第15話 命からがら


 場所は戻って、廃屋の中。

 突如、炎を上げだした建物に、大男もタケトも何が起こったのか分からず唖然としていた。しかしそうしている間にも、壁も天井もどんどん燃えさかって、床にまで火が回りはじめる。


 雛たちは、まるで炎に喜んでいるかのように、ピー!ピー!ピー!ピー!と嬉しそうに小さな羽根を羽ばたかせて飛び跳ねていた。そして、ぽよんぽよんと窓の外に飛び出していく。


 その様子を見て、はっとタケトも我に返る。


「逃げろ! 俺たちも燃えちまう!」


 その声に、大男も、お、おうと声をあげる。と同時に、部屋の扉がバンと開いた。


「お頭! 一体これは!?」


 おそらく大男の密猟仲間だろう。四、五人いるようだ。突然、建物が燃えだしたことに驚いて、頭領である大男に指示を仰ぎにきたようだった。何が起こったのかは、タケトにだってわからない。ただ、いますぐ逃げないと焼死することだけは間違いない。


「お前らも逃げろ! この建物はもうダメだ! あ、そうだ。その手前の部屋にお前らの仲間が転がってるから、そいつも連れてってやって!!」


 見ず知らずのタケトに言われて男たちは一瞬、なんだこいつ? という顔をしたが、そんなことを気にしている暇はないことは理解してくれたのだろう。


 すぐに男たちの一人が手前の部屋のドアをあけて、「おい、大丈夫か? 誰にやられたんだ?」なんて言いながら芋虫みたいになった見張りの男を引っ張り出してきた。


 誰にやられたもなにも、この場にいる部外者のタケトがやったのは明らかなのだが、とにかく今は争っている暇はない。タケトも手伝って、その見張りの男を窓の外へと放り出すと、タケトたちも窓枠を飛び越えて外へ飛び出した。


 下草の生えた地面に着地すると、すぐに建物から走って離れる。振り返ると、廃屋は夜の闇に炎をあげて勢いよく燃えさかっていた。


「な、何が起こったんだ、一体……」


 しかしその理由は、すぐに察しがついた。燃えさかる廃屋の上空に浮かぶ、もう一つの大きな炎の塊に嫌でも目が行く。廃屋の上で大きく翼を広げて羽ばたいているソレ。フェニックスだった。


「母鳥が、迎えにきたのか……」


 フェニックスと燃えさかる建物を呆然と眺めていたタケトの視界のはじに、ふわりと黒い影が降り立つ。ウルだった。よく見ると、その背にブリジッタの姿もある。仲間の顔をみて、タケトの表情もほっと緩んだ。


「シャンテたちは?」


 タケトが問うまでもなく、燃える廃屋の方からシャンテとカロンがこちらに向かって走り寄ってくるのが見えた。


「びっくりしたー! 突入の機会を伺ってたら、突然家が燃え出すんだもん~」


 そんなことを言いながら走ってくるシャンテ。

 カロンは黒豹の姿に獣化して、その肩に二人の男を担いでいる。どうやら逃げ遅れた密猟者を助け出してきたらしい。その男たちを地面に降ろすと、彼らは怯えた様子で転がるようにカロンの元から走り去っていった。


「中を確認してきましたが、もう残っている者はいないようです」


「ああ、二階もたぶん、大丈夫。全員避難していると思う」


 タケトがカロンに報告したとき、


「ちくしょおおおおお、あと一歩で大金持ちになれたってのに。とんだ邪魔が入りやがって!!!」


 そんな野太い叫び声が聞こえた。

 見ると、タケトから少し離れたところで、あの大男がフェニックスに何やらバズーカ砲のような太い金属の筒を向けていた。

 その筒から、シュボッと音がして白い煙が上がったかと思うと、真っ白い塊がフェニックスに向かって飛んでいった。


 白いキラキラとした雪のような塊は、真っ直ぐにフェニックスへと飛んでいく。しかし、フェニックスは逃げることもなく大きく翼を羽ばたかせた。すると、羽の間に炎の球のようなものが生まれる。フェニックスはそれを飛んでくる白い塊に投げつけた。白い塊は炎の勢いに負けて、あっさりと砕け散る。炎の灯りを受けた破片は赤くキラキラと輝いて地面に舞い落ちた。


