第49話 マンドラゴラの生まれ方


 先に行ってしまったウルとシャンテを追って、タケトたちも荷馬車で王宮の森へと向かう。タケトたちの任務はあくまで魔獣絡みのこと最優先なので、このあとの現場検証や遺体の収容は衛兵たちに任せることになった。


 時折水たまりの水を跳ね上げ、ゴトゴトと馬車が王都の通りを進んでいく。その荷台に揺られながらタケトは外套のフードを頭からスッポリ被ってうずくまっていた。


「うう……痛いよぉ……」


 両耳を手の平で押えながら、しくしくと泣き言を漏らす。

 出血はもう止まっているのだが、耳の奥がジンジン痛んで辛い。屋敷の中にいるときは夢中だったのであまり痛みは感じなかったのだが、マンドラゴラを送り出してホッと気が緩んだ途端、急に痛みが酷くなったような気がした。


「ううう……」


 今すぐ耳鼻科に行きたいけれど、残念ながら異世界のこの地に耳鼻科なんてものはない。あったとしても、せいぜい傷に効く薬草を耳に詰められるだけだろう。


「ったく。本当に、無茶をしますわよね」


 顔をあげると、向かいに座っていたはずのブリジッタが立ちあがって腰に手を当て、呆れ顔でこちらを見下ろしていた。


「……だって、あんときは他に思いつかなかったんだから、仕方ないじゃん……」


 タケトはフードを目深に被り直して俯く。

 風が吹き付けるだけでも痛さが増すので、そうやっていると幾分楽なのだ。


 そうやって蹲っていたタケトの頭に、ふわっと何かが触れた。少し遅れて、それがブリジッタの手だと気付く。

 その小さな手はポンポンと優しくタケトの頭を撫でた。


「でも……今回は、ソチのおかげで助かりましたわ。ソチがいなかったら、もっと被害は大きくなっていたかもしれないですもの。だから……無茶してくれたこと、感謝していますのよ?」


 珍しいブリジッタの優しい言葉に、タケトの表情も自然と緩む。


 見た目は小学生低学年くらいの彼女。下手するとタケトにそれくらいの子どもがいてもおかしくないくらいの見た目年齢差がある。しかし実際には三百年以上を生きている彼女の言葉は、痛みに加え沢山の死を見たこともあって重くなっていたタケトの心にスッと入ってきた。どうしようもなかったとはいえ、すぐ目の前で死んでいく密猟者たちを助けられなかったというシコリを幾分和らげてくれた。


 ブリジッタがタケトの横に腰を下ろすと、今度は御者席にいるカロンが口を開く。


「あのマンドラゴラは、よほど本が好きなのでしょうね」


 それは、タケトも意外だった。


「マンドラゴラって、そういう性質があるものなのか?」


 もしそうなら、またいつかマンドラゴラと対峙することがあれば参考になると思ったのだが、カロンは「いえ……」と否定する。


「そんな話はいままで、聞いたことがありません。おそらくですが……あのマンドラゴラ固有の性質かと」


「そっか……」


 彼だけの特徴だったらしい。少し間があって、再びカロンが口を開く。


「タケトは、マンドラゴラがどうやって生まれるのかご存じですか?」


 その言葉に、タケトは首を横に振る。うっかり頭を動かしたことで耳の奥がキンと痛くなってしまった。


「ううう……しまった……」


 そんなタケトの様子には構わず、カロンは話を続けた。


「マンドラゴラは、無実の罪で絞首刑に処されたご遺体の…その足元に落ちた排泄物や体液が染み込んだ土壌から生まれると言われています」


「絞首刑……え、じゃああのマンドラゴラも?」


「あくまで憶測の域ですが、もしかしたら」


「そっか……」


 あれも、そんな不幸な誰かを礎にして生まれたのだろうか。だとしたら、何の罪を着せられて処刑されたのだろう。まだこの世界の司法制度のことなどはあまりよく知らないが、元いた世界にだって冤罪は存在した。この世界は元いた世界よりも一般の人の命の扱いが軽いのは実感している。きっと冤罪も少なくないだろうし、もしかしたら故意に無実の罪を着せるようなこともあるのかもしれない。


