第48話 捕獲できるか!?


 タケトは静かに言葉を紡ぐ。


「だから……。俺と一緒に、来てくれないか」


 マンドラゴラは目の前のタケトを黙って見ていた。

 タケトは続ける。


「俺と一緒にくると、アンタはきっと一生隔離されるだろう。でも、来てくれなかったら、俺はアンタをこの場で殺さなきゃいけなくなる」


 この魔獣が人語を理解しているのは間違いない。本を読めるのだから話し言葉も理解できるだろう。だからこそ、嘘をついて誤魔化すようなことはしたくなかった。

 現状と、取り得る選択を説明する。


「けど、もし来てくれるならできるかぎりのことはする。本だって、可能な限り読めるように上のヤツらを説得する。だから……一緒に来てくれないかな?」


 マンドラゴラの前にしゃがみ込んだまま、タケトは小さく微笑んだ。

 マンドラゴラはじっとタケトを見ていたが、ゆっくりとその両目が何かに驚いたかのように見開かれる。そして、上を向くと口を大きくあけた。


(え……)


 さっきマンドラゴラが『死の叫び声』をあげたときの動作がタケトの脳裏に浮かんで、青ざめる。あのときも、そうやって上を向いて叫んでいたことを思い出した。


「ひ、ひえっ……!」


 タケトは命の危険を感じて、大いに慌てた。あわあわと逃げだそうとするが腰が抜けたように尻餅をつき、そのままバタバタと後ずさるのが精一杯。


 この至近距離で『死の叫び声』を浴びれば、耐えられる自信はなかった。しかし、逃げようにも恐怖で上手く身体が動かない。そんなことしても無駄だと分かっていたけれど、両手を耳にあてて身体を縮めてぎゅっと目を閉じた。


 けれど、いくら待っても『死の叫び声』による苦痛が襲ってこない。


「あ、れ……?」


 目を開けてマンドラゴラを見ると、確かに口を開けて声を出してはいるようだった。しかし、タケトの耳には何も聞こえてこないし、身体にも不快感はない。


 マンドラゴラを見ると、上を向いたその双眸からハラハラと涙が流れ落ちていた。

 その口から漏れていたのは、『死の叫び声』ではなく、普通の嗚咽。

 ただ、泣いていた。


 不思議に思って、タケトはその場に座り直す。そこでふと、この屋敷に来る途中の馬車の上でカロンとブリジッタが喋っていた言葉が頭に浮かんだ。


 たしかマンドラゴラには未来予知の力があると言っていたっけ。何か未来に起こることを見たのだろうか。それはわからなかったが、とりあえず『死の叫び声』じゃなければ命の危険はない。


 タケトはもう一度マンドラゴラの前に四つん這いのまま近寄ると、そっと右手を差し出した。

 マンドラゴラは泣くのをやめて、きょとんとした瞳でタケトを見る。やがて、長い薄緑色の髪の間からシワシワした根っこのようなものがモゾモゾと出てきた。手だった。


 その手がタケトの右手に重なると、タケトはきゅっとそれを掴む。


「よしっ、決まりだな」


 笑顔でタケトはそう応えた。





 そして手を繋いだまま、壊れた本といまマンドラゴラが読んでいた本の二冊を小脇に抱えると扉に向かう。マンドラゴラは大人しく付いてくる。

 扉を開けると、廊下にカロンとブリジッタの姿があった。二人は、タケトがマンドラゴラと一緒に出て来たことに、酷く驚いた様子だった。


 タケトはポケットから取り出した黒鉛で、床に『落ち着いたみたいだから、ウルのところまで連れて行く』と書き付ける。ブリジッタは、ささっとカロンの後ろに隠れると、顔だけ出して小さく頷き、正面玄関の方を指さした。


 マンドラゴラの手をとって、そちらへ連れて歩く。マンドラゴラは体長が五十センチほどしかないため、見た目は老爺のようなのになんだか幼い子を連れて歩いているような妙な気分だった。





 屋敷の外に出ると、いつの間にか雨はやんで、灰色の雲間から陽の光が差し込んでいた。

 たたっとシャンテが駆け寄ってくるのが見える。その後ろでウルものっそりと大きな身体を起き上がらせると、口に石檻を咥えて彼女についてきた。


 彼女はタケトの前まで来ると、膝に手を突いて身を屈め、タケトが連れてきたその緑のもじゃもじゃしたモノを不思議そうに見つめた。


 当のマンドラゴラは、ウルが怖かったのかタケトの背中に隠れてぎゅっと服を掴んでくる。なんだか、すっかり懐かれてしまったっぽい。


『これ、マンドラゴラなんだ。いまは大人しくなってるから、石檻の扉開けてくれるかな』


 タケトが地面にそう書くと、シャンテはコクンと頷いて言われたとおりウルに石檻を降ろさせ、その扉をあけた。


「ちょっと狭いけど、移動する間だけだから。入っててもらってもいい?」


 タケトは背中にいるマンドラゴラにそう言うと、手に持っていた本を差し出す。


「ああ、でも。窓も何もないから、真っ暗で読めないか。どうしよう……。ランプとか入れたらさすがに窒息するだろうし……あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 とりあえず、マンドラゴラに石檻の中へと入って貰うとタケトは屋敷の中へと戻る。ちょうどこっちに歩いてきていたカロンたちと出会い、タケトはカロンにあるものを採ってきてくれと頼んだ。


 カロンは一瞬怪訝そうな顔をしていたが、石檻の中に本を抱えてペタンと座っているマンドラゴラを見て、タケトの意図を察してくれたようだ。彼は部屋の中を見回し、天井付近に設置されていたそれを見つけると床と壁を蹴って跳躍。あっという間にソレの近くまで近づき、小さな専用の台座に置かれたソレをとってくる。

 降りてきたカロンの手にあったのは、照明用に使われている光の精霊の入った魔石だった。


「さんきゅ」


 にこっと笑って光の魔石をカロンから受け取ると、タケトはそれをマンドラゴラのいる石檻の隅に置いた。パッと檻の中が光に満たされたが、すぐに光量を自動調整してほどよい明るさになる。本が読みやすくなって、マンドラゴラは嬉々として膝の上においた本を読み始めた。その姿を確認して、タケトはパタンと檻の扉を閉める。


 すぐにウルがその石檻の上部につけられた取っ手を咥えた。そしてウルの背に乗ったシャンテとともに、彼らは雨上がりの王都の道を駆けて街の外へと向かった。


 彼らは王宮の森深くにある、いまは使われていない建物にマンドラゴラを連れて行く手はずになっている。万が一、マンドラゴラが『死の叫び声』をあげても、近隣に影響のない場所。そこに隔離する予定だった。


「あ~、終わったー!!!」


 軽く伸びをすると、タケトは耳につめていた耳栓を外す。手に取った耳栓は、鼓膜を破った時の血を吸って赤く染まっていた。

 音のなかった世界に、急速に音が戻ってくる。といっても、鼓膜が破れているので聴力は普段の三分の一程度しかないが、それでも音が戻ってくるとなんだかとても安心できた。

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