第12話 ぴやっ?
「「「「「「ピィ――――!!!!ピ―――!!!! ピ、ピ―――!!!!」」」」」」
「わ、わっ……お願い、静かに!!」
タケトは慌てて、雛たちをなだめようと手で制するが、そんなことで雛たちが
(どうしよう、どうしよう)
雛たちは不安だから騒いでいるのだろう。そりゃそうだよな、まだ母親のもとにいるべき月齢だろうに、無理矢理引き剥がされてこんなところに閉じ込められてるんだもんな。そう考えると、雛たちを安心させるのがこの子たちを静めるのに一番手っ取り早く思える。
(どうやったら、安心して……そうだ!)
とっさにタケトはベッドを乗り越えて雛たちの柵の中に入ると、そこに溜まっていた赤い羽毛をかぶって羽毛まみれになる。そして、羽毛だらけのまま立ち上がると羽を広げるように両手をひろげて見せた。
「ぴやっ?」
なんて適当なことを言ってみた。
その瞬間、雛たちが叫ぶのをぴたっとやめて、タケトに釘突けになる。そして。
「「「「「「ピィピィピィピィ」」」」」」
穏やかに小さな声でピィピィ言い始めた。タケトはとりあえず、ほっと胸をなで下ろす。ここに母親の羽があってよかった。おそらく、雛たちが落ち着くように巣から母親の羽も運んできたのだろう。
タケトが元いた世界では、鳥は人間と同程度かそれ以下の嗅覚しかないといわれていた。しかし最近の研究だと、種類によってかなり差があることがわかっている。中には鋭い嗅覚を使って巣に戻る性質の鳥などもいて、はっきりいって同じ鳥という種類のなかで同一には語れないほど、鳥の種類によって嗅覚はかなりの差があるらしい。まぁ、人間の属する哺乳類だってそうなのだし。
なんてことを考えると、このフェニックスという種も比較的嗅覚が鋭い種類なのかもしれない。
おそらくタケトが母鳥の羽をまとったことで、匂いから母鳥と勘違いしたのだろう。さらに、この部屋は薄暗くて、鳥の目にはほとんど見えていないに違いない。明るい陽の元だったなら騙せなかっただろうが、少なくともこの、嗅覚ぐらいしか頼るもののない薄暗い空間ではタケトを母鳥と錯覚させることはできたようだ。
雛たちは、ピィピィと小さな声で鳴いていたが、少しすると安心したように目を閉じてじっとしはじめた。目を閉じると、本当にふわふわのボールみたいだ。
(そうだ。雛がいたこと、カロンたちに知らせなきゃ)
ここに雛がいるということは、この廃屋にいる男達が密猟者であることがはっきりした。タケトは雛たちを起こさないようにそっとベッドを乗り越えて柵の外に出ると、薄らと月明かりの漏れる窓へと行く。
この世界ではガラスはまだ貴重なのかもしれない。王宮の窓にはふんだんにガラスが使われているのに、民家で使用されるほどには普及していないようだ。この窓にもガラスはなくて、ただ木製の戸板が嵌まっているだけだった。それに手をかけて外側に押し開けた。淡い月光が降り注いでくる。今日は満月みたい。どうりで明るいはずだ。
とはいっても、廃屋の外の景色はおぼろげに森の形が黒の濃淡で分かる程度にしか見えない。タケトは、これで本当に伝わるんだろうかと少し不安になりながらも、窓の外に向かって手を振った。本当はここから、「雛いたよー!」と叫びたいところだけど、そんなことしたら密猟者たちにバレてしまう。
と、そこに。階段の方から廊下を軋ませる足音が聞こえてきた。
(やばい、誰かきた!)
さっきの雛たちのピ——!を聞かれて、階下にいた奴が様子を見に来たのかも知れない。
(どっか隠れなきゃ。どっか)
タケトは咄嗟に再び雛たちの柵の中に入ると、上にかかっていたゴザをかぶせて雛の間に身を隠した。部屋の扉が勢いよく開かれたのは、それとほぼ同時だった。
「おい! ウェッジ! なんだ今の声は。……ウェッジ! どこだ? しょんべんか? ったく、しょうのない奴だな」
ベッドの隙間からこっそり外をうかがうと、目の前をドスドスと踏みならして通り過ぎる汚いブーツが見えた。足の大きさはタケトよりもずっと大きい。入ってきた男は一人。おそらく、タケトよりもずっと体格のいい奴に違いない。
新たな密猟者の登場に否応なしに緊張が高まる……はずなのだが。
(も、モフフワ……!?)
タケトはいきなり戦意喪失しかけていた。
自分でもバカだと思う。でも、仕方ないじゃないか、だって、この雛たちの間に挟まってるの、本当に気持ちいい。ふわっふわで柔らかい羽毛がむにゅむにゅっと全身に押しつけられてて、しかも雛は体温が高いみたいでじんわりと温かい。なんだかもう緊張感なんて、どんどん削られていってしまう。
(やばい、これ人間をダメにするやつだ……。俺もう、このままここで死にたい……)
なんていう訳わかんないことまで頭に浮かんでくる。
「くそっ。仕方ねぇな。せっかく来たから、少し早いが作業しとくか」
外でそんな野太い声が聞こえた。そして、ゴロゴロと何かを転がす音。そういえば、部屋の隅にワイン樽のようなものが置いてあったことを思い出す。それを柵のそばまで転がしてきたらしい。
次の瞬間、柵にかぶせてあったゴザがガバッとめくられた。タケトは羽毛まみれになってる上に雛たちの間に挟まって小さくなっていたので、おそらく男からはまったく見えていないだろう。
男は、突然無造作に、近くにいた雛の一匹を掴んで引き上げた。驚いた雛が、「ピ——!!!」と嫌がってバタバタと暴れ出す。いまにも手から落ちそうな雛に、男は苛立って、柵になっているベッドを力いっぱい蹴った。
「うるせぇ! 大人しくしやがれ! 商品価値が下がるから、なるべくやりたくなかったが、ちょっと痛めつけて運びやすくするしかねぇか?」
ベッドを蹴った音に驚いて、雛は一瞬沈黙する。その隙に、男は雛を樽の中に押し込めようとした。しかし、雛も狭い場所に入れられるのを嫌って再び暴れ出す。あたりに黄色い羽毛が散った。
男は苛立って、ついに拳を振り上げる。
もう、それ以上見ていられなかった。
本当はカロンとシャンテに合流するまで潜んでいるつもりだったけれど、目の前で雛が痛めつけられそうになってて黙ってなんていられない。
タケトは立ちあがると、男に精霊銃を向けた。
「やめろ! その雛を離せ!」
「……ぁあ?」
男と目が合う。そこで初めて気づいた。男は、二メートルほどもある筋肉隆々の大男だった。
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