第6章 フォレスト・キャット
第52話 タケトが不審なの(シャンテ談)
シャンテは自室の窓辺に椅子を置いて腰掛けると、そこから外を眺め、はぁと小さくため息を漏らした。
最近、気になることがあるのだ。
(タケト……どうしたのかな……)
心配のたねは、タケトのことだった。
初めて会ったとき、彼のことは二十過ぎくらいだろうと思っていた。だから、三十二歳だと聞いたときは驚いたものだが、異世界から来た人だし人種も違うことを考えると納得もできた。
とはいえ、シャンテと同年代の男性と比べるとやはりタケトは落ち着いているし、シャンテ自身もそれを頼りに感じる事も多い。けれどその反面、どこか子どもっぽいというか、考えていることが表情や動作に出やすい一面もある人だと思う。あれはおそらく、年齢云々ではなく、元からの性格に寄るところが大きいのだろう。
そのタケトが近頃、妙にそわそわしていることがあるのだ。食事をしているときや、一緒に買い物に行ったときとか。その理由がシャンテにはわからないから、ずっと気になっていた。
一度、「どうしたの?」と聞いてみたこともあるけれど、タケトは「大したことじゃないよ」と笑うだけで済まされてしまった。
それだけじゃなく、シャンテに気付かれないようにこっそり家を抜け出して、どこかへ行ってしまったことも一度や二度ではない。
(タケト。どこに行ってるんだろう……もしかして……誰か好きな人でもできたのかな……)
年齢的にはもう結婚していても全然おかしくない年頃だもの。シャンテが知らない間に誰かいい人ができて、付き合っていたとしても不思議はない。
(でも……だったら、ひと言言ってくれてもいいのに。じゃないと、心配になるじゃない……)
別に自分にそれを反対する理由なんてない。ない……はずなのに、なぜかそのことを考えると、胸の奥がツンと苦しくなるのだ。
それまで一人と一匹だけで暮らしてきたところに、タケトという男性が加わってすごく心強く感じているのは確かだし、いままでにない安心を覚えるようにもなった。だから、タケトがこの家を出て行ってしまったら、寂しいに違いない。でも、元の生活に戻るだけなのだから、ただそれだけのことなのだから。
その、はずなのに。
(なんで、そのことを考えると悲しくなっちゃうんだろう)
父と離れて故郷の村から逃げ出してきたときも、とても悲しくて寂しかった。でも、なぜだかわからない。それとは少し違うけど、タケトが去ってしまうことを考えると同じくらい悲しい気持ちが心の中を浸してきて、息苦しさに溺れてしまいそうになるのだ。
「……はぁ」
今日何度目かわからないため息をついたとき、下の方からギーという音が聞こえて、シャンテは窓から下をのぞき見た。そこからは、自宅の玄関がよく見下ろせる。
「あ……」
玄関のドアがあいて、中からタケトの黒い頭が出てくるのが見えた。
(どこにいくんだろう……)
書かなきゃいけない報告書がたまっているから、今日は一日中家に籠もって書きあげるつもりだと言っていたのに。だから邪魔しないようにとシャンテは自室で過ごしていたのだ。
タケトはキョロキョロと辺りをうかがう素振りを見せた後、家の前の道を大通りの方へと歩いて行く。
(今日こそ、つきとめてやるんだからっ)
シャンテは勢いよく立ちあがると、窓を降ろしてベッドにおいてあった肩掛けショールを手にとる。そして、自室を出るとタタッと階段を駆け下りた。
一階に降りて、先ほどまでタケトがいたダイニングを横切る。テーブルの上には、まだ書きかけらしい報告書がそのまま残されていた。
家を出て、タケトが歩いて行った方へと道を小走りに駆けると、
(いたっ……!)
すぐに見慣れた背中を見つけることが出来た。
タケトはどこか機嫌良さそうに道をのんびりと歩いている。
(やっぱり……女の人のところにいくのかな……)
シャンテは急に息が出来なくなったような胸苦しさを感じながらも、手に持ってきたショールを肩にかけて、タケトのあとを追いかけることにした。見失わない程度の距離をつかずはなれず、ついていく。
(タケトが会いたい人って、どんな人だろう……)
実のところタケトは誰とでも気さくに話すところがあるので、誰と特別に親しいのかということは、いつも一緒に行動しているシャンテにもよく掴めないところがあった。
(昨日も市場で野菜売りのニーナさんと楽しそうに話してたっけ。近所の奥さんたちにも、チーズ分けて貰ったりしてたし。美味しかったけど。あ、それとも……教会で奉仕活動してるジャニスさん? この前、頼まれてニワトリ小屋直してた)
考えれば考えるほど、誰もが怪しく見えてしまう。
そんなことを考えながら歩いていたら、タケトが突然道ばたで立ち止まる。考え事をしていたらうっかりタケトに近づきすぎてしまって、シャンテは慌てて傍の茂みに隠れた。
(何をしてるの……?)
茂みの葉の間から覗くと、タケトは止まってなにやら道ばたに生えた木を見上げていた。大きく伸ばした枝に小さなこぶしほどの赤い実がなっている。リンゴの木のようだ。
タケトはそれをしばらく見上げていたかと思うと、キョロキョロとあたりを見回した。そして少し木から離れると、助走をつけて飛び上がる。
高く伸ばした手は、一番下の枝についていたリンゴを掴んでもぎとった。たんっと地面に降りたタケトは、手の中のリンゴを見ると嬉しそうにズボンのポケットに入れて再び歩き始める。
(女の人にあげる気だ……!)
そうシャンテは確信する。もうここまできたら、相手を確かめないでは気が済まない。きゅっと眉を寄せると、
(絶対、確かめてやるんだから!)
そう決意すると、しげみから出てタケトの背中を再び追い始めた。
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