第20話 やるせない事情


 別件の仕事を終えてフィリシアにやってきたカロンに、早速、カーバンクルをこの街まで運んできた運び屋『カスパル』とその一味について調べてもらうことにした。古物商ダミアンにも、次の取引があれば教えてほしいと伝えてあった。


 それから十日後、事態は動き出す。

 ダミアンから『フィリシアの港近くにある酒場に来て欲しい』という手紙をうけとったタケトは、一人でその指定された場所へと向かった。


 そこは港労働者たちが集う、いかにもな場末の大衆酒場だった。雑多な店内は照明も疎らで薄暗く、床は歩くとなんだかベトベトした。いまはまだ日が高いためか、店内はまばらにしか人がいない。

 カウンターのところに立つ見覚えのある背中をみつけて、タケトはそちらに近づく。


「こんにちは」


「おう。あんた。まってたぜ」


 ダミアンは、ハゲかけた頭と顔を撫でた。


「店主。こいつにも、一杯」


 ダミアンの注文にカウンターの奥にいた大男はこくんと頷くと、木のカップをタケトの前に置く。暗くて中身の色はよくわからなかったけれど、飲んでみるとワインのようだった。


「俺も手短に話をしたい。一緒にいるところを他のやつに見られたくないからな」


「ああ。わかってるよ」


 ワインを飲みながら、タケトも頷く。

 メールとか電話でもあれば情報提供者とのやりとりもやりやすいのだが、ここにはそのどちらもない。したがって会って話すか、手紙くらいしか言葉を交わす手段がない。

 今回は、ダミアンの希望でこうやって会って話すことになった。


「カスパルの奴らが、新しいカーバンクルを運ぼうとしてる。ブツはギーの港にある」


 タケトはこの近辺の地図を思い出す。このフィリシアはフィン河のかなり河口近くにある。一方、ギーはもっと上流にある街だ。


「出発は数日後。行き先は海の向こうだ。いつもなら、フィン河を下ってきたあと、このフィリシアで船を変えて海を渡る。フィリシアまでくるとお仲間が沢山いるから、手を出すのは厄介だぞ。もしやるなら、ギーにいる間に狙うのがいい」


「なるほどね。ここまでは河用の小さめの船で来るけど、フィリシアまできて海用の大型船に乗り換えるってわけか」


「そうだ。やつら、本当はすぐに出たいところだろうけど、ここまた数日雨がふってる。それでなくても増水して河が荒れてるんだ。雨が上がって河が落ち着くのを待って出発するんじゃねぇかな」


 やっぱりだ。タケトは内心、自分の予想があたっていたことに喜んでいた。このダミアンっていう男。かなり裏の商売について詳しい。これは、これからも長く付き合っていけたら便利だろうななんて考えていた。


「ありがとう。それだけ情報があれば、かなり助かる」


「ほ、ほんとかっ!? 俺の減刑は!?」


「あ、ああ。ちゃんと上の人に話しておくって。ついでに、確認しておきたいんだけど。そのカスパル一味って、どうやってみつけたらいいの?」


「それなら」


 と言ってダミアンが教えてくれた彼らの特徴。彼らは腕に、おそろいの入れ墨を入れているらしい。トカゲのマークが彫られているそうだ。


「さんきゅ。それだけ分かればなんとかなりそうだ。っと、あんまり長居しちゃだめだよな。これで、俺の分払っといて。余ったのはお前がとっとけ」


 そういってタケトは少し多めの硬貨をダミアンの前に置く。ダミアンは驚いたように目を丸くしてこっちを見た。報酬をもらえるとは思っていなかったのだろう。一応、交際費的な感じで事務所経費として落ちるようなので、別にタケトの自腹というわけでもないのだが。


「あんたとはこれからも付き合っていきたいしな。んじゃ」


 そう言って、タケトは酒場をあとにする。

 街を出て森の外れに戻ると、そこにはここまで一緒に来たシャンテとブリジッタだけでなく、カロンの姿もあった。


「なにか成果はありましたか?」


「ああ。そっちは?」


 タケトの言葉に、カロンは大きく頷く。


「まずはクリンストンからの報告で、やはりあのカーバンクルはミール地方にあるミールの森付近で捕獲された可能性が高いことがわかりました。この河の上流にある地域です。それと、あれを捕獲した密猟者ですが……おそらく一般の民間人です」


「民間人?」


「はい。先月の大雨でフィン河の下流だけでなく、上流域も広範囲に浸水しました。下流域の方はたびたび浸水するので、このフィリシアのように浸水対策はなされています。村々は河からかなり離れて作られていますし。でも、いままであまり浸水のなかった上流域はそうじゃない」


