第30話 不穏な人員募集


官長からの命を受け、早速、タケトたちはゴラ砂漠へと向かった。今回はシャンテとタケトがウルに乗り、カロンは馬だ。そのカロンの前にはブリジッタが乗っている。


 そして、ゴラ砂漠近くの町に着くと、カロンは馬を預けてラクダを借りることになった。ラクダといっても、タケトがよく知っているものと比べて、背中のコブがやや小さい。この辺りの一般的な移動手段なのだそうだ。


 カロンはバザールの貸しラクダ屋で、どれを借りようかと真剣な表情で選ぶ。その横で、ラクダたちを興味津々に眺めながら、タケトが尋ねた。


「……もうこの先、馬じゃ厳しいんだ?」


「そうですね。ゴラ砂漠の周辺部はまだ砂もかたいですが、中心部に近づくほど砂が細かくなっていくので、馬では砂に足を取られてしまって満足に歩けません」


「ウルは大丈夫なの?」


「ウルは、日中の焼けた砂でなければ、砂地を走るのも問題ないようですよ。私たちも日の高い間は砂漠を移動するつもりはありませんしね。それは、密猟者たちも同じでしょう」


 日中は気温が高すぎて行動するのは危険なので、夕方から朝方にかけて移動するのがゴラ砂漠での常識的な行動パターンらしい。


「そんな暑い場所に、一体どんな魔獣がいるんだろうな」


 タケトの言葉に、カロンは少し考えを巡らせたあと。


「ゴラ砂漠といえば、……考えられるのは砂クジラですかね」


「砂クジラ……? ちょ、ちょっと待って……」


 カロンの口から飛び出た聞き慣れない単語に、タケトは肩掛け鞄から魔獣事典を取り出して索引をめくる。しかし砂クジラという単語はみつからなかった。


「あれ? 載ってない」


「ああ……砂クジラの名称では載ってないでしょうね。ちょっと貸してください」


 タケトの手からカロンが事典を引き継ぐと、ペラペラと捲った。そして、とあるページを開けると、タケトの手に戻す。


「ユルルングルと言われている魔獣です。虹蛇とも言われます」


「……蛇なの? クジラって名がつくのに?」


 魔獣事典のイラストは、蛇のような竜のようなよくわわからないツチノコみたいな、ツルッとした生き物が描かれていた。


「魔獣は、一般の生物分類に当てはまらない場合も多いので、一概には。このユルルングルと言われる魔獣は本来海の底に住んでいる魔獣ですが、一部に砂漠で生息するものがいます。砂漠に住むユルルングルはその巨大でずんぐりむっくりした形から、現地の人たちに『砂クジラ』と呼ばれたものが定着したようですよ」


「あ、ほんとだ……事典にもちょこっとそのことが書いてある」


 ユルルングル。

 本来は海底にすむ魔獣。銅色の表皮をもつ原始的な魔獣の一種。天候を操る力があると言われ、特に雨を操る能力に長けているという。

 その中でも、砂漠に住む一部のものを砂クジラと呼ぶ。まるで海を泳ぐように砂漠の中を泳ぐ魔獣で、小さなものでも十数メートル。大きなものになると体長が数百メートルになるものもいるといわれている、ドラゴン種を除いた中では世界最大級の魔獣。


「へぇ……でかいのか。どんな魔獣なんだろう……」

 好奇心が湧いてきた。


 ゴラ砂漠の周りにあるオアシスの村で情報収集をすると、密猟者とおぼしき集団の情報はすぐに集まった。


 なんでも、白い砂防用フードを被った数人の男たちが派手に人員を募っていたのだという。

 しかし、数日前に彼らは村を発ち、雇った奴らを連れてどこかへ向かったと村人は教えてくれた。


「一歩遅かったかもしれません。急ぎましょう」


 砂クジラは日中は砂の下に潜っていて、夕方から明け方にかけて砂の上に出てくる習性があるのだそうだ。

 村人たちによく砂クジラを見かけるというスポットをいくつか教えてもらい、近い場所から一つ一つ確かめていくことにした。





 

