第35話 最後のチャンス
タケトを乗せた
彼らの前に無数のカゲロウが立ち塞がった。それらは形を変化させて細く鋭い水流となると、次々にバイロンとタケトに襲いかかってくる。
しかしバイロンは力強く跳躍し、軽々とカゲロウを飛び越えた。そして、さらに走り続ける。
あの装置の周りにはカゲロウが多く密集し、ゆらゆらと不気味に揺らめいていた。
あらかじめ二人で決めていたとおり、バイロンはカゲロウたちを遠巻きにするように砂クジラの背中の脇を進む。装置とバイロンの身体が一直線上にあっては、バイロンの頭が邪魔になってタケトが照準を狙えないからだ。
少し角度がズレるだけで、ぐっと狙いやすくなる。タケトはバイロンに跨がる足に力を込めて、下半身だけで態勢を維持した。そして、バイロンの首にしがみついていた手を離し、両手で精霊銃のグリップを握ると、撃鉄を起こして目の高さに掲げる。
装置を守るように湧いている無数のカゲロウが細い水流に形をかえると、大きく伸び上がってこちらにその鎌首をもたげてきた。
バイロンが身体の周りに纏わせていた水球を飛ばす。水球は飛ぶうちに鎌のような薄く長い三日月型へと変わり、カゲロウたちを刈り取るように切り倒していく。
これで、視界の先に邪魔者はいなくなった。
タケトは精霊銃の銃身の先端についた
照準があったと同時に引き金を引いた。バシュッという音とともに放たれた一発目の炎の筋は、真っ直ぐに装置へと向かって飛ぶ。しかし、僅かにマトを逸れてしまった。
「くそっ」
動きながらの射撃は、やっぱり難しい。でもやるしかない。
すかさずもう一度撃鉄を起こして銃を構えると、すぐに二発目を撃つ。今度は装置に当たったものの、命中率を重視しすぎて射程の幅を広く取り過ぎた。炎は装置に覆い被さるように命中したが、威力が足りず装置の表面で弾けて霧散した。
あと一発しかない。タケトは小さく息を吐くと、意識を集中する。
(どうか……どうか、あたってくれ!)
タケトはそう願いながら銃を構える。スナイパーライフルを脳内でイメージした。
(……細く。鋭く。すべての威力を、ただ一点に込めて……!)
装置の横を通り過ぎる瞬間。
タケトには、過集中しているせいなのか、装置との距離が実際よりもぐっと近くにあるように感じられた。
(ここだ……!)
装置の位置を明確に捕らえて、引き金を引く。
「行けぇぇぇぇ!!」
精霊銃の銃口から発された火の精霊は、細く鋭く、一直線に装置に迫った。
そして勢いを殺すことなく、赤くテラテラと光る球体のど真ん中に達する。それを起点に水の波紋のようなものが空間に浮かんだように見えた。そして、次の瞬間、装置は砕け散った。
中の赤い液体は、水風船が割れるようにパシャッと弾けて四散する。
「あ、当たった! やった!」
と歓喜の声をあげるタケト。
しかし、その声に不吉な声がかぶさる。
ギギギッギギギッギギギャャアャャャアアアア
砂クジラが一際大きく鳴いた。そして、まるで大地がうねるように、ぐらりと砂クジラの背が揺れる。
それまで荒々しく砂漠の上を暴走していた砂クジラの身体が、大きく横向きに傾きだした。身体をもだえさせた砂クジラが、その巨体を横転させはじめたのだ。
銃を両手で握るために足だけで態勢を支えていたタケトは、すぐにバイロンの首にしがみつこうとする。しかし、バイロン自身も大きく傾く砂クジラの上では態勢を保つことはできず身体を大きく傾がせた。タケトはその背に乗っていることができなくなって落馬する。
タケトの身体は砂クジラの表面をバウンドするように落下し、さらに横転しつつあるその巨体に巻き込まれて砂クジラのつるつるした表面を滑り落ちた。上方からバイロンが走って追いかけてくるのが見えたが間に合わない。
咄嗟に、バイロンに向けて手を伸ばすが届かず、そのまま端まで滑り落ちてタケトの身体は虚空に投げだされた。
『タケト……!』
バイロンの悲鳴のような声が聞こえた。
ぐんぐん地面が迫ってくる。
何が起こったのか訳が分からないまま、タケトは反射的に身体を硬くして目を閉じた。
しかし、想像したような衝撃はこなかった。かわりに、ボスッと何か柔らかいモノにぶつかる。そのあと、今度は空中に跳ね上げられた浮遊感のあと、パクッと大きな口のようなものに咥えられた。
「……は、はえ?」
立て続けに自分の身に色んなことが起こって、思考がついていかない。
バシャンという水音と上下に揺れる振動で、自分を咥えた何かが地面に着地したことはわかった。そのままじっとしていると、口から出されてどこかに置かれる。
