第56話 新たな仕事

 

 ある日の、王宮。タケトは官長に言われるままに式典の頭数要員として参加していた。

 今日は、ここジーニア王国の建国記念日らしい。


 といっても、長い王国の歴史の中でいつ正式に国として成立したのかは定かではないらしく、神話学者たちがなんとなくこのあたりの年代のこのあたりの日付だろうと決めた日を建国記念日にしたという話だ。


 そんなわけで、今日は朝早くから王宮にある『王の間』と呼ばれるホールに、王宮で働く貴族や騎士団、それに官吏かんりたちが集められていた。

 見渡す限り、様々な色の頭が見える。茶色や金髪、白、赤茶などが多そうだ。タケトやカロンのような黒髪は、まったくいないわけではないが珍しい部類なのだろう。ぽつりぽつりとしか見当たらない。それよりむしろ、獣人らしき頭の方が多く見えた。


 この『王の間』は、普段は王への謁見やパーティに使われたりしているそうだが、タケト自身はそのどちらにも用がないので、この部屋にはいままで一度も入ったことがなかった。


(うわー、天井たっけー)


 人の頭に見飽きたので、上に目を向ける。三階建てくらいの高さのある吹き抜けで、巨大なシャンデリアが二台ぶらさがっていた。シャンデリアの真ん中には光の精霊のものと思しき大きな魔石が置かれ、それが放つ光が周りのカットクリスタルに反射して、キラキラと美しい光を降り注いでいる。

 さらにその上の天井には、白いドラゴンのような絵が、淡く優しい色使いで大きく描かれていた。


 あんな魔獣がこの世界にいるんだろうか。もし、いたら見てみたいななんて思っていたら、周りの人間が一斉に最敬礼しだしたのでタケトも慌てて真似をする。

 左膝をつき、右手を腹にあてて頭を深く下げるというこの国の最敬礼は、主に王族に対してだけ行われるものだ。ちなみに、貴族など他の高位の人に対する礼は膝はつかずに行う。


 頭を下げたままチラッと前方の様子を伺うと、人の頭の群れの先の一段高い位置にある王座の前に、家臣たちを従えて一人の女性が立った。

 桃色と白を基調とした長いドレスを身に纏い、ふわふわとゆるく巻いた金色の長い髪の女性。遠目なので表情まではよく見えないが、たぶん美人だ。


(この国の王って、女王だったんだ……知らなかった)


 魔獣密猟取締官事務所は王の直轄機関の一つなので、王から勅令が下る事も多く、そのたびにヴァルヴァラ官長が「王が」と言っているのでてっきり王様はしわくちゃの老人男性だと思い込んでいた。

 穏やかな雰囲気を纏わせた王は、手に持った王笏おうしゃくを床に打ち付けカンという音を城内に響かせた。その音で、王の間に集まった人々は一層深く頭を下げる。


「頭をあげよ。皆の者」


 よく通る凜としたソプラノを王の間に響かせると、王は慈愛の満ちた目で集まった人々を見渡した。王の言葉を合図に周りの人々が起立したので、タケトもそれにあわせて立ちあがる。


 彼女はこの国の豊穣を神に感謝し、人々と国の発展を祈願する言葉を高らかに述べたあと、玉座へと腰を下ろした。そのあとは、大臣などの国の偉い人々が代わる代わる玉座の前に進み出ては、喜びに満ちた声で祝辞を述べはじめた。


 はじめの数人の話まではまじめに聞いていたが、みな同じようなことばかり繰り返し言うので、タケトはつい欠伸が出そうになる。というか、出る寸前になった欠伸をかみ殺していたら、隣に立っていたヴァルヴァラ官長に肘でつつかれた。


「寝るなよ?」


「……わかってます。すみません」


「あと少しで終わるはずだ。ああ……だめだ。ガルガチュア卿が出て来た。あいつの話は長いんだよ」


 官長がウンザリした声を出す。

 王座の前にはでっぷりとした男が、緊張のためかハンカチで何度も汗を拭きながら紙の束を読み上げだした。たしかに、長そうだ。


「……そういえば、王様って女性だったんですね。俺、初めてお目にかかりました」


 暇つぶしに、そんなたわいもない言葉を官長に返す。周りからも小声でひそひそ話す声があちこちから聞こえてくるので、これくらいの雑談なら怒られないだろう。


「ああ。お前は、いままで会ったことがなかったのか。あの方、前はよく息抜きにうちの事務所でフラフラしてたが、最近はそれもできないくらい忙しかったのか全然来なくなったからな」


「え……そんな気安い感じなんですか?」


「そういう一面もあるってだけだ。彼女は、慈愛に満ちた王として民衆に好かれてもいるが、その反面、容赦の無いところもある」


「容赦……?」


 タケトの言葉に、官長はこちらの顔を見てニヤリと嫌な笑みを浮べた。


「飴と鞭の使い方が上手い、とでもいえばいいのか。ああ見えて、恐怖政治をしくタイプなんだよ。彼女は元々、王位継承権の順位は最も低かった。しかし、前王の死後、王位継承権を持つ血の繋がった兄姉、いとこ、叔父叔母たちをことごとく投獄やら処刑やらして今の地位に登りつめたんだ。接する際は、くれぐれも気をつけろよ」


 そんなタイプには見えなかったが、官長がそう言うならそうなのだろう。うっかり失礼なことやらかして目をつけられたりしないように気をつけないとな、とタケトは心に刻んでおいた。

 ガルガチュア卿の話は、その後三十分以上も終わらなかった。





 式典の後、先に事務所へ戻っていたタケトはソファに座って精霊銃の整備をしていた。この銃は、元の世界のリボルバー同様に、ある程度部品をバラすことができる。といっても、火薬を使用しているわけではないので煤で汚れることはない。それでも、屋外で持ち歩くせいか埃や泥がつくので、こうしてときどきバラして掃除をすることにしていた。


(シリンダーの奥に、もういっこ大きな魔石が入ってるっぽいんだけど……コレ、取れないんだよな)


 この精霊銃には、引き金トリガーのほかにもう一か所魔石が使われている部分がある。本来のリボルバーであれば持ち手の部分は細くなっているものなのだが、この銃はそこが異様に太い。自動拳銃くらいの太さがあった。


 よく見ると回転式弾倉シリンダーとグリップの間の部分に、十円玉サイズの魔石がはまり込んでいるのが隙間からわかるのだが、これ以上バラすことができないので取り出すことが出来なかった。 


(たぶん、これ。取っちゃいけない部品なんだろうな)


 回転式弾倉シリンダーの動きがよくなるように薄くオイルを塗ってやれば、整備はお終い。

 綺麗になった精霊銃を再び組み立てていると、官長が戻ってきた。

 彼女はタケトの顔を見るなり、「お前でいいか」なんて言う。タケトは精霊銃を腰のホルスターに仕舞いながら立ちあがると、官長に向き直った。


「仕事ですか?」


「ああ。ちょっと頼みたいことがあるんだが。まぁ、コレを見てくれ」


 といって、ポンと紙の束を投げ渡される。

 渡された紙の束をペラペラと捲ると、中身は地図と簡単なレポートのようなものだった。


「なんですか? これ」


「ちょっと調査に行ってきてほしいんだ。危ない仕事でもないだろうから、シャンテと二人で十分だろう」


 レポートには、『フォレスト・キャットの伝承について』とあった。

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