第28話 そんなつもりなかったんだ


 フィリシアの街から戻った翌日。

 王宮を擁する広大な森の、そのずっと北に行ったところにある山間にタケトはいた。このあたりから地形は山がちになっており、山頂にはまだ雪が残っているのがふもとからもうかがえる。


 その麓のゴツゴツした岩場で、タケトは一人で精霊銃の練習をしていた。

 これだけ街から離れていれば流れ弾も音も気にする必要はない。もちろん一人でこんな遠くまで来ることはできないので、シャンテにウルで連れてきてもらったのだ。

 

 タケトは切り立った岩の崖に描いた印に向けて、銃を両手で構える。

 照準を合わせること自体は、元々刑事として射撃の訓練もたびたび受けていたので問題は無い。射撃は得意な方だった。


 問題なのは、まだ精霊銃をとおして魔石弾の中にいる精霊に的確に指示を伝えることができず、思いのままに弾道の幅や効果を制御するのが難しいことだった。


 弾道の幅を広くすれば、威力は落ちるがショットガン散弾銃のような使い方が出来る。逆に弾道を細く細く狭めれば、当たる部分は当然少なくなるが一点に集中した威力は跳ね上がるし、どうやら散弾銃的に使ったときより射程も随分伸びるようだ。なんてことが色々試してわかってきた。


 もっと精度を高めればスナイパーライフル狙撃銃のように一キロくらい先まで狙えるかもしれない。もっともスコープがないとそこまで視力がもたないけれど。


 撃鉄をあげて、引き金を引く。バンッという衝撃とともに銃口から一直線に真っ赤な帯が伸び、マトを描いてあった岩壁をマトごと抉った。まだ銃痕の幅はソフトボールほどある。


 射撃のときのリコイル反動も普通の銃とは少し違う。普通の銃は上に跳ね上がるのが普通だが、これは発射の瞬間全体が震える感じだ。それも、まだ少し慣れない。かなり癖の強い銃だが、これも慣れるしかないのだろう。


「とりあえず。普通の拳銃として使えるように、射程と幅と威力くらいは制御できるようになりたいよな。今のままじゃ、まだ火炎放射器だ」


 精霊銃への命令の付与の仕方は、とにかく頭の中でイメージするしかないらしい。でも、頭の中で考えるだけなんて、それで本当に指示がちゃんと伝わっているのか心許ない。


 タケトは、近くに起こしてあった焚き火の傍にかがむと、棒きれで中をまさぐった。そして、精霊を充填されて真っ赤になった魔石弾を焚き火の外へ避ける。まだ熱いので、ちょっと外気にさらして冷ましておく。


 それから、精霊銃の回転式弾倉から使い終わった魔石弾を手のひらの上に取り出した。どれも使用後は真っ黒な色に変わっている。今度はそれを焚き火の中に放り込んだ。


 火の精霊の場合、精霊の勢いが強いためほんの十分ほどで精霊が溜まる。マリーさんに作ってもらった予備の弾丸のおかげもあって、練習するのに便利だ。

 逆に、水や風、大地の魔石弾は精霊が溜まるのに数時間から数日かかったりするので、あまり練習はすることはできなかった。


 ガサガサと木々を掻き分ける音とタッタッタという軽快な足音が聞こえて、タケトは焚き火から顔をあげた。

 森を抜けて迎えに来た、ウルの上のシャンテがこちらを見下ろしていた。


「タケト。そろそろ戻らないと日も暮れちゃうよ」


「うん。わかってる。ありがとう、迎えに来てくれて。ウルの散歩、もう終わったの?」


「うん、いっぱい走ってきたよ。あと、これ」


 シャンテはウルから降りてくると、どこかモジモジっとしながら、後ろ手に持っていたバスケットをタケトに渡した。


「ん?」


 バスケットを受け取って中を見ると、中には可愛らしい布に包まれたクッキーが入っていた。ただし、形はかなりいびつだ。何やら、つぶれたブタっぽい形のやら、丸とも楕円ともいえない形のものがある。


「今日、マリーさんちにお邪魔してたの。それ、マリーさんに教えてもらって私が作ったんだよ。あ、それね。ウルの顔の形につくってみたんだ。可愛いでしょ」


 なんていって、シャンテは楽しそうに微笑む。

 危ない。これ、ウルだったんだ。潰れたブタみたい、とか言わなくて良かったと心の中で安堵して、タケトはそのクッキーを一枚手に取ると口に運んだ。

 さくっとしていて、甘い。

 味は、さすがマリーさんに手伝ってもらっただけあって、美味しかった。


「美味しい。ありがとう」


 シャンテも食べないの? とバスケットを返そうとすると、ううん、私、マリーさんちで午後のお茶と一緒にいっぱいいただいちゃったから、と断られた。


「マリーさんち、さすが騎士団長様のお宅だけあって、すごいお屋敷だったよ。いつも不思議なんだけど、なんでそんなお宅の奥様が、うちみたいな小っちゃい部署にちょくちょく来てるんだろうね。よく掃除とかもしてってくれるし」


「さあ。お菓子作るのは、単に趣味って感じみたいだったけど。砂糖とか精白した小麦って、たしか相当高価らしいよな……そういうのふんだんに使えるのは、さすが貴族階級って思わなくもない。でも、マリーさんが作ってくれた魔石弾のおかげで練習がはかどって助かるよ。あ、あとさ……」


 タケトが言いよどんだ雰囲気を感じて、シャンテが「なあに?」とこちらに視線を向けた。


「うんと……こないだの、指輪。ごめんな? カロンから聞いて、その、指輪を女の子にあげる意味とか知った……。あの……あのさ。そんなつもり全然なくて……」


 言いにくそうに言うタケトだったが、シャンテからはクスクスという笑い声が返ってくる。


「そんなの、わかってるよ。タケトは、異世界から来た人だもん。普通に言葉が通じるから時々忘れそうになるけど。こっちの習慣とかまだ知らないのは当たり前だもの」


 そうシャンテは、風に煽られてなびく長く美しい銀髪を耳に掛けた。少しの間があったあと、ぽつりとシャンテが呟く声がタケトの耳に届く。


「タケト……これからもずっと、いてくれたらいいな。ここに」


「え?」


 その言葉に、一瞬どきりとした。どういう意味? って言葉が出そうになったけど、それを口にする前にシャンテが言葉を続けた。


「私。ずっとウルと二人だったから。ウルがいてくれれば、大丈夫だって思ってた。でも……話し相手になってくれる誰かが一緒にいてくれるのって、いいなぁって最近思うんだ」


(なんだ。しゃべれる相手なら誰でもいいのかぁ……)


 なんてちょっとがっかりしたあと、あれ? 俺いま、一体何を期待してたんだ? って自分のことがよくわからなくなる。

 それはともかくとして。シャンテのその気持ちは、タケトにも身にしみてわかる。


(もしかして。俺ら、似てるのかもな)


 そんなことをふと思う。家族から離ればなれになって、フェンリルに慰めてもらっていた少女と。家族となかなかふれ合えない寂しさを、動物たちで埋めてもらっていた子どものころの自分。


 生まれた場所も育った世界も違うのに、そんな共通項のある二人が今は同じ屋根の下で暮らしているってのは、考えてみたらなんだか面白い。


「俺、ここにいるよ。ウルとシャンテに追い出されるまでは……」


 他にどこか行く当てがあるわけでもないし、、元の世界のことが全然恋しくないってわけでもない。それでも、彼女が必要としてくれる間はここにいようと思う。

 ここが、いまの自分にとっての一番の居場所だと思うから。

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