第24話 内臓、食べないでくださいっ!(涙目)
「ん、……ううん……」
タケトはうめき声を漏らす。目を開くと、地面がすぐ目の前にあった。どうやら地べたの上に倒れているようだ。
(あれ……俺……どうなったんだっけ?)
身体がびしょ濡れになっていて全身が酷く重い。地面に手をついて起き上がろうとするが、身体の左半分があちこち痛くて上手く力が入らなかった。
(そうだ。河の中で建物にぶつかって……)
溺れたところまでは覚えているのだが、そのあとのことは記憶にない。おそらく気を失ってしまったんだろうと思うが。ふと自分の足の先に目をやると、そのすぐ向こうには轟々と黄色い水が流れている。フィン河だ。
どうやら、河岸までたどり着いたらしい。でも、どうやって……。
(そういえば……)
河の奔流に弄ばれ水の中で気を失う直前、首元を何かにぐいっと引っ張られたような感触があったことを思い出す。
あれは何だったんだろうと、ぼんやりとそんなことを考えていたタケトの背中を何かモフモフした緑のものが駆け上ってきて、肩に止まった。
タケトの肩の上で小首をかしげてこちらを見ている緑色のソレ。カーバンクルだった。
「あ、お前。無事だったんだな……」
カーバンクルは、タケトの言葉に応えるように、肩の上でくるんくるんと器用に回転してみせた。リスみたいな軽やかな動き。大きな目と、ふさふさの太い尻尾が可愛らしい。カーバンクルがタケトの肩の上をとことこ歩くのに合わせて、尻尾やふわふわの毛並みが首筋に擦り付けられてモフモフする。思わず手で撫でていると、タタッと小さな足音が複数聞こえてきた。見ると、周りに他のカーバンクルも集まってきていた。
(一匹、二匹……良かった、ちゃんと五匹いる)
「お前たち、全員無事に岸までたどり着けたのか。良かった……」
タケトは弱く笑みを浮べて安堵の息を漏らした。
彼らを助けられたのが何より嬉しかった。
カーバンクルたちは楽しそうに、タケトの肩や頭に乗り、周りをぴょんぴょんと駆ける。元々警戒心が薄いのか、それとも溺れそうになっていたところを助けられて懐いたのかよくわからないが、カーバンクルたちにタケトを警戒する気配はまったくない。安心しきった様子で跳ねたり、手にじゃれついてきたりした。
そこに、一つの足音が近づいてくる。かつんかつんと響く蹄のような音。
その音に気がついてタケトはカーバンクルとじゃれていた手をとめて、音のした方向に振り向いた。
目の前に、大きな馬が一頭、立っていた。
いや、馬というには少しおかしい。その全身は黄緑色をしていて、どことなく半透明ですらある。薄ぼんやりと向こう側の景色が透けていた。その輪郭も馬の形をしてはいるものの、たゆたう水面のようにどことなく曖昧だ。
さっきまで楽しそうに遊んでいたカーバンクルたちは、その異様な姿の馬を酷く警戒してフゥッと毛並みを逆立てた。しかし、その馬がもう一歩こちらに近づいてくると、カーバンクルたちは怯えてタケトの元から離れ、タタタッと走って森の方へ逃げていってしまった。
カーバンクルたちを追いかけようと立ちあがったタケトだったが、突然そばの地面が爆ぜた。
「え……」
何が起こったのかわからず、目の前の馬を見上げるタケト。馬の輪郭の一部が、液体のように揺らめいたかと思うとぷつんと馬から離れて、球体となり、馬のそばに浮かぶ。そんな球体が馬の周囲に数個浮かんだかと思うと、一斉にタケトの周りに向かって跳んできた。
タケトは思わず手で顔を守るように身をかがめた。水の玉はタケトの周りに着弾すると、爆発するように飛び散って地面に小さな穴を開ける。それはまるで威嚇するかのようだった。
『逃がすと思っているのか、人間よ……』