 砂漠を夜通し歩いて探したが、これといって異変は見受けられず、東の空に太陽が顔を出しはじめたころ。ちょうど五つ目のスポットに向かっているときのことだった。


 それはまるで眼前に広がる低めの山や丘のように見えた。しかし丘と違う点は、遠目に見ると確かにクジラのような形をしていることと、少し近づいて分かったが全体につるっとした銅色をしていることだ。朝日がその銅の塊のような表皮に映えて、エアーズロックのような巨大な岩山のようにも見えた。ざっくり見積もっても全長三百メートルはありそうだ。


「うわー、でけぇ。あれ、本当に生きてんの? あんなでかいのに?」


「ええ、そのはずです。こんなに大きなものは私も初めて見ました。でも、おかしいですね。このあたりは砂クジラが生息するには砂が粗すぎます。砂クジラはもっとさらさらした砂地のところを好むはず。このかたい地面では砂の中へもぐることができない」


 ウルと馬でその砂クジラに近づくにつれ、次第に状況が見えてきた。


 砂クジラは砂が粗く岩場のようになったこの場所に、まるで座礁するように乗り上げていた。その周りには数十人のラクダに乗った男たちが取り巻いているのが見える。男達は茶色い砂防用フードを身につけていた。とはいえ、砂クジラのスケールからすると、男たちはまるで砂粒のようだ。


「何やってんだ、あいつら」


 望遠鏡で砂クジラの周りの密猟者たちを観察しているカロンに、ウルで並走しながらタケトは尋ねる。


「おそらく。砂クジラをわざとあの岩場に追い込んで、潜って逃げることができないようにしているのでしょう。そうやって、アレを捕まえようとしているんじゃないでしょうか」


「あんなデカいモノを!?」


「生きて捕まえるのが前提じゃなければ、可能なんじゃないでしょうかね。たとえ

ば、その場で欲しい部位だけ解体するとか」


 話している間に、段々目視もできる距離まで近づいてきた。茶色いフードを被った密猟者たちは、長い縄などを砂クジラの胸びれに渡して、地面に杭で縄を打ち込んで固定しようとしている。もうかなりの本数のロープが、胸びれと足ヒレに回されていた。


 そのとき、砂クジラが突然、背中前方にある鼻孔から潮を噴き上げた。身体の規模が大きいだけあって、まるで温泉地にある間欠泉かんけつせんのような潮だ。

 潮は高く吹き上がり、砂クジラの身体全体に降り注いだ。その雨が砂クジラの銅色の皮膚をテカテカと濡らす。


「砂クジラはああやって、地表に出ているときの乾燥から皮膚を守っているんですよ。それでは、そろそろ別れましょう。タケトはこちらからみて左側を」


「了解」


 タケトたちの乗るウルと、カロンが乗るラクダは二手に分かれる。ウルの方が足が早いため大きく周りこんで、砂クジラの左側から接近した。


「シャンテ」


「わかってる」


 シャンテの使う魔法の射程は大体五十メートル。そのギリギリまで近づいたところで、シャンテは腰を浮かせて両手をあげた。それを後ろからタケトが手で支えてやる。


 警告はしない。

 魔獣を身動きできない場所に追い込んで拘束すること自体、魔獣に対する明らかな暴力行為。王法違反だ。よって、その場で捕縛が可能。


 密猟者たちも、さすがにこの距離で巨大なフェンリルが走り寄ってくればこちらに気づく。手に持った弓など射かけてくるが、それよりも早くシャンテが彼らの上に雷を落とした。



 バリバリバリバリ………バ――――――ン!!!!!



 という空気を切り裂く乾燥した音が響く。彼らの頭上で稲妻が光ったかと思うと、次の瞬間には密猟者たちの上に小さな雷が落ち、彼らの大半が動きを止めた。


 ブリジッタは砂クジラの右側にカロンとともに行っているため、彼女の助けは期待できない。そのためか、殺すほどではないにしろ、いつもより強めの威力で密猟者たちはこんがり焼かれたようだ。


 シャンテが撃ちもらしたものを、すぐさまタケトが腰の精霊銃を抜いて狙撃する。照準は広くとってざっくり当てる感じ。散弾銃のイメージで撃つ。向こうからは弓が飛んできたが、それごとたたき落とすようにタケトは引き金を引いた。