 といっても、あのマンドラゴラがどうやって生まれてきたかなんて、いまとなっては調べようもないことではあったけれど。


「じゃあ、その……元になった人間の記憶も、残ってたりすることあるのか? もしかしてそいつが本好きだったとか?」


「そこまでは……よくはわかりません。マンドラゴラのことは実はあまりよくわかっていないんです。でも、もしかしたら、記憶を引き継いでいる可能性もゼロではないでしょう」


「そう、だよな……」


 書斎の真ん中で本にかじりつくように熱心に読みふける姿を思い出す。


 なぜ、あんなに本に固執するのかはタケトにはわからない。でも、そこには譲れない想いがあるのだろう。

 そうだとしたら、できる限りその気持ちを尊重してあげたいな。そんな風にタケトは思うのだった。




 カーテンの隙間から窓の外の柔らかい日が差し込む昼下がり、タケトは規則正しく立ち並んだ本棚から一冊の本を手に取った。

 ここは王立図書館の一般用棚。

 王が国民の教育レベルを高めるために庶民に開放している一角だ。


 タケトが手に取った本は古代歴史の本。なぜだかしらないが、あのマンドラゴラは古代の歴史や魔獣についての本により強い興味を示すようだった。もっとも、雑学的なものから料理の本、政治の本など本ならなんでも読みはする。けれどその手の本を持っていったときの食いつきが特に良かったので、ついそんな本ばかり選んでいたら、その棚にあるその類いの本はあらかた読み尽くしてしまっていた。


(これ、前に借りたことあったっけ……)


 いまさらながら、記録つけておけば良かったと後悔する。マンドラゴラの読書ペースはとても早いので、どれを借りてどれを借りていないのかよくわからなくなってしまった。

 と、そこに足音が近づいてくる気配を感じてタケトは音のした方に顔を向ける。


 もう鼓膜はだいぶ治ってきていた。あのあと心配したシャンテに医者のところに連れて行かれ、やっぱりよくわからない薬草を耳の穴の中に詰められたのだが、それが効いたのか幸い化膿することなく傷は塞がりつつあった。


 近づいてきたのは、白髪を綺麗にまとめた小柄な高齢の女性だった。おそらく年齢は相当いっていると思われるのだが、杖を手にしてはいるものの背筋よい立ち姿は気品が漂っている。静かに柔和な笑顔を浮べた彼女は、サマンサ・ロッキンガム。この王立図書館の館長だ。


「今日も、あの子にもって行く本をお探しかしら?」


「あ、はい……でも、この辺りの本はほとんど借りてしまったみたいで」


 手に取ったその本も、なんとなく見覚えがある気もする。自分で読んだわけではないので、内容まではわからないけれど。


「それなら、こちらにいらっしゃいな」


 連れていかれたのは、王宮関係者など一部の人しか入れないエリアだった。


「いいんですか? 俺がこっち入っても」


「あら。あなただって、王宮の人でしょう? あの子もいまは王宮の管理下にあり今後もそうなら、同様のこと。何も問題はないわ」


 そちらのエリアには、一般用エリアとは比べものにならないほど沢山の本があった。


「好きに持っていくといいわ。あ、一応、司書にどれを持っていくかだけは知らせておいてくださいね。クラリス!」


 サマンサ館長が奥に向かって声をかけると、すぐに「はーい」という声がどこからともなく返ってくる。しばらくして棚の間から、一人の女の子が顔を出した。シャンテと同じくらいの年頃の十代後半とおぼしき女の子。左右にひょこひょこと跳ねた長い黒髪に、大きな眼鏡が特徴的だった。


「孫のクラリスよ。この図書館で司書をしているの。お探しの本があれば、何でも聞くといいわ」


「クラリス・ロッキンガムです。よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げるクラリスに、タケトも「あ、はい。よろしくおねがいします」と頭を下げる。そのあとは、館長室へ戻っていったサマンサ館長にかわり、クラリスに本を選ぶのを手伝ってもらった。

 彼女の選ぶ本はどれも面白そうで、タケトも精霊に関する本など借りていたら持ちきれない量になってしまった。

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