第10話 雛を取り戻せ
司祭の嗚咽が、洞窟の中に
みな、表情は暗く沈み、あまりの惨状に言葉もない。遅かったのだ、俺たちは間に合わなかった。タケトは唇を噛んでコブシを握る。
「ブリジッタ」
「わかってますわよ」
シャンテとブリジッタの二人が、フェニックスのそばへと駆け寄った。そして肩にかけていたカバンをあけると、中から治療キットを取り出してすぐにフェニックスの治療に当たる。
「たぶん……これ、氷の精霊の力で凍らされたのね」
「フェニックスは火の精霊に近い生き物。そりゃ、氷の精霊には弱いでしょうよ」
二人は慣れた手付きでテキパキとフェニックスの治療にあたる。きっと、こういう事態は珍しくはないのだろう。
タケトは、なんだか腑に落ちないものを感じながら、今は何もいない巣を覗き込んだ。
(なんでだ。……ここまでして、なんでフェニックスを連れていかなかった? ここまで弱らせれば簡単に運べるだろ? なんで卵だけ割って……)
巣のフチに手をついて乗り越えると、タケトは巣の中へと踏み込む。
それは枯れ木で組まれたボール状の巣で、中にふわふわの赤い羽毛がマットのようにびっしりと敷かれていた。あのフェニックスが自分の羽毛をむしって、卵のために敷いたのだろう。卵は全部で六個あったようだが、いまはどれも割れて殻だけになっている。卵は、シャンテくらいであれば身体を縮めればすっぽり中に入れそうなくらい大きなものだった。
タケトは一つの殻の前に膝をつくと殻の内側を手で触れた。卵の内側は、ざらっとしていて乾いている。可能性として考えられるのは、卵ごと運ぶのは大変なので、中身だけ取り出して樽などに入れて運んだということ。フェニックスの身体は万病に効く薬になるのだという。となると、一番運びやすい卵の中身だけとりだして持ち去ったか。
それとも。
タケトは卵の周りを丹念に探す。
(これは……)
タケトは卵のそばに落ちていた一枚の小さな羽毛を手にとった。巣の全体に敷かれている赤い羽毛と違って、それはもっと淡い黄色をしていた。それに羽の大きさも、赤い羽毛よりもずっと小さくてフワフワしている。その羽毛を見て、タケトは確信する。
「なぁ」
タケトは羽毛を指でつまんだまま立ち上がると、フェニックスの治療に当たっているシャンテたちと、うずくまって泣いている司祭に声をかけた。
「俺たちの仕事はまだ終わっちゃいなさそうだよ」
「え?」
フェニックスの羽に包帯を巻いていたシャンテがこちらを振り返る。彼女に、タケトは手に持った黄色い羽を掲げて見せた。
「たぶんだけど。この卵は、割られて中身を盗られたんじゃなくて、既に羽化していた可能性がある。この小さな羽根がわずかだけど卵の周りに落ちてた。これ、たぶん
密猟者たちは何度かここに侵入して、その機会をうかがっていたのかもしれない。
「密猟者たちは、親のフェニックスを弱らせて、
「
ブリジッタの言葉に、タケトは頷く。
「急ごう。早くしないと、大きな街のブラックマーケットにでも持ち込まれたら、取り返すのが厄介だ。そうなる前に」
タケトの内側に息苦しくなるほどの熱いものが込み上げてくるのを感じる。
フェニックスたちの平穏な生活を脅かして、
「密猟者たちを捕縛して、このフェニックスのところに
彼の言葉に、ブリジッタとシャンテも静かに頷いた。
タケトは巣から出ると、まだうずくまったままの司祭のところへと行き、しゃがみ込んで彼の背に手を置いた。
「俺たちは俺たちのやるべきことをやるから。だから、あんたもあんたのやるべき事をやってくれ。あのフェニックスの応急処置はした。でも、まだ放っておける状態じゃないんだ。看病は、あんたに頼んだ」
その言葉が届いたのか、それまで小刻みに震えていた司祭の身体がピタリと止まった。彼はゆっくりと顔をあげると、腕で顔を拭ってタケトを見る。その目にはもう、強い光が戻っていた。彼はこくんと頷く。
「この山の途中に、傷によく効く薬草が生えています。それを取ってきます」
「うん。頼んだからな」
司祭はもう一度大きく頷いた。
司祭をフェニックスの巣に置いて、シャンテとブリジッタ、タケトの三人は山を下りる。途中でウルを呼んで乗せてもらうと、いっきに山を駆け下りた。
密猟者たちは、一体どこにいったんだろう。あの卵の大きさからすると、
密猟者たちについての新しい目撃情報が入っていないかと思ってシーラ村に一旦戻ると、そこにはカロンの姿があった。
シャンテから事情を聞いたカロンは、ふむと唸る。
「近隣の街や村で密猟者たちの情報を集めていましたが、奴らは先月くらいからここら辺りに住み着き始めた盗賊の一味のようです。この地域のあちこちに点在している、今は人の住まなくなった廃屋や使っていない倉庫を渡り歩くようにして根城にしていたようで、そのうちのいくつかの場所はある程度特定はできました。フェニックスの雛って、かなりな大きさですよね」
「卵だけでも、ワラワくらいの背丈がありましたわよ?」
ブリジッタの言葉に、カロンは頷く。