「なにを無駄なことを。いくらフェニックスは氷の精霊に弱いとはいっても、狭い巣の中で不意打ちに撃ったのならともかく、こんな広い場所で面と向かって撃ったところで、あんなものが魔獣に敵うわけがないではなくって?」


 と、これはウルに跨がったままのブリジット。


 そうか。シーラ霊峰の巣の中で、あいつらはあの筒のようなもので、氷の精霊を使ってフェニックスを攻撃したのか。巣のそばで身体を白くさせて横たわっていたフェニックスの姿を思い出す。しかし、今度の攻撃はまったく効き目がなかったようだ。


 大男はこりずにズボンのポケットから真っ白く太い弾丸のような魔石を取り出すと、筒に込めて再びフェニックスに向けた。しかし、彼が撃つよりも速く、フェニックスが動いた。フェニックスは再び大きく羽ばたくとさらなる炎を身体にまとい、大男に向けて投げつけた。


「ぐおおおおおおおおおお!!!!」


 大男のいたところに、火柱があがる。大男は一瞬にして燃え上がった。肉と髪が燃える嫌なにおいが辺りに漂う。火柱の中で大男は膝をつくと、それきり動かなくなった。

 それを見て、廃屋の外に避難していた他の密猟者たちも慌てて逃げ出す。


「タケト! 僕たちも避難します! フェニックスは怒りにかられてる。ここにいると危険です! 彼らには、人間の区別など付かない! 僕たちも焼かれてしまいます!!!」


「タケト! 急いで!」


 見ると、カロンとシャンテも既にウルの背に乗り込んでいた。タケトもウルの方へ行こうと駆け出す。しかし、そのすぐ目の前に炎の塊が飛んできて地面で爆ぜた。タケトは思わず足を止めた。


 炎が飛んできたのはフェニックスの方からだ。やっぱり今度は、タケトたちを攻撃してきた。フェニックスには、誰が味方で誰が敵なのかの区別もついていない。きっと、人間の全てが、雛を狙う敵に見えていることだろう。


「タケト! 早く!!!」


 シャンテが叫ぶ声が聞こえる。

 早く逃げなきゃ。あの大男のように燃やされてしまう。それはわかっているのに。


「あ……」


 タケトは動けなくなっていた。すぐ目の前、タケトの数メートル先の上空に、闇の中に浮かぶ炎を纏ったフェニックスがいた。その、身体の炎とは対照的に、氷のように冷たくこちらを見下ろしてくるフェニックスの黒い瞳と目が合って、離せない。


 まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。そこにあるのは、圧倒的な力の差。生物としての格の違い。


 フェニックスは再び大きく羽ばたきを始める。それに合わせてその紅い身体に何重にも炎の衣を纏うかのように焔が膨らんでいく。さっき、大男を燃やしたときと同じだ。火柱をこちらに投げつけてくる気らしい。


 死の瞬間がもうすぐそこまで迫っている。でも、タケトの心の中には、圧倒的な恐怖ともう一つ、奇妙な感覚が生まれていた。


(なんて、綺麗な生き物なんだろう……)


 ウルを初めて見たときも感じたけれど、魔獣って、なんて美しいんだろう。なんて神々しくて、力強くて。圧倒的なんだろう。そんな想いだった。


 なんかもう、こんな綺麗なものに殺されるんなら。最期に見た景色が、これなら。それでよくない? そんな気持ちすら沸いてくる。


 と、そこに。背中の方から、ピ——という声が聞こえた。


「え?」


 はっと我に返るタケト。そのタケトの頭に、ぽすんと何か大きなふわふわとしたものが乗っかった。ふわっふわで黄色くて丸いもの。雛だった。


 雛は、タケトの頭の上で何やらピーピーとしきりに鳴きだす。それはフェニックスに向かって何かを必死に訴えかけているようでもあった。


 タケトの周りに他の雛たちも寄ってきて、ピーピーと母鳥であるフェニックスに鳴き立てる。雛の合唱のようだった。



 ピィピィピィピィピ————!



