濁した。
ティッタルトの街は、タケトたちもここに来る前に立ち寄った。たしかに、あそこからここまで半日くらいはかかった。
でもそれは街とこの村の間に大きな湖が横たわっているため、遠回りしなければいけないからだ。ここに来るときに何度も見た地図を思い出す。直線距離だと、そこまでの距離はなかったはず。
「あの……それ。俺が行ってきましょうか?」
タケトのそのひと言で、え……? と一同がタケトを見た。
注目されると、ついたじろいでしまうが、言い出したからにはもう後にはひけない。
「ウルなら……俺たちが乗ってきたフェンリルなら、湖を泳いで渡ることができます。それに全速で走れば、馬車で行くよりもずっと短い時間で行って帰ってくることができるはずです」
「なら、私が……!」
そう言うシャンテに、タケトは小さく笑んで返す。
「シャンテは、村長さんとこで待ってて。もう日が暮れる。夜は冷え込むし、全速力のウルに乗るのは、結構体力使うから。俺が行ってくるよ」
そうと決まれば、少しでも早いほうがいい。タケトは早速、ティッタルトの街へ向けて発つことになった。
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