「その大きさの雛が六匹。鳴き声もそれなりにするでしょうから、おそらく、そのまま馬車などで移動すれば相当目立つでしょう。この街の近くを通る街道は一つ。その要所要所の街や村にある自警団や衛兵に頼んで、何か怪しい動きがあれば教えてもらう手はずになっています。でも今のところ、そんな情報は入ってきてはいません」
「ちょっと待って。教えてもらうって、……一体どうやって?」
タケトは、ふと浮かんだ疑問を口にした。この世界に、携帯電話やメールがあるようには思えない。どうやって、教えてもらうんだろうと気になったのだ。そのタケトの疑問に答える代わりに、カロンは胸ポケットをトントンと指で優しく叩いた。すると、胸ポケットがもぞもぞと独りでに動き出す。そして、ぴょこんとポケットの蓋が開いた。小さな頭が見える。
何か出て来た!? とタケトが興味深げに眺めていると、カロンが指で邪魔になっていたポケットの蓋をどけてやる。その下にいたのは、真っ黒い小さな頭。何かの小動物だった。カロンは手でその小動物をそっとポケットから取り出す。
それは、手のひらに乗るくらいのサイズの、胴体が十センチにも満たない小さなコウモリだった。コウモリはカロンの手の上で一度、伸びをするように大きな羽を広げて、またすぐに畳む。コウモリが羽を広げたときに一瞬見えた背中は、そこだけ白くなっていた。
「これは伝令コウモリと呼ばれるものです。この子たちは常に群れで行動して、必ずボスであるホワイトバックに、他のコウモリ達は付いてくる習性があります。この子の兄弟たちを、一匹ずつ、街や村の衛兵長たちに渡してきました。何かあれば手紙をつけて、離してくれることになっています。すると、その子は、このホワイトバックの子のところに一直線に戻ってきます」
たしかに、このコウモリの背中は白い。これがホワイトバックと呼ばれるゆえんなのだろう。
そんな話をしていたら、ちょうどタケトたちの上空をひゅんと何か小さなモノが、高速で通り過ぎた。
「ほら。話をしていたら、ちょうど一匹が戻ってきたようですよ」
その小さなモノは何度か旋回するようにタケトたちの上を弧を描いて飛んだ後、カロンが伸ばした腕に、ホワイトバックの子に並ぶようにしてぶら下がった。そのコウモリの背中には小さな筒がついている。カロンがそっとその筒を外して、筒を開けた。中には小さな紙切れが入っていた。
その紙を読んだカロンは頷くと、コウモリたちを再びポケットの中にしまって、背中にかけていたカバンから地図を取り出すと眺めだした。
「えーと……あった。ここだ。この、街道から少し離れたザラ山の麓にある廃屋に、見慣れない一団が数刻前からいるという地元住民からの情報です。ここに密猟者が潜んでいる可能性が高いかと」
「……お前、すごいな」
カロンの情報収集能力の高さにタケトは素直に驚いた。地元民たちの助けを得ているとはいえ、そもそもこの短期間でここまで地元民たちに協力を仰げること自体が驚きだった。王宮の権威のおかげか、ヒノトリ……フェニックスを助けたいという地元民たちの願いか、それともこの素っ気ないカロンが実は外ではものすごく人当たりがいいとか……理由はわからないが、とにかく、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「密猟者を一網打尽にするには、情報収集が何より大事ですから」
「それは、本当にもう、まったくその通りだと思う。んで、行くんだろ? 今すぐ」
タケトの言葉に、シャンテとブリジッタも頷く。
「ええ。早く行きましょう!」
「もちろんですことよ。そこにまだ雛がいるといいのですけど」
早速、ウルに乗ってそのザラ山の
ザラ山。さほど高い山ではなかったが、その
「この暗さですと、ブリジッタの目はあまり効果をなさないかもしれません」
カロンの言葉に、ブリジッタは眼帯のあたりをトントンと叩いた。
「ワラワのこの目は、見てもらわないと意味がないですもの。暗闇ですと効果半減ですわ」
その言葉にカロンは頷く。
「ですからブリジッタはウルに乗って外で待機しててもらって、捕まえ漏らした密猟者の確保にあたってください」
「わかりましたわ」
次にカロンはタケトの方を向く。
「そして、タケト。あなたはまずあの廃屋に忍び込んで、本当にあそこに密猟者と雛がいるのかの偵察をお願いします」
「え、俺一人で?」
いきなり単独行動とは思わなかった。
「はい。偵察はぞろぞろと複数で行っても仕方ないので。あなたが合図してくれれば、私とシャンテで中に入り、密猟者を拘束します」
「ちょ、ちょっと待って。こんな暗くて、どうやって合図するんだよ?」
「窓際とかで手でも振ってくれれば、僕は夜目が効きますので問題なく見えます」
「そ、そうなの? ……わかった」
少し不安はあるが、役割が決まったところで早速それぞれの持ち場につくことにした。タケトはホルスターから精霊銃を手にとると、廃屋へと一人近づいていく。
近づくにつれて心臓の鼓動が高まる。じっとりと汗が滲んでくる手で精霊銃のグリップを持ちなおし、ごくりと生唾を飲み込んだ。
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