第11話 潜入! 密猟者のアジト


 見張りの男は、篝火かがりびのそばで大きな欠伸あくびをした。

 夜更けの見回りは退屈だ。誰も来やしないってのに、一人で起きていなくてはいけないなんて面倒極まりない。


 室内では、仕事の成功を祝って酒盛りが行われていた。男もさっきまでその酒盛りの輪の中にいて、そのまま心地よく床で眠りに落ちていたかったのに、見張りの時間だといって叩き起こされたのだ。


(あーあ、かったるいよな……酒、持ってきちゃダメかな)


 そんなことを暢気のんきに考えていた男だったが、ふいにパキッという小さな音を聞いた気がしてそちらに目をやった。

 さっき見たときは何もなかったそこに、篝火に照らされた細い二本の足と黒い小さな靴が見えた。


「ひっ……」


 いままで気づかなかった。突然視界に現れた見知らぬものの存在に、男は戦慄する。しかし、その驚きもすぐに解けた。

 よく見ると、それが小さな子どものものだとわかったからだ。近くの村の子が迷いこんできたのだろうか。


 今が夜更けで、その子が村の子にしては奇異な格好をしていることに、酔いの回った男の頭は思い至らなかった。


「おう。どうしたんだ。お嬢ちゃん。ここは、お嬢ちゃんの来るようなとこじゃないぜ?」


 その子は、ドレスのような紫のひらひらとしたワンピースをひらめかせて、こちらに一歩一歩ゆっくりと近づいてきた。それにつれて、いままで暗闇に隠れていた顔が、篝火の明かりに照らされて浮かび上がる。


「あら。おじさま。ごきげんよう。でもおじさまにはなくても、ワラワはここに用がありましてよ」


「ひ、ひっ……」


 にたあっと笑うその子の左目は、黒の中に赤い瞳のある異形の目。その目を見た瞬間、男は身体の自由が効かなくなる。息を吸い込むことすらできなくなり、そのまま意識を失った。






 見張りの男の元に向かったブリジッタが、眼帯を目元に戻しながらタケトを振り返って、合図する。無事、見張りを石化できたようだ。タケトはブリジッタに手を振り返すと、隠れていた草むらから静かに駆け出し、廃屋の壁に背中をつけて取り付いた。


 そして裏の勝手口のそばまでいくと、ドアの取っ手に手をかけてゆっくりと引いた。ドアは何の抵抗もなく外側に開く。鍵はかかっていないようだ。


 ほんの少しドアを開けて中を覗き込んだ。見たところそこは廊下のようだったが、明かりがなく真っ暗なので、中がどうなっているのかはよくわからない。光源といえば月明かりくらいのものだが、あいにくその廊下には窓がないのか、室内は真っ暗だ。


 タケトは精霊銃を下に構えると、一つゆっくりと深呼吸する。そして心を落ち着かせてから、意を決してドアの内側に滑り込んだ。入るとすぐにドアは閉める。僅かにドアの隙間から漏れ入ってきていた月明かりさえ見えなくなり、周りは闇に閉ざされた。


 タケトは足音を忍ばせ、右手には銃を持ったまま、左手で廊下の壁に触れながら一歩一歩前へ進んだ。長年刑事をしていたけれど、たった一人で相手の陣地に乗り込むなんてことはいままでやったことがない。SAT(特殊急襲部隊)とかの連中ならこういう経験もあるんだろうけど、所詮しょせんタケトは一介の刑事だ。はっきりいって、こういうことには初心者同然だった。


 でも、シャンテやブリジッタみたいな女の子も頑張っているのに、男の自分がやったことないからできませんなんて泣き言を言うわけにもいかない。


 自分の鼓動ってこんなに大きかったっけ? と思うくらいドキドキしながら、タケトは廊下の奥へと進んだ。しばらく行ったところで、そこに扉があることに気づかずに足が当たってしまう。思いのほか、大きな音が出た。


(やばっ……!!!)


 心臓が縮みあがった。扉の向こう側から、ガタガタという物音と、続いて足音が聞こえてくる。


(ど、どうしよう!? 誰か来るって! 逃げる場所なんてないよ!!! ああああ、もう俺のバカ!!!)


 ガチャリと扉が内側に開いた。向こうの部屋の明かりが一筋、暗い廊下に伸びる。その扉からスキンヘッドの大きな頭が覗いた。

 タケトは咄嗟にドアの内側に身を隠す。すぐ間近にスキンヘッドの頭があった。


「どうしたー?」


 部屋の中から別の男の声がした。どうやら、そっちで酒盛りをしているらしく、がやがやと複数の賑やかな声が聞こえてくる。


「いやー。なんか聞こえた気がしたんだけど。気のせいか」


 スキンヘッドは扉の裏に隠れているタケトには気づかなかったようで、頭を掻きながら室内に戻ると扉を閉めた。パタンという音とともに、廊下に伸びていた室内の明かりの筋も消える。


 数秒待ってから、タケトは「はぁあああああ」と息を吐き出した。心臓に悪い。本当に悪い。もうオウチ帰りたい。どこだよ、オウチって? ああ、シャンテんちの納屋か。ウルの腹の上の方がここよりもずっとマシだ。あのモフモフに埋もれたい。


 緊張を紛らわせるために、そんなどうでもいいことを考えながら、タケトは扉の前から静かに離れる。どうやら、この先に密猟者が集まっているようだ。あとで、シャンテたちが突入して彼らを捕縛するだろう。


