第18話 港街の闇商人
木箱の中で身体を小さくさせている緑色の生き物。その頭の上にのったルビーのようなものを見れば、それが普通の動物ではなく、魔獣だということはわかる。
その木箱をのぞきこんで、クリンストンは大きく頷いた。
「間違いない。カーバンクルっすね。しかも頭の石の色の濃さからして、おそらく、ミール地方の森から連れてこられた個体だと思うっす。うん。見た感じ、怪我もしてなさそうだし。栄養状態が心配だけど、元気もありそうだし。このまま保護しちゃって、いいんっすよね?」
「ええ。そのつもりで、ソチを連れてきたんですもの」
ブリジッタが頷く。
クリンストンはさっそく、このカーバンクルを王都にある魔生物保護園まで連れて帰る準備を始めた。
「さてと。ワラワたちは、それがどこからどうやって連れてこられたかを確認しないといけませんですわよね」
タケト達が指示された仕事は二つ。一つはカーバンクルの保護。もう一つはカーバンクル密輸のルート解明。できれば壊滅させてこいとの官長のお言葉つき。
自警団の人たちの説明によると、カーバンクルが押収されたのはフィリシアの裏町。そこで古物商を営む男が扱っている商品の中に、このカーバンクルがいたらしい。
ちなみに、カーバンクルのような魔獣の所持は王国の法律によって原則禁止されている。例外的に許可を取れば所持が認められることはあるものの、それには厳格な審査がある。もちろん、その店は許可なんて取った形跡は一度もなかった。そもそもフィリシアの街への出店許可すらとっていなかったようで、そのせいで自警団の摘発を受けたのだ。
さっそく、自警団の人たちに案内されてその店に行ってみる。
すると、店では店主が何やら片付け作業をしている真っ最中だった。大勢で店にいくと警戒されて逃げられる恐れがあったので、シャンテとタケトの二人だけで店に近づくことにする。ブリジッタは逃亡ルートを塞ぐため、裏口に回ることになった。
「さあ、行こう」
タケトの言葉に、シャンテは両手を胸の前でぎゅっと握った。
「うんっ。私、頑張るね。もし何かあったら、店ごと感電させちゃう」
シャンテの力は、小さな雷を自在に起こすというものだ。初めて彼女と出会ったときも、密猟者たちの頭上に小さな雷を落として行動不能にさせていた。彼女の雷には、純粋に攻撃としての効果と、相手の身体を一時的に麻痺させて動けなくする効果がある。一度に沢山の人間に当てられるのは便利な反面、周りにより雷を引きつけやすいものがあると予想外のところに落ちてしまうこともあるらしい。
(うっかり巻き込まれないように気をつけよう……)
そんなことを思いつつ、タケトはシャンテの後ろに少し遅れてついて行った。店へ向かう彼女は恐る恐るといった様子で、その細い背中から心の中の不安が伝わってくるようだった。
店は四畳半ほどの広さしかない小さなもので、壺やら古ぼけた剣やら、よくわからない置物やらが所狭しと置かれていた。天井からは何かの動物の皮や干物が吊されている。
「こんにちは……。あ……今日はもう閉店ですか?」
シャンテの声に、店の奥で片付けをしていた店主がこちらに目を留めて腰を上げた。背が低く細身で、ぎょろっとした目が印象的な、頭部のハゲかかった四十前後の中年男だった。
「あー、悪いねお嬢ちゃん。店じまいなんだよ。ちょっと急な用事で遠くへ行かなきゃいけなくてね」
「ふぅん。そうなんですか。それは残念です。面白そうなモノ、いっぱいあるからゆっくり見ていきたかったのに」
店内を物色するシャンテ。店じまいだって言っているのに一向に出て行こうとしな
いシャンテに、店主は困ったなぁという様子で髪の少ない頭を掻いた。
「お嬢ちゃん。何かお探しかい? 店頭に出ていなくても、奥に仕舞ってある商品もあるから出してきてあげるよ」
仕方なく店主はシャンテの相手をすることにしたらしい。
「うんとね。可愛い動物を探しているんです。緑色の毛並みをしてて、ふわっとした大きな尻尾があって……」
品物を物色していた手をとめて、シャンテは店主を見ると微笑みかける。
「このあたりに、赤い宝石みたいなものがついている動物なんです」
自分の
「カーバンクルっていうらしいんだけど。この店で売られてるって人から聞いたんだ」
その台詞が決定打となったようで、店主はシャンテとタケトの二人から離れようと店の中を後ずさりしはじめた。
「も……もしかして、あんたら、マトリか!? こんなに早く!? くそっ……こんなにすぐ来るとは思っちゃいなかった」
店主は床に置かれた商品に
「くっ……」
じりじりと近づいてくるタケトから逃れようと、店主は店の奥へと駆け出す。そして、勝手口のドアを蹴り開けると、外へ飛び出した。
しかし、タケトが店主を追ってそのドアから出てみると、店主は裏道の路面に倒れていた。目の前には、眼帯をはめ直すブリジッタ。手はずどおり、裏で待ち構えていたブリジッタの異形の瞳を見て、店主は石化してしまったのだ。
(あっぶねぇ。もう少し早く追いついてたら、俺もまた一緒に石化させられるとこだったじゃん)
うっかり目を見てしまうと無差別に石化させられてしまうので、これからはもっと注意しなきゃと心に刻みつつ、タケトは足下に転がる店主の身体をよいしょっと肩に担ぎ上げた。
「はい、確保っと。んで、コレどこに運ぶ? 」
石化した男の身体は肩に食い込むようにずっしりと重かった。
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