「つまり。上流域の村々が今回のフィン河の氾濫で浸水してしまって。それで、田畑や家畜を失った人たちが、生活に困ってカーバンクルを密猟して売った……ってこと?」


 カロンは頷く。


「ええ。そのようです」


「そっか……」


 そうなってくると、事情は複雑だ。ただ密猟した人間たちを見つけて捕まえるだけでも一時的に見せしめや抑止力にはなるだろうが、果たしてそれでいいのだろうか。


「そういう被災者のために王宮からも支援とかはないの?」


「あるにはあるのですが……今回の被災地域があまりに大きいため、全域には到底手が回っていません」


「そっか……」


 そうだろうな、と思う。あの河幅から考えても、この河の長さは相当なものに違いない。そのあっちこっちの村が浸水したとしても、おそらくその被害状況の把握すらできていないのが現状だろう。


「それと、カスパル一味ですが。かなり裏家業であれこれやっているようです。今回はカーバンクルの密輸ですが、いままでにも様々な魔獣密輸に携わっていた形跡があります。だから、この機会に徹底的に叩いて置いた方がいい」


「そうだな。でも、密輸してる現場を捕まえるとか、何かしら確実な証拠をおさえないとダメなんだろ」


「ええ、そうなんです」


「じゃあ。ちょうどいいや。ギーの街に行こう。そこで、次の密輸がはじまる」


「ああ、それと」


 さっそくウルに乗ろうとその黒い毛に手をかけたタケトにカロンが付け加えた。


「河沿いの村の人からこんな話も聞きましたよ。この水かさが増えた今の時期は、絶対に河の中に入らないように、って言ってました」


「へ? 流れが速くて溺れるから? 」


 伏せをしたウルの前足に自分の足をかけて、よいしょっとウルの背によじ登りながら、タケトは聞き返す。


「それもあるんでしょうが……ある村の村長が、言っていました」


「?」


「この河には、この時期。ケルピーが出るんだ、って」


「ケルピー?」


「河に住む馬みたいな形をした魔獣ですわよ。魔獣の中でもどちらかというと精霊に近い存在で、怒らせると大洪水を引き起こすとか言われていますわね」


 と、これは先にウルの背の上にいるブリジッタ。ウルの背に乗っているというより、ウルに乗るシャンテの膝に乗っていると言ったほうが正しい。そのまま黙っていると、本当に人形みたいだ。ずっと黙っていればいいのに、と時々思うこともある。


「じゃあ、今回のフィン河の氾濫も、もしかして……?」


 シャンテの言葉に、ブリジッタは「さて、どうかしらね」と言ったあと、「ただ……」と歯切れ悪く付け加えた。


「今の時期ケルピーがいることは間違いないでしょうから、絶対に河に入らないことね」


「人間を襲うのか?」


 そう聞くタケトに、ブリジッタはふふと嫌な笑みを浮かべる。


「ケルピーは、喰うのよ。人間を。ケルピーの大好物は、人間のハラワタよ」

 ハラワタ……考えただけで、ぞっとした。






 タケトたちは雨よけのポンチョを着てウルの背中に乗ると、フィン河を上流の方へとのぼっていく。中流域を抜けたあたりで、雨が止んだ。その頃から河の畔にバラックのようなあばら屋が固まって建つ場所が目につくようになってきた。

 それはどれも、木の板や石を適当に組み上げただけの粗末な小屋だった。


 浸水の被害にあった村人たちが一時避難している集落なのだろう。集落の中では、呆然とした様子でただ座り込んでいる人や、廃材を燃やして暖をとっている人たち、元気に走り回って遊んでいる子どもたちなど生活の様子が窺えた。


 山の雪も溶けてくる春先とはいえ、まだ時折ぐっと気温が低くなる日もある。そんな時、あんな粗末な住居では寒さをしのぐのも厳しいだろう。


(カーバンクルを売って、一体どれくらいの金が入るんだろうな)


 おそらく、運び屋に買いたたかれて、大した金額になどならないはずだ。


(それでも。生活のためには密猟をする人間もいるよな……)


 こういう相手が一番やりにくい。やるせないし、たとえ一人二人捕まえたところでいたちごっこになってしまう。どんなに厳しい罰則があろうと、法律で固く禁じようと、またすぐ別の人間が苦しい生活に耐えかねて手を染める。自分の家族を守るために、動物たちを犠牲にしにくる。


 元の世界でも、密猟をやるのはこういう人間であることも多かった。

 密猟しないと子どもたちに満足に食べさせることもできないんです。この仕事を取られたら俺たちは明日からどうやって生きていけばいんですか。内乱で仕事はない。畑は地雷だらけだ。家畜は全部殺された。俺たちはどうやって暮らせっていうんですか、って。昔、元の世界で密猟を生活の糧にしていた人に言われたそんな言葉を思い出す。


 そういう人間を相手にしていると、ときに自分たちの方が悪者なんじゃないかという気すらしてくる。


(はぁ……なんとか、なんないかな)


 ウルの背中から被災地域を横目に見つつ、タケトはそんなことを思ってひっそりとため息をついた。

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