第40話 恐怖のマンドラゴラ


 雨脚はどんどん強まっていた。

 この世界の人たちは貴族の奥様が日よけに日傘を差すことがある程度で、基本的に雨の日に傘を差すことはない。上流階級の人々が雨の日に出歩くことはまずないし、雨だろうと関係なく労働をしなければならない一般市民は、傘ではなく外套で雨をしのぐのが普通だった。


 というわけで、タケトたちも雨よけの外套を着て荷馬車に乗り、マンドラゴラの被害が出たという大商人の屋敷へと向かった。ウルも荷馬車の後ろを小走りでついてくる。


 普段はウルを王都の中心部へ入れることはないのだが、雨が強くて人通りがほとんどなかったことと、石檻を運んでもらう必要があったため今日は同伴してもらった。


 石檻は文字通り石でできた1㎥ほどの頑丈な檻で、扉も石でできているため中は完全に密閉された状態になる。その上部には持ち手がついていて、ウルはそこを咥えて運んでいた。


 これは危険な魔獣運搬用の檻なのだそうで、マンドラゴラをこの中に捕獲して、街から離れた場所へと運ぶ手はずだった。


 石檻くらいならこの荷馬車で運んでもよかったのだが、もし万が一、一刻も早く街から離さなければいけないという事態になったとき荷馬車では機動力に劣る。その点、ウルなら急げばほんの数秒で街の外に運び出すことができるだろう。そんなこともあってウルを連れてきたのだった。


 とはいえ、マンドラゴラの叫び声は人だけでなく魔獣や他の生物にも影響を及ぼすらしい。ウルは人間よりもはるかに聴力が高いため、耳にぎっしり綿をつめて、耳を倒して蓋をし、さらにその上から粘着性のある樹脂で固めてある念の入れようだった。それでも完全に音を遮断できているのか不安は残る。


 王都は中央広場を中心として放射状に伸びた通りを中心に家々が立ち並んでいる。そして、王宮に近い北側が上流階級や騎士、貴族などが多く住む一帯。それより南に下ると庶民が住む下町になる。


 くだんの大商人の屋敷は、下町の商人が多く住む一帯にあった。そのため、王都を貫く大通りを馬車で下っていく。


 中央広場にさしかかったとき、タケトは広場の一角に馬や人が集まっていることに気付いた。馬に乗った騎士やら、衛兵やら、単なる野次馬やら。その人だかりは、大きな石造りの建物の周辺にできていた。

 タケトが不思議そうに眺めていると、「ああ、あれは王立図書館よ」と隣に座るシャンテが教えてくれた。


「王立図書館って……賊が入ったって、衛兵たちが騒いでた。あそこ?」 


「うん。あの様子だと、まだ犯人は掴まっていないみたいだね」 


「ふぅん……」


 なんだか、事件って重なるもんなんだな。そんなことを思いながら、タケトたちはその横を通り過ぎてさらに通りを下る。


 雨はどんどん強くなっていた。そのため、大通りには他に歩く人の姿はほとんど見かけない。

 普段であれば沢山の人々で賑わう市場も、今日は一つの露天もたっておらず閑散としていた。その大通りから数本路地を抜けたところに、目的の屋敷はあった。周りの家と比べても遥かに大きな石造りの屋敷に、広い庭。


「うわぁ。金持ちそうな家……」


 外套のフードをあげて、タケトは感嘆の声を漏らす。


 屋敷の規模こそ都の北側にある貴族たちには負けるが、その高い鉄柵から見える庭の様子を眺めるだけでもあちこちに金がかけられているのがわかった。庭には噴水がつくられ、女神の大きな立像が掲げたツボのようなものから水が絶え間なく流れ落ちている。


 脇に立てられた東屋あずまやの屋根にはフレスコ画のような美しい絵が描かれ、柱にはびっしりと精巧な彫刻が施されていた。そんな東屋が一つだけでなく、庭のあちこちに建っている。


