第5章 マンドラゴラ
第38話 古の研究者
なぜ。
なぜ、なんだ。
なぜ、私が……殺されなければならない。
私が、何をしたというのだ。
私には、まだやらなければならないことがあるんだ。
どうしても、やりたいことが。
「ほら。歩け!」
兵士に背中を蹴られ、男は地面に倒れこんだ。手で支えようにも、両手を後ろで縛られている。顔に泥がつき、口にも入り込んだ。
しかしぐずぐずしていると、また手ひどく殴られてしまうだろう。
男は折れそうなほどに痩せ細った両足へと最後の力を込め、立ちあがった。
そしてボロ布のようになった服をまとう枯れ木のような身体で、夢遊病者のようにフラフラと歩き出す。
その目の前にあるのは、絞首台。
男は一歩一歩、その階段を上った。
組まれた木枠から垂らされた縄が、目前に迫ってくる。
目の前に、死が現実として突きつけられ、男は目を剥いた。
「うわああああああああ」
恐怖で叫び、固まった。
座り込んで動けなくなったところを、怒った兵士によって無理矢理立たされ、引きずられる。そして、台の上へと引きあげられると、縄の下まで連れてこられた。
縄の先端は輪になっていて、それに首を入れろと兵士にせっつかれる。
腰が抜けたように動けなくなった男は、しこたま兵士に蹴られた。背骨が折れるかと思うほどだった。
「なぜ……なぜなんだ! なぜ、私がこんな目に……。私が、何をしたというんだ!!!」
男は落ちくぼんだ目を見開き血を吐きながら、兵士に訴えた。
絞首台の回りでは、人々が今か今かと期待に満ちた目で待ち構えている。狂喜に満ちた目で、早くやれと迫ってくる。
兵士は男の胸ぐらを掴むと、顔に唾を吐きかけて下衆な笑みを浮かべた。
「まだわかんねぇのかよ。『知ること』こそが、罪なんだ。お前は禁じられていることを調べようとした。その罪は死に値する。違うか?」
禁じられていることは、当然知っていた。だから、研究していた内容は誰にも知られないようにしていた。それでも、嗅ぎつかれた。裏切られた。騙された。
「さあ。わかっただろ。ほら、立て!」
男は縄の下に立った。その首に縄がかけられる。ぞっとするほどの、冷たさだった。
観衆の視線を一身に浴びる中、兵士が男の罪状とこれから死罪に処すことを高らかと宣言する。
次の瞬間、背中を大きく押された。
「あっ……」
前のめりになり、足が台から離れた。
空に放たれた足。首に、男の全体重がかかる。
目に涙が浮かんだが、もう言葉を出すことも叶わなかった。
(私は、ただ……知りたかった……。知りたかっただけなんだ!!!)
食い込む縄が苦しくて爪でしきりに掻いてもがくが、皮膚が削られるだけで縄は一層強く食い込んでくる。
笑い声が聞こえた。民衆の歓喜の声の中、男は虚空を睨む。
それが、最後に見た景色だった。
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