 まるで、「ママ! こいつは敵じゃないよ!」と、そう言っているようにも感じた。タケトがそう思いたかっただけかもしれないけれど。


 雛たちを見て、フェニックスは羽ばたきを弱める。さきほどまで雄々しく火の粉をまき散らしていた羽ばたきが、緩やかになった。


 そして、フェニックスはクィィィィ!と鋭く一つ鳴いた。それに合わせて、雛たちは小さな羽を忙しなく動かし出す。足下にいた雛たちが小さな黄色い足で弾むように走り出すと、自らの羽ばたきで身体がふわと浮かび上がった。パタパタと羽ばたいて、フェニックスの方へと飛んでいく。


 タケトの頭の上にのっていた雛も、ピー!と一つ鳴くと、パタパタと一生懸命に羽根を動かして飛び立った。六羽の雛は母鳥のフェニックスのところまで飛ぶと、その背中へ乗っかる。はしゃぐように母鳥の背中の上で飛び跳ねる雛たちは、とても嬉しそうだった。


 フェニックスはもう一度。



 クィィィィィィィ!!!



 と鳴いた。

 それは、いままで聞いたどの鳴き声とも違って、どこか温かい響きのある声だった。

 フェニックスは翼を大きく羽ばたかせながらこちらをじっと見下ろしたあと、ふいっと視線を逸らして向きを変え、雛たちを乗せたまま飛び去っていった。


 炎に包まれたフェニックスと雛たちの姿は次第に小さくなっていく。その姿が山際の向こうに消えてようやくタケトは身体の自由が戻った気がして、崩れるようにその場に膝をついた。今頃になって、全身が汗でびっしょりになっていることに気づく。


「タケト! 大丈夫?」


 ウルから降りたシャンテが駆け寄ってきて、心配そうに声をかけてきた。


「う、うん……なんとか。……そうだ、他の密猟者たちは?」


 頭領の大男はフェニックスにやられてしまったけれど、他の奴らは逃げたはず。


「うん。これから捕まえないと。タケトは休んでて。まだこの辺りにいるはずだから、私たちだけで何とかなると思う」


 そのシャンテの申し出が有り難かった。極度の緊張から解放された反動で、どっと疲労を感じる。もう指一本だって動かしたくない。


「わかった。ごめん……あー、疲れたー!!!」


 タケトはぺたんと地面に座り込むと、そのままくたっと仰向けに転がる。

 こうして、タケトの初仕事は終わった。

 月が出ているとはいえ、夜空には信じられない数の星が瞬いていた。


 カロンたちの活躍で翌朝の昼ごろまでには逃げた密猟者たちは全て捕縛することができた。そのあと、街道沿いにある街の衛兵の詰所に密猟者たちを引き渡した。彼らは、王国の法律に従って、これから裁かれることになるだろう。


 ちなみに密猟者の頭領が使っていたバズーカ砲のような形をした武器は、使えそうだったのでちゃっかり押収してきた。


 そして最後に、シーラの村の村長のところに今回のことを報告にいく。村に戻ると、あの司祭も既に村へと帰っていた。彼によると、シーラ霊峰の巣からタケトたちが立ち去ったあと、彼はタケトに言ったとおりに山から薬草をとってきて、フェニックスを看病したのだという。しかしフェニックスは少し怪我が回復して翼が動かせるようになると、止めようとする司祭の制止を振り切ってシーラ霊峰から飛び立ってしまった。


 心配で居ても立ってもいられなかったそうだが、数時間後、霊峰に再びフェニックスが飛んで戻ってきた。今度は、六羽の雛たちもつれて。

 そしてフェニックスは雛とともに村と霊峰の周りを何度か悠然と飛んだあと、どこへともなく飛び去ったらしい。


 きっと、もっと安心できる、より安全な場所を求めて行ってしまったのだろうと、彼は少し寂しそうに語った。


 でも。いつかまた。雛たちが大きくなって独り立ちすれば、あのフェニックスはまたこの山に戻ってくるんじゃないだろうか。そうなるといいな。そんなことを、司祭から話を聞きながらタケトは思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る