 とにかく、金持ちをアピールしたいTHE成金というニオイがプンプンする。

 なんでも、一代で財をなした大商人の自宅なんだそうだ。 


「この屋敷の主は、まるで予知能力でももっているかのように世の中の先を読み、的確に投資をすることで財を築いてきたと評判だったらしいのですが……」


 御者席で手綱を握るカロンが口を濁した。その隣にちょこんと座っているブリジッタは、ふふんと鼻で笑う。


「予知どころか。おそらく本人は何の才もない凡人じゃなくって? 先見の明があったなんて、嘘っぱちだったことがこれではっきりしましたわね。全部、マンドラゴラのおかげだったのでしょう?」


「なぁなぁ。マンドラゴラって、喋る根っこみたいなやつだろ? そんな、予知とかできたりすんの?」


 荷台に腰掛けていたタケトは御者席の二人の間へ顔を出して話に混ざる。


 マンドラゴラは、植物性の魔獣だということぐらいはタケトも知っている。地面に植わっているときは一見普通の植物と大差はないが、その根っこのような身体は人の体みたいに四肢がわかれていて、目鼻口もあるらしい。引っこ抜くと『死の叫び』と呼ばれる声で泣き、聞く者を狂わせ即死させるという。


「マンドラゴラは、とても価値の高い魔獣なんですのよ。その身を食べると不老不死になるなんて言われてるようだけれど、まぁ、実際のところは滋養強壮の薬ってとこかしらね。死にそうな病人でも持ち直して数年生きながらえるくらいの効果があるらしいですわ。でも、マンドラゴラが有名なのは媚薬効果の方ですかしらね。なんでも、どんな人間でも落とすことのできる媚薬になるらしいですわよ」


「……へ、へぇ」


 タケトが微妙な返事をしているところに、カロンが話を繋ぐ。


「それと、さっき言ったように未来予知の能力ですね。伝説にもありますよ。有名な古代の王が少数部族たちをまとめあげて大国を築いた裏には、実はマンドラゴラの予言の力があった、なんて伝わっていますから」


 そんなことを言いながら、カロンは馬に乗った衛兵とすれ違いざま、軽く会釈する。警備のために巡回しているのだろう。ほかにも、屋敷の周囲はあちらこちらに衛兵がたっていた。


「そりゃ……欲しがる人も多いだろうな」


 タケトの感想に、ブリジッタは頷く。


「そりゃそうですわよ。どれだけ大金を払ってでも手に入れたいと考える輩は多いんですの。だけど、ひとたび扱い方を間違えてマンドラゴラの機嫌を損ねてごらんなさい。辺りは死屍累々の大惨事よ。だから、王国でもマンドラゴラの所持は堅く禁止されてるんですわ」


 死屍累々……この一見とても華やかに見える屋敷の中で起こった惨事を考えて、タケトはゴクリと唾を飲み込んだ。


 第一発見者である屋敷の使用人の言によると、彼が主人に言付かった仕事を終えて屋敷に戻ってみると、いつもは沢山の人で賑わう屋敷の中がシンと静まりかえっていたそうだ。怪しく思って室内を探してみると、あちこちに人が倒れている。使用人、客人、主人やその家族と身分に関係なく、外傷もなく倒れ伏し事切れていた。そのとき、屋敷の中を髪の長い体長五十センチほどの魔獣が一匹でさまよい歩いているのを遠目に見たのだという。彼は命からがら逃げだして近くの衛兵の詰め所に駆け込んだことで事が発覚したというわけだった。


 状況と、目撃証言。それにその使用人の男が以前、主人がマンドラゴラのことを楽しそうに話していたということを覚えていて、それらを総合するに屋敷の中にいる魔獣はマンドラゴラで間違いないだろうと推測されたのだった。 


「おそらく。屋敷の主人は、どこからともなく手に入れたマンドラゴラを隠して飼っていたのでしょう。いままではうまく予知を聞き出して商売に生かしていたのでしょうが、何か間違いがあってマンドラゴラを叫ばせてしまった。それで屋敷は死の叫びが充ちる場になってしまったと。さて、つきましたよ」


 馬車は屋敷の正門へと到着する。その周りにも、沢山の衛兵の姿が見えた。外套から覗く彼らの顔は、一様に困り果てたような表情をしている。


 人里に入り込んだ魔獣の保護も、魔獣密猟取締官の仕事のひとつだ。

 でも、こんな人外魔境のようになった屋敷から、そんな物騒な魔獣を保護することなんてできるのか? タケトの胸中には、果てしない不安が渦巻いていた。

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