 入っている魔石は風の精霊。パシュッという軽い音とともに空気の弾丸が放たれ、ラクダに乗る密猟者を風で殴りつけて地面に叩き落とした。ついで、剣を抜いてこちらに向かってきた二人にも、同じように次々と風の精霊弾を叩き込んで吹き飛ばす。


(うん。これくらい照準を広くとれば、なんとか当たる)


 手応えを感じて、嬉しくなる。シャンテの第二打も飛び、この頃には砂クジラのこちら側にいる密猟者は全員が行動不能になっていた。


 しかし、こちら側に回ってみて気づいたことがある。


 密猟者は砂クジラの右側と左側に二手に分かれているものだと思っていたが、実際には違った。砂クジラの身体に取り付いてその背中に登ろうとしていた第三派がいたのだ。


 彼らは白いフードを被った十名くらいで、砂クジラの上に直径一メートルほどの物体を抱えて運ぼうとしているようだった。


(なんだ……あれ……)


 彼らが抱えているもの。それは直径一メートルくらいのガラスの玉に、脚がいくつかついたような形をしていた。ガラス玉の中は赤い。


 もっとよく見ようと目をこらしたタケトだったが、前にいるシャンテが酷く震えていることに気づいて視線を彼女に戻す。


「どうした?」


 彼女の後ろに乗っているため表情は見えないが、シャンテは身体を自分の腕でかき抱くようにして、酷く震えていた。


「わからない……わからないけど……アレを見たら。なんだか、すごく怖くて……悲しくて……」


 タケトの手に何か冷たいものが触れた。それが落ちてきたシャンテの涙だということに気づいて、タケトは慌てる。


「え……大丈夫か?」


 どうしよう。一旦、シャンテは離れた場所で待機していてもらおうか、そんなことを考えたが、すぐにそんな余裕なんてないことを思い知る。


 砂クジラにあと少しのところまで近づいたタケトらの頭上から、突如、大きな刃状の塊がいくつも降ってきて地面に突き刺さった。


 飛んできた方向は、砂クジラの上部。白フードの一人が手に長い杖を持ってこちらに向けていた。白フードが杖を振ると、その杖の軌道から小さな白い粒が生まれ、それが高速でこちらに向かいながらグングン大きくなって、大型剣の刃のようになり再びウルを襲う。


「あれも精霊の力か」


 おそらくあの杖には氷の精霊が封じこまれているのだろう。杖の軌跡にあわせて生み出された氷の刃が次々とウルに迫るものの、ウルはその巨体からは信じられないほどの機敏な動きでそれを避ける。

 たったいままでウルがいた場所に、次の瞬間には氷の大きな刃が数本突き刺さっていた。


 少し距離を取るとウルは避けることをやめて、頭を下げ、グルルルルルルルと喉を鳴らして唸った。そして、背中に乗っているタケトにも肩の動きでわかるほどウルが大きく息を吸い込む。それからほんの半瞬、息を止めると口を大きく開いた。その口の中いっぱいに灼熱の炎が生まれたかと思うと、それは砂クジラの上にいる白ローブ立ちに向かい放たれる。


 太く濃い炎の筋は真っ直ぐに杖を持つ白フードに迫った。ウルの炎は白フードが放った氷の刃を溶かし打ち破ったが、彼らの元には距離が離れすぎていて届かない。

 すぐさま次の攻撃がこちらに向けられ、ウルは口を閉じると砂クジラから一旦距離を取った。


 ウルが白フードと対している間に、他の白フードの者達はあの奇妙な装置を砂クジラの背中へと運びあげ、クジラの潮吹きのための穴のすぐ後ろあたりに置いた。いや、置いたと言うよりも、その装置の細い脚で刺したと言った方が良さそうだった。


(何してんだ……? あいつら)


 嫌な予感がした。なんだろう。シャンテはアレを見てから酷く怯えているようだった。タケト自身も、よくはわからないがあの妙な装置みたいなものには得も言われぬ禍々しさを感じる。


 その装置の中の赤が、鮮烈さを増した様な気がした次の瞬間。

 砂クジラが口を開けた。



 ウォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンン



 地の底を揺るがすような声と振動が辺りに響き渡る。砂クジラが鳴いた。

 それは、胸が潰されそうになるほど悲痛な声のようにタケトには聞こえた。

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