第13話 ママを虐めるな!!!


「誰だおめぇ。なんで、そこにいる?」


 大男はたるに入れようとしていた雛を、一旦諦めて柵の中に放り投げるようにして戻すと、タケトに向き合った。


 両手に革製のグローブを嵌めた拳を、ガツンと合わせてこちらを睨んでくる。

 一方、タケトは精霊銃を男に向けてはいた。引き金に指もかけてはいるものの、その手は汗が滲んでいる。


(撃てるのか……俺。当たるのか? 当たってもいいのか?)


 あの試し打ちをしたときにえぐれた木が思い浮かんだ。あれが人体だったとしたら、上半身くらい粉々になるだろう。


 そんな武器を人に向けて、大丈夫なのか?

 雛たちを巻き込まないか?

 その迷いが、隙を生んだ。


 咄嗟に大男はそばにあった樽を片手で掴むと、軽々と持ち上げてタケトに向けて叩きつけた。


 タケトは身をかがめて、その飛んでくる樽をさける。樽はタケトの背後の壁に当たって砕けた。幸い自分にも雛たちにも当たりはしなかったが、ここに自分がいるといずれ雛たちにも被害がいってしまう。


 タケトはベッドに手をかけて飛び越えた。そして柵から離れて部屋の反対側へ逃げる。そこに向けて二発目の樽が投げられた。転がるようにしてそれもかろうじて避けたが、大男は既に三個目の樽を掲げている。


(なんなんだ!? あのバカぢから!! 尋常じゃないだろ!?)


「ちょこまかと動き回るんじゃねぇ。お前、他の組織のやつか? 雛を横取りにきたんだろう?」


「ち、違う!」


「黙れ」


(えー! お前から聞いてきたじゃん!)


 なんて思っている間もなく、大男が床を蹴ってこちらに肉薄してきた。


(え!? 早っ!?)


 あっという間に距離が縮まり、大男の身体が迫る。身体が大きいのに、信じられない速さだった。いままで刑事として仕事をする中で色んな暴漢に出くわしてきたけれど、こんなに俊敏でパワーのある相手は初めてだ。


 大男はタケトのすぐ間近まで来ると、拳を振り上げて殴りつけてきた。タケトは横に転がってその拳を避けるが、直後にバキバキッという音が耳を突く。見ると、男に殴られた床板が大きく砕け、男の拳が床にめり込んでいた。


(なんだよ、それっ!!!!!)


 とても人間業とは思えない。ゆっくりと大男が拳を床から引き抜いて、こちらを睨んでくる。あとには大きな穴が開いていた。あそこにいたら、間違いなく潰されて死んでいただろう。


 驚いて目を見開く暇もなく、次の拳がタケトを襲う。再び拳が目前に迫った。タケトは今度もかろうじて避け、二つ目の穴が床に開いた。


「ちょこまかと、うっとうしい」


 大男はそう言って唾を横にはくと、拳をこちらに突き出しゲスな笑みを浮べる。こいつ、この状況を楽しんでやがる。まるで狩人と狩られる動物だ。そう思うと、タケトの中に悔しさが湧いてくるが、それよりも圧倒的な力の差を前にした恐れの方が色濃く心を覆う。こんなに強い人間をいままで見たことがない。なんなんだ、あの人間離れした強さ。まるで人造人間でも相手にしているようだ。


 後ろは壁。もう後がない。追い詰められた。タケトは悔しさと恐怖の入り交じった目で大男を見上げた。


(……ん?)


 大男が突き出した拳の先が、外の月明かりを受けてほんのわずかだけ光ったような気がした。よく見ると、グローブに小さなテカテカとしたものが埋められているように見える。


(石……? もしかして……)


 色は違うが、タケトのもつ精霊銃の引き金に嵌まっているものと同じ物。魔石とかいうもののようにも思える。


(そうか……あの馬鹿力も、あのアホみたいなスピードも、何かしらの精霊の力を借りて……)


 そうかもしれない。違うかも知れない。判断するには、この世界のことに対する知識が圧倒的に足りない。まだこの世界にきてから数日しか経っていないのだ。

 でも、少しの手がかりでもあれば、事態をくつがえすキッカケになるかもしれない。


 あのグローブだ。たぶんブーツにも魔石がついている。あれさえ外せば、超人的な力を封じることができるんじゃないか?

 どうやって外す? そんなことを考えていたタケトを観念したと勘違いしたのか、大男は「じゃあな」と余裕な様子で拳を掲げてぐっと腰を落とした。


 そのとき。


 ピャ————!!!!!


 という甲高い声が室内に響いた。それと同時に、黄色い大きなものがタケトと大男の間に弾むように飛んできて、大男の顔に飛びついた。


「う、うわっ、なんだ!?」


 雛だった。六羽のフェニックスの雛。それまで、柵の中で怯えたようにじっと静かにしていたのに、その六羽が次々と飛び出してきて、しきりにピーピーいいながら大男に体当たりしていく。何の攻撃力もないのに、それでも必死に大男にぶつかっていく。それは、まるで、タケトを守ろうとしているようにも見えた。


「お前たち……」


 タケトは、雛たちが自分のことを母鳥と勘違いしていたことを思い出す。


(そうか……こいつらは……)


 タケトは唇を噛む。そうだ、こいつらは一度、連れ去られる前にも母鳥が目の前でこの大男にやられるところを見ている。倒れて地に落ちた母鳥を。


 だから。今度はもう母鳥をやられないために、二度と同じ悲しいものを見たくないから、必死に飛び出してきたのかもしれない。魔獣とよばれる生物は、知能が高いものが多いという。ならば、そういう判断をしていたとしてもおかしくはない。


(ごめんな……ごめんな……悲しい光景を二回も見せて、ごめんな)


 でも、雛たちのおかげでチャンスができた。腰に挿してある、見張りから奪ったあのナイフを握る。


(ありがとう。雛たち。このチャンス、無駄にはしない)


 大男はバタバタと飛んでくる雛をようやく一羽掴むと、ピーピー暴れる雛を壁に叩きつけようと掲げた。そこにナイフを逆手に持ったタケトが迫る。大男は、雛たちの動きに視界を奪われて反応が遅れる。


「うわっ……!」


 雛を掴んでいたせいで、大男の利き手は封じられていた。タケトは大男のその腕にナイフを突き刺した。体重と勢いをのせて、思いっきり深く。


「ぐああああ!!!!!」


 大男が叫ぶ。痛みのあまり、掴んでいた雛を手離した。その直後、タケトは大男の腕に突き立てたナイフはそのままに、大男の利き手の拳を掴むと、その手に嵌められていたグローブを力一杯引き剥がした。

 やっぱり思った通り、グローブには薄く茶色い魔石が縫い付けられている。


「これでもう、さっきみたいな怪力は出せないだろ?」


 タケトは剥ぎ取ったグローブを、ぽいっと窓の外に向けて投げた。グローブはすぐに外の闇へと消えていく。大男は呻きながら、腕に突き立てられたナイフを抜く。そして、忌々しげに床へと投げ捨てると、タケトを憎しみの滲む目で睨み付けてきた。


「よくもやりやがったな。もう許さねぇ……」


 と、そのとき。ドンという何か重いモノが屋根に乗っかったような、そんな音が天井からしてきた。


「へ?」


 とタケトが天井をみた瞬間、天井が、壁が、建物全体が。

 激しく炎をあげていっきに燃え上がった。

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