第9話 フェニックスの村


 精霊銃の威力に驚くタケト。それとは対照的に、シャンテはパチパチと嬉しそうに手を鳴らした。


「上手上手。なかなか慣れないと真っ直ぐ飛ばすの難しいって聞いたことあるけど、タケト、上手いよ?」


「え、でも、こんな高火力だと、人間相手に使っちゃいけない気がするんだけど……」


 これだと一瞬で相手は消し炭ですよ? まさか密猟者は見たら速攻殺せとかじゃないよね? と少し不安になるタケトだったが。


「うんとね。その魔石に文字が書いてあるでしょ? あれで、精霊にどういう効果を発揮してもらうのか命令してるのね。精霊銃用の魔石だと、たぶん、真っ直ぐ高速で飛べとか書いてあるんだと思うけど。でも、どの程度の幅で飛ぶかとかそういう細かい注文は、使う人がそのたびに命令を追加するの」


「使う人って……つまり、今の場合は俺が撃つときに何かすんの?」


「そう。その指をかけるところにも魔石が嵌まってるから、たぶんそれが媒介なんだと思うけど」


 たしかに言われてみると、引き金のところにも魔石らしきものが嵌まっている。てっきり単なる装飾かと思っていた。


「命令の追加は、その魔石に触れて頭の中で念じればできるよ。どこまで精度あげて的確に伝えられるかは使う人の技術次第だけど」


「えっと……つまり。もっと弾道を細くするのも、逆に広くするのも俺次第ってこと?」


 タケトの言葉にシャンテはコクコクと頷く。


「そうなの。タケトの武器、それでいいよね?」


 実銃の使い方は、警察学校や任官してからの訓練でたびたび受けてはいる。だから基本的な使い方くらいは分かっているけれど、訓練では動かないマトしか撃ったことがない。つまり動くものに向けて撃ったことなんてなかった。それで果たして武器として使えるんだろうか。不安はあるけれど、でも、ほかの剣や弓などの触ったこともない武器よりはまだましかもしれない。そう思って、タケトはコクンと頷いた。


「じゃあ、決まりね。さあ、そろそろ私たちも出かけよう?」


 シャンテはにこっと笑うと、銀色の髪をなびかせてクルッと向きを変え、森の方へと歩いて行った。そこでウルを呼ぶのだろう。タケトは精霊銃をホルスターに仕舞うと、それをベルトに通して腰に吊し、シャンテのあとを追った。




 タケトとシャンテ、それにブリジッタの三人はウルの背中に乗って、リットリア地方へと向かう。


 ウルの背には、首根っこのあたりに横座りのブリジッタが座って、そのすぐ後ろにシャンテ。一番後ろにタケトという形で乗ることになった。なんとなく、これがこれからも定位置になりそうな気はする。


 平野を走る分にはウルの走りは安定しているけれど、それでも全く揺れないわけでもない。振り落とされないように、ウルの毛に掴まって自分の身体を支えているだけでも結構疲れた。けれど、シャンテとブリジッタはそんなことには慣れているらしく、涼しい顔で乗っているのがちょっと羨ましい。


 王都からリットリア地方までは、馬車で行くと一週間くらいはかかる距離だというが、ウルの足の速さだと、途中にある街道沿いの宿場町で一泊してその翌日にはもうリットリア地方に入ることができた。


 その日はリットリア領主のところに挨拶と情報交換がてら赴き、ついでに一泊止めてもらった。そして翌日の早朝、シーラ村へと向かう。

 シーラ村へは陽が真上にくる前には到着。

 ウルに乗ったまま村に乗り込むと村人が怯えるからとシャンテに言われて、村から少し離れたところでウルから降りて、徒歩で村へと入った。


 村は、連なる山脈の麓にあった。石を組んで作った粗末な平家が、ゆるやかな斜面にへばりつくようにして建っている小さな集落だ。アルパカみたいな家畜が、村の中を群れてワラワラと歩いている。その列の一番後ろでは、細い棒をもった少年が家畜たちを追い立てていた。これから、放牧にいくのだろう。


 そんな牧歌的な景色を眺めつつ村道を歩いていたら、タケトたちの前に数人の男達が道を塞ぐようにあらわれた。この村の村長たちのようだ。彼らの表情は一様に暗かった。


 村長の家へと案内されて、そこでまず状況を説明してもらう。

 彼らの話によると、昨日もまたシーラ霊峰への侵入者の痕跡が見つかったんだそうだ。痕跡はまだ新しくて、しかも前回のものよりも大勢の人間が侵入したようで足跡の数が増えていた。


 そこで村の若者たちが集まって、村の自警団とともにフェニックスの様子を見に行ったらしい。しかし、逆に侵入者に見つかって弓などで攻撃をしかけられ、命からがら逃げ帰ってきたんだそうだ。


「早く……早くしないと、ヒノトリ様の卵が!」


 ヒノトリ様というのは、フェニックスのことらしい。この村ではそう呼ぶようだ。そういえば、この辺の地域では神様として奉ってるって官長が言ってたな、とタケトは思い出す。


「大丈夫です。村長さん。私たちが必ず、密猟者を捕まえてみせますから」


 シャンテは村長の手を取ると、彼の目を見て優しく微笑んだ。村長は、シャンテの手を強く握り返す。


「お願いします。あのヒノトリ様は、ずっと私らのことを見守ってきてくれた霊鳥じゃ。昔、この山が噴火したとき、あのヒノトリ様が教えてくださったから、私らの先祖は生き延びることができた。なのに、ヒノトリ様が困っているときに私らが何もできないなんて、不甲斐ない……」


