第51話 鉄壁の守護


 それから一ヶ月後。

 マンドラゴラの姿は、もうあの王宮の森の奥にある建物にはなかった。

 彼が今いるのは、王立図書館。それも、地下にある禁書庫の中だ。


 タケトは禁書庫の入り口を警護する専属騎士に、サマンサ館長直筆の入庫許可書を見せて扉をあけてもらう。

 禁書庫は、そこが地下とは思えないほどの明るさに満たされた円形の部屋だった。三階分ほどはありそうな高い天井の真ん中に大きな魔石が嵌められていて、そこから室内に明るい光が降り注いでいる。


 そして壁を覆い尽くすように置かれた本棚は、天井付近まで伸びている。その棚全てがぎっしりと本で埋め尽くされていた。床にも背の低い棚が置かれ、そこには巻物や木箱など様々なものが保管されている。棚を避けながら室内をぐるっと見回すと、二階あたりにあるキャットウォークに、探していた人物を見つけてタケトは手を振った。


「こんにちは!」


 相手もタケトに気付いたようで、押していた台車を止めてこちらに軽く会釈をした。黒い髪が揺れる。司書のクラリスだ。


 タケトは部屋の端に備え付けられた階段をのぼってキャットウォークにあがると、クラリスの元へと歩いて行った。彼女が押している台車には本が山積みになっている。さらに台車の前部には、腰掛けて分厚い本を読みふけるマンドラゴラの姿があった。


「よぉ。元気そうだな」


 タケトの言葉に気付いたのか、マンドラゴラは本から顔を上げると口ひげをモゴモゴと動かした。相変わらず、本に囲まれているとご機嫌そうだ。


「様子を見に来ました。何か困ったこととかないですか?」


 クラリスにそう尋ねるものの、彼女は「いいえ、何も」と穏やかに微笑えむ。


「彼が手伝ってくれるので、助かっています」


 クラリスがそう言うと、「テツダウ」とマンドラゴラも片手をあげてモゴモゴと喋った。どうやら、クラリスとも上手くやっているようだ。タケトはホッと顔を綻ばせる。


「良かった……」


 マンドラゴラはいま、タケトの進言が通って、この王立図書館禁書庫の専属司書見習い兼警備員となっている。


 普段はクラリスの手伝いなどしながら好きに本を読み、この前のように侵入者がやってきた際には未来予知の力でそれを事前に察知し、あの『死の叫び声』で侵入者から本を守るのが彼の仕事だ。結局前回この禁書庫に忍び込んだという賊は捕らえられてはいないが、もう二度と侵入者を許さないように禁書庫の守りは以前とは比べものにならないほど厳重なものとなった。その一つが、このマンドラゴラの常駐だ。


 マンドラゴラを禁書庫に配置してはどうかというタケトの意見は、はじめ王立図書館の幹部たちには難色を示された。

 しかし、サマンサ館長の好意的な意見と、炎などを使って本を傷める危険のない警護方法としての価値が認められ、いまこうして彼はこの禁書庫で暮らしている。




 こうして王立図書館禁書庫は人による通常の警備に加え、マンドラゴラによる守護という世界的にも類をみない鉄壁の警護態勢を敷くこととなる。もちろんこのことは、王宮と図書館の一部の人間だけが知るトップシークレット。


 マンドラゴラは今日も禁書庫の中で、楽しそうに沢山の本に囲まれて暮らしている。

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