唾液まみれになりながらまだ呆然としているタケトの目の前に、目を潤ませたシャンテの姿があった。
「シャンテ……? ってことは……ここは」
ウルの背中の上だった。どうやら、砂クジラから落下した自分をウルがその身体で一回バウンドさせたあと、咥えて着地してくれたようだ。
「タケト……怪我してない? どこも痛いとこない?」
その整った双眸がいまは心配そうに濡れている。タケトは一応、自分の身体をざっと眺めてみてから、「ああ、どこもない」と笑って見せた。
心配させないように元気に言ったつもりだったのに、タケトの様子を見たシャンテの目にはみるみる涙が浮かんで顔をくしゃっと歪めると、タケトにぎゅっと抱きついてきた。
いつもなら、恥ずかしくてドギマギしてしまうだろうけれど、今はただもうシャンテとまた会えた事が嬉しくて、タケトは彼女の濡れた銀髪を優しく抱きしめ返す。
「ありがとう」
心配してくれて。信じてくれて。助けてくれて。
ありがとう。
「なんとか、ここに戻ってこれた」
もう一度彼女の顔を覗き込んで微笑みかけてから、タケトはハッと思い出す。
「そうだ。砂クジラは!?」
辺りに視線を巡らせると、少し距離を置いた向こう側に砂クジラの山のような身体が見えた。しかし、先ほどまでの暴走が嘘のように、今は静かに横たわっている。
暴走は、止まったらしい。そのことに何より安堵したが、しかしまったく微動だにしない砂クジラを見ていると、もしかしたら死んでしまったのかもという不安も湧いてくる。
そこに、かつかつかつと
「バイロン! 無事だったんだな」
『我はあれごとき、なんということはない。人間は脆いというが、お前は存外、人間の中では頑強にできているようだな』
と、褒められてるのかディスられているのかよくわからないことを言われる。そして、一言とってつけたように、でも、おそらく本当に言いたかったことはこっちなのだろう。そっけない呟きが聞こえた。
『……落としてすまなかった』
「いや。あそこに連れてってくれって頼んだの、俺なんだしさ」
あんな山が横転するような予想外の状況下では、何が起こっても仕方ない。ウルの助けもあって結局無傷だったのだから、それで十分だった。
「それより、砂クジラはどうなったんだろう」
本当に山になってしまったんじゃないかと思うほど身動きひとつしなくなっていた砂クジラだったが、やがてのっそりと動き出した。暴走したときのような荒々しさは消え失せ、ゆっくりと砂の上を滑るように進んでいく。
ウォォォォォォンンンンンンンン
砂クジラの鳴き声が空気を震撼させた。その声にもう、悲壮な響きは微塵もなかった。
『もう悲鳴は聞こえない。喜んでいるようだな』
「え? 本当に? 良かった……。そういえばお前、砂クジラの言葉わかんの?」
タケトの問いにバイロンはその長い首を傾げさせた。
『いや。あれだけ巨大で長命な魔獣では、流石に思考の速度が違いすぎて詳細まではわからぬ。快不快が辛うじて見える程度だ。あれはお前たち人間が文明を築く以前から生きているものだからな』
この世界の有史以前がどのくらい前なのかタケトは知らないが、少なくとも数千年は生きていそうだ。
砂クジラはしばらく進んだ後、頭から砂の中にもぐりこみはじめた。そしてずぶずぶとその山のような巨体を完全に砂の中にもぐりこませたあと、少し離れた場所にあの巨体が再び姿を現し、飛び上がった。
それはまるで、海に住むクジラがするブリーチングと呼ばれる身体全体を使った大きなジャンプのようだった。
太陽の光が砂クジラの銅色の皮膚に照らされて、きらきらと拡散する。ジャンプするときに巻き上げた水が沢山の飛沫となって虹を作った。そして、砂クジラの着地とともに大地が揺れる。
「すげぇ……本当に
カロンとブリジッタの乗るラクダもこちらに近づいてくるのが見えた。彼らとしばらく、その壮大な砂クジラの姿を眺める。
砂クジラは何度かその動作を繰り返しながら、陽炎に揺れる砂漠の向こうへと去って行った
それを見送りながら、タケトは思う。
今回の砂クジラの件はなんとかなったけれど。
一体あの白フードたちは何者だったのだろう。何の目的であの装置を砂クジラに取り付けたのか。そもそもあの装置は何だったのか。
それに、あれを見た時のシャンテの様子も気になる。
(なんか……不穏な気配を感じる……)
これは、なにかの大きな問題の始まりなのかもしれない。そんな気がタケトにはしていた。
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