 と、しきりに悔しがる。


「でも。村長さんは、領主さんに言って私たちを呼んでくださったじゃないですか。大丈夫、絶対私たちが何とかしますから」


 村長とシャンテがそんなやりとりを繰り返しているところに、待ちきれない様子で一人の子どもが割って入ってきた。よく見たら、子どもじゃなくてブリジッタだ。彼女はつかつかと二人の間に入ると、腰に手を当てて小さな胸を張り、二人を偉そうに見上げた。


「そうこうしてる間にも、密猟者たちはフェニックスの巣に迫ってるんでしょ? こんなところで時間を食ってる場合ではないのではなくって?」


 確かにそうだ。


 シャンテがこちらに視線を向けてきたので、タケトも頷く。どうやら、事態は一刻を争うようだし、早く現場へ向かいたい。


 シャンテはもう一度村長の目を見て「村長さん。行ってきますね。絶対、卵。守るから」と繰り返した。村長も、もうただしきりに頷き返すばかりだった。


 シーラ霊峰のどこにフェニックスの巣があるのかは、村で祭事をとりしきる司祭の男が知っているというので、彼に道案内してもらうことになった。とはいえ歩いていくと時間がかかりすぎる。行けるところまではウルに乗っていくことにした。


 村の外れでシャンテが「ウル——!」と呼ぶと、森の方からあの黒く大きな身体が飛び出してくる。その長い足で音もなく軽やかに地面を蹴り、タケトたちの前へとやってきた。ふわりと目の前に降り立つ巨大な犬を見て、司祭の男は腰を抜かさんばかりに驚いていた。気の毒にな、俺たちこれからアレに乗るんだぜ、もっと腰抜かしそうになるよ、とタケトは少し司祭が気の毒にもなる。


 シーラ霊峰というのは、山だ。しかも、この辺りでは一番高い山らしい。というわけで、それを登るウルの背中はとても傾いていた。タケトは、自分の前で四つん這いになってウルの背中にしがみついている司祭のズボンを、彼が落っこちないように片手でずっと掴んでいた。一回、ウルがひょいっと小川を飛び越えたときなど、タケトが掴んでなかったら危なかったと思う。ウルが跳ねた拍子に、司祭の身体まで跳ねてそのまま落っこちそうになっていた。トラウマにならなきゃいいけどな、なんて心配にもなる。そんなことがありながらも、ウルは数時間で霊峰の八合目付近までたどり着いた。


 そこからは斜面がさらに急になっていた。それに、あまりフェニックスの巣の近くまで別の魔獣であるウルを近づけると、フェニックスが情緒不安定になるかもしれないとブリジッタがいうので、この先へは歩いていくことにした。


 辺りは霧がかっていて、ひんやりとしている。ここまでくると草木は背の低いものしか生えていない。ごつごつとした黒い岩肌があちらこちらに見えていた。


 司祭はウルから降りたときにはもうかなり疲労困憊していたようで、立っているのもやっとという様子でフラフラだった。


「山頂までもう少しだし、あとは場所さえ聞けば巣は見つかりそうだから、ここでアンタはしばらく休んでいてもいいよ」


 というのに、司祭は青い顔のまま、


「いえ、行きます」


 と、かたくなに一緒に行くと言い張り、タケトの手を握ったまま離してくれなかった。


 一応刑事としてそれなりに体力には自信のあるタケトですら、ここまでいっきにのぼってきてかなり疲労が溜まっているのだから、このひょろっとした司祭なんてもうとっくに体力の限界はきていそうだ。それでも行きたいというのは、やっぱりそれだけフェニックスのことが心配なのだろう。


 フェニックスの巣は山頂近くにあった。そこに空く、大きな洞窟。それが巣の入り口なんだそうだ。

 巣の入り口は静まりかえっていて、生き物の気配はなかった。けれど、洞窟のまわりには赤い羽根のようなものがあちこちに落ちているのが、不安を加速させる。


 (……もしかして、もう手遅れか?)


 司祭が駆け出すように洞窟の中へと入っていった。タケトたちも後に続く。

 洞窟の中は奥行き十メートルほどしかなくて、中はホールのように天井の高い空洞になっていた。


「あああああああ……」


 その光景に、司祭は膝をつきうずくまった。彼からくぐもった嗚咽の声がもれ出す。


 洞窟の真ん中にある直径三メートルはありそうな大きな鳥の巣は、酷く荒らされていた。辺りには赤い羽毛が散乱していて、中の卵は全て割れている。

 その巣のすぐ脇には、尾の長い体長四メートルほどの真っ赤な鳥が一羽、羽を散らして倒れていた。これがフェニックスだろう。


 よく見ると、フェニックスの身体は片翼の一部から胸にかけてが白くキラキラと輝いていて、まるで雪をまぶしたようになっていた。ぐったりと地面に倒れていたが、それでも時折、足で地面を蹴って起き上がろうとする。けれど、ただ身体をばたつかせて無駄に羽根を地面に散らすだけだった。


「遅かった……」


 タケトは唇を噛む。

 巣は密猟者たちの襲撃を受けたあとだったのだ。

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