 いまタケトがすべきことは、ここに雛がいるかどうか確認することだ。まだ彼らが雛を連れ去った密猟者かどうかは確認ができていない。まさか、関係ないゴロツキさんを捕縛するわけにもいかないし。


 雛はどこにいるんだろう? まずは、誰もいないところから調べてみよう。

 手で壁に触れながらその辺りを調べた結果、廊下の端に上へと登る階段があることに気づいた。タケトは一歩一歩、音を立てないように気をつけながら階段を上る。


 二階も一階と似たような構造をしているようだ。手近なドアを開いてみるものの、誰もいないし、蜘蛛の巣がはっていて長い間、人が入っていない様子だった。そういえば、ここは長らく放置されていた廃墟らしいとカロンが言っていたことを思い出す。タンスの中に雑多に放置されていた布切れを何枚か手に取ると、ポケットに突っ込んですぐに部屋から出てきた。


 タケトは廊下の一番奥にある両開き扉に近づいた。一階ではこの奥に広間があって、密猟者たちが酒盛りでもしているようだった。ということは、二階のこの先も同じように広い部屋があるんじゃないかと予想してみる。


 雛がいるとしたら、この先の可能性が高い。

 タケトは精霊銃を下に構えたまま、両開き扉の片方に背をついて、もう片方をそっと開けてみた。ほんのりとした灯りが隙間から廊下に差し込んでくる。一階ほどの明るさではない。小さく開けたドアからそっと顔を覗かせてみると、中の様子が見えた。


 まず目に飛び込んできたのは、横倒しになったベッド。その脇に一人の男が座り込んで、短剣を手でもてあそびながら手持ち無沙汰にしていた。見張りだろう。しばらく眺めてみたが他に人の気配はなさそうだった。


 まずは、あの見張りをなんとかしないとな。と、タケトは少し考えにふけると、小さく頷く。少々力づくだけど、やるしかない。


 一応、警察官になってから武道の授業は受けているけれど、実践で使えるレベルかというとまだまだそこには遠く及ばず、それで敵を倒せるような力量はない。

 でも、酔っぱらいやドラッグでラリって暴れるやつを取り押さえたことなら、交番勤務時代に何度もあった。


 警察学校で教えられた逮捕術の授業を思い出す。警察官なら必修科目として課せられる相手を制圧する技術だ。実際には柔道や空手あたりの武術を応用した技術らしいけれど、詳しいことは知らない。とはいえ、倒すことはできなくても取り押さえることならできるかもしれない。


 タケトはもう一度扉に手をかけると、今度はわざと勢いよく閉めた。扉が、がちゃんと音をたてる。そのまま扉のそばで潜んでいると、少しして再び室内から扉が開いた。


「なんだ? 風か?」


 男が廊下に顔を出したところで、タケトは扉の影から手を伸ばし、男の顔にさっきの部屋で拾った布を一枚、ひらっとかぶせた。


「……っ」


 男は驚いて、すぐに手で布を振り払おうとする。その隙に、タケトは男の襟首を掴むと自分の方へと引き倒した。そしてすかさず倒れた男の手をひねって彼の背中に回し、その腕ごと彼の背にのって全身で体重をかけた。男は床に倒れ込むものの、なおも上に乗るタケトを撥ねのけようともがくが、腕を捻られて上手く力が出せない。


 タケトは男の身体を固定したまま、素早くポケットからもう一枚の布をだして男の口に噛ませた。それを彼の頭の後ろで結ぶ。男はフガフガと口を動かすが声が出せなくなった。これで仲間を呼ばれる心配はない。


 さらに、今度は後ろに回させた両手を布キレで後ろで結んで動かないようにする。足も同じように拘束して、芋虫みたいになった男を手前の小部屋に放り込んだ。

 そして男が落とした短剣を拾い上げると、足で男の身体を仰向けにし、その首元に短剣をあてて抑えた声で忠告した。


「動くな。喋るな。ここから逃げるな。もし俺の言うことに従わないなら、すぐにその喉を掻き切る。いいな」


 単なる脅しだ。本気でそんなこと考えているわけじゃない。でも、その脅しは男には充分効いたようで、男は懇願するような目でこちらを見上げ、何度も大きく頷いた。

 その男を小部屋に置いて、タケトは奥の大部屋に戻る。


 パタンと後ろ手でドアを閉めると、室内を眺めた。やはり他に、人の姿はない。そのことにホッとする。室内は床に置かれたランタンの灯りでほんのりと明るかった。


 部屋は荒らされているという形容がピッタリくるような有様だった。あたりには穀物を入れるような粗布の袋が散乱し、壁際にはワインの運搬に使うような樽が六個置かれていた。


 さらに、ベッドが二つとタンスが一つ。横倒しにされていて壁に対して四角形の空間を作るように置かれていた。まるで、柵かバリケードのようだ。その柵の上には粗末なゴザのようなものがかけられていた。


 タケトは柵に近寄ると、その上にかけられているゴザをそっと手で摘まんでめくってみる。


 中には、ふっわふわで淡く黄色くて丸っこいものが六個、入っていた。いや、タケトが覆いをとったせいで、それらがぱちっと目を開けると一斉に十二個の目玉がこちらを見あげた。


 タケトでも抱えるのに苦労しそうなほどの大きさの、真ん丸の黄色いふわふわが六個。それらはタケトの姿を見た途端、申し訳程度に両側についたちっちゃな羽をパタパタさせると、


「「「「「「ピ――ッ」」」」」」


 同時に鳴きだした。

 見つけた。間違いない。フェニックスの雛たちだ。

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