第37話 その銃、凶暴につき


「ほら。ウルにもごちそう、くれるって」


 宴会の合間、屋敷の中に入れないので裏庭にいたウルの元にも、家畜を丸ごと潰したであろう肉や骨が振る舞われた。ウルは、久しぶりの肉に嬉しそうにむしゃぶりつく。

 この豪快な食べっぷりにもだいぶ慣れたけれど、いつ見ても迫力あるよな、なんて酒で火照った身体を冷ますために庭石に座って眺めていたタケトは思う。


 宴会ではカップの中の酒が少しでも減るとすぐに色んなヒトが酒を勧めてきて飲んでくれというので、言われるままに飲んでいたらすっかり酔いが回ってしまった。


 カロンとブリジッタはタケトの倍以上のペースで飲んでいたが、未だに涼しい顔でケロッとしている。あの二人は酒に関してはザルというか、化け物だと思う。

 シャンテは疲れていたのもあったのだろう。眠くなったと言うので、奥の部屋を貸してもらって休んでいる。


「あー、気持ちいいな、ここ」


 砂漠の強い日差しも、池の周りに生えた椰子のような植物の葉に遮られてここまでは届かない。オアシスの池を渡ってくる風がひんやりとして心地良かった。


 ここで昼寝しちゃだめかな、なんて考えていたら、屋敷の方からザッザッと砂を踏む音が聞こえてくる。

 見ると、族長のシルがこちらにやってくるところだった。お付きの人たちの姿は、今は見えない。


「ちょっと、いいかしら」


「あ……はい。どうぞ!」


 タケトが石のはじっこに避けると、シルはよっこらしょと隣に腰を下ろした。

 何を話していいのかもよくわからず、食事が終わって毛繕いをしているウルをしばらく黙って眺めていたら、シルの方から話しだした。


「今回は、本当にありがとうございました。……私たちも、正直なところ、とても驚いています。私たち砂漠の民がこの砂漠に住み着いて、数百年。その歴史の中で、砂クジラは風景のようでもあり、畏怖を覚える神のようでもある。そんな存在でした」


 彼女の目元が遠くを見るようにすっと細まる。古からの言い伝えに思いを馳せているのだろう。


「砂クジラが風雨を操ることがあるという話は伝承として伝わっています。しかし、あそこまで荒々しく暴れ出したという話は、いままで一度も聞いたことがありません」


「そうなんですね……」


 砂クジラというのはたまにのっそりと移動するくらいで、ただそれだけの風景としてこの砂漠で長い間存在してきたものなのだという。


 砂クジラが暴れるまでの経緯は、タケトの知っている限りのことを宴が始まる前に既に彼女へ話してある。推測に過ぎないが、例の装置を取り付けられた途端に砂クジラが天候を操りだし、そしてやがて暴走したこと。それに、あの装置をタケトが壊したことで暴走が止まったこともすべて話してあった。


「その腰のものが、砂クジラを止めた武器なのですね」


 シルに言われて、タケトは腰に下げたホルスターから精霊銃を抜いて見せた。


「はい。ようやく、扱いにも慣れてきました」


「……その銃は、どこで手に入れなさったの?」


 シルのどこか言い淀むような口調を怪訝に感じながらも、手に入れたときのことを思い出しながら答える。


「王宮の蔵の中です。なんか、長い間使われてなかったみたいで、随分埃被ってたんですけど。こないだ暇なときに磨いてみたら、結構ピカピカになって」


「そう……王宮で」


 シルはタケトの持つ精霊銃に手を伸ばすと、すっと指で撫でた。そして、まるで熱いものを触ったときのように、その指をパッと離す。


「……?」


 シルの様子をタケトは不思議に思っていると、彼女は小さく笑った。


「砂漠の民の族長は、代々精霊を視る力の強い者から選ばれるんですよ。砂漠を生きていくのに、精霊の動きを視ることはとても大切なことだから。私も、その力を見込まれて族長に選ばれました。だから、わかるの。……その銃には、なにかとてつもなく大きな力が封じ込まれているように感じるわ」


「へ? 大きな力??? ……これ、王宮の蔵に無造作に置いてあって。持ち出しても、誰にも何も言われなかったんですけど」


 思ってもみなかった言葉に驚くタケトへ、シルは静かに頷く。


「ええ。大きく……凶暴な力。いまはもう誰もその経緯も伝承も覚えていないほど、遠い過去に何かを封じたんじゃないかしら」


「そ、そうかなぁ……」


 シルの言葉が信じられなくて、タケトは精霊銃を眺めてみるが、特段変わったところなど見受けられない。前にシーラ霊峰で手に入れたバズーカ砲タイプの精霊銃と比べても、たしかにこちらの方が銃身やグリップに繊細な装飾はほどこされてはいるものの、それ以外に特に違いも思い当たらなかった。


「大きな力は、味方になればこれ以上に心強いものはないけれど、敵に回すとこれほど怖い物もない。ただ……」


「あ、タケト。こんなところにいたんだ」


 聞き慣れた声がした。そちらに目を向けると、シャンテだった。今起きたところなのだろう。目をこすりながら、こちらにパタパタとやってきた。


「シャンテ。もういいの? あれ? その服」


 シャンテは、いつものワンピースではなく、鮮やかなオレンジ色のサリーを纏っていた。砂漠の民の民族衣装だ。彼女は嬉しそうに、くるっとその場で回って見せてくれた。エキゾチックな姿の彼女は、いつもより少し大人びて見える。


「うん。服、貸してくれたんだ。似合うかな」


 どこか恥ずかしそうにモジモジとする彼女に、タケトは笑いかける。


「すっごくよく似合うよ」

「ほんと!? 良かった」


 彼女の顔にパッと笑顔が広がった。


「さあ。お二人とも、広間へ戻りなさいな。いい香りが漂ってくる。これは、コリオが焼き上がった匂いだね。砂漠の民の子たちは、みんな大好きなお菓子なんですよ。是非、あなたたちにも食べてもらわなくちゃ」


「でも……」


 まだ、シルの話す封印された何かのことが気になっていたタケトだったが、シルはにっこりとタケトに笑みを向けると、トンとその背を押した。


「あなたなら、その中にいる何かとも、上手くやっていけるんじゃないかしら。私はそんな気がするのよ」


 シルにそこまで言われると、自分でもそう信じてみるしかなかった。この銃の中にいるものが何なのかはタケトにもさっぱりわからなかったが、自分がいま使える武器はこれしかないのだから。


 三人で広間に戻ると、ちょうど良い香りのする焼き菓子が大皿に山盛りになって運ばれてきたところだった。

 それは、ナツメヤシでできた餡を米粉とココナッツでまぶして焼いたもののようで、とっても甘くて少し懐かしい味がした。


【第一部 完】

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