どこかボコボコとした、水を通して聞こえる音のようにくぐもった声。しかし、その声は確かにその馬のようなものから発せられていた。その目がじっとこちらを静かに睨んでいる。
『我がお前を助けたのだ。お前は、水の中で死に向かおうとしていた』
やっぱり気を失う直前の、あの何かに引っ張られる感覚は幻ではなかったようだ。目の前にいるコイツが水から引き上げてくれたのだろう。
普通の馬とは明らかに違う、コイツ。
「……もしかして、お前はケルピー?」
ふいに、ギーの街に行く途中でカロンが話してくれた村人の噂を思い出した。
この水かさが増えた今の時期は、絶対に河の中に入らないように。
この河には、この時期。ケルピーが出るんだ……と。近隣の村の村長はそう言っていたらしい。
ブリジッタの言葉もついでに思い出す。
ケルピーは、喰うのよ。人間を。ケルピーの大好物は、人間のハラワタよ。
「ひっ……俺を喰うために助けたの!?」
どうせ食べるなら気を失っている間にやってほしかった。いや、食べられないのが一番いいのだけど。今すぐここから逃げ出したいが、相手は何やら不思議な力を使って攻撃してくるようだ。正直言って、逃げ切れる自信はこれっぽっちもなかった。
怯えた目で見あげるタケトに、ケルピーは気にした様子もなく淡々とした口調で続ける。
『いまは食べる気はない』
(いまはとか言ってるし。じゃあ、やっぱりいつかは食べる気なんじゃねぇ
かよ……)
『人間のハラワタは美味だしな』
(生きたままハラワタ喰われるとか、最悪な死に方じゃない?)
美味しいとか言われてタケトは涙目になる。
『まぁ、そんな絶望的な顔をするな。我はそんなことのためにお前を水の中から引っ張りあげたわけではない。……お前に頼みたいことがあるのだ』
「頼みたいこと?」
ケルピーは長い首を後ろに回した。そして、自分の背中に口を突っ込む。ケルピーの背中はまるで水の塊のようだった。ケルピーは自分の背中の中から何かを咥えこむ。そして、たぷんっと背中を水面のように揺らしながらそれを引っ張り出すと、タケトの前にソレを置いた。
ソレはタケトの精霊銃と、金色のブレスレットだった。
「あ、俺の……!」
タケトは精霊銃を拾い上げる。グリップには王家の紋章が刻まれている。間違いない、タケトの精霊銃だ。
『それは必要なものなのだろう。お前をひっぱりあげたときに落ちたので拾っておいた。それと、そっちは我の頼み事を聞いてくれたときに渡す報酬の一部だ』
ブレスレットも手に取る。ずっしりと重たい。どうやら本物の金のようだ。表面には様々な宝石が嵌められている。一目で非常に高価な物だとわかる代物だった。
『それは、海の底深くに沈む沈没船から拾ってきたものだ。我の言うことを聞けば、いくらでも取ってきてやろう』
タケトはそのブレスレットをひっくり返したりしながらマジマジと眺める。
『それだけの財があれば、人間の短い一生など遊んで暮らせるであろう?』
「もしさ。断ったら、どうすんの?」
というタケトの質問に返ってきたのは。
『そのときは、お前をこの場で喰らって他の人間を探す。いままでも、我の話に乗るふりをして報酬だけ奪おうとしたやつもいたがな。みな我の腹の中だ』
という選択の余地なんてないも同然の答えだった。
タケトはブレスレットを眺めて考える。しばらく考えて、顔をあげた。
「いいよ。お前の頼みを聞いてやる。その代わり、その報酬をくれるって約束。絶対守ってくれよな」
タケトはそのことに念をおす。
『ああ。我の誇りにかけて、誓おう』
「それで。頼みって……?」
無茶難題だったらどうしよう、と内心心配だったが、ケルピーの頼みは予想外のものだった。
『
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