第2章 フェニックス

第8話 精霊銃……っていうか、いやこれリボルバーっしょ!?


 シャンテとカロンそれにタケトの三人は、早々に王宮にある魔獣密猟取締官事務所へと戻ってきた。官長がデスクで優雅に葉巻を吹かせていたが、シャンテらの姿を見ると、ひらっと一枚の巻紙をわたしてくれた。


 シャンテがその巻紙を受け取り、伸ばして中を確認する。タケトも興味にかられて横から巻紙を覗いてみると、そこには見たこともない文字が並んでいた。しかし、なぜかそこに何が書いてあるのかは理解できる。


 おそらく昨日飲まされた魔石とやらのおかげで、話し言葉だけでなく文字も理解できるようになったのだろうとは思うが、なんとも不思議な感覚だった。


「さきほど、早馬でこれが届けられた。リットリア地方の領主からの手紙だ。リットリアにあるシーラという村からの訴えについて書かれている」


 その巻紙に書かれていたことは、要約するとこうだ。


 シーラ村の近くにはシーラ霊峰と呼ばれる山があり、そこには昔からフェニックスが住み着いていた。ふもとのシーラ村はもちろん、この付近の村や町は、この霊峰とそこに住むフェニックスを長い間、神として奉ってきたのだという。


 このフェニックスが少し前に卵を産んだ。フェニックスが繁殖することは非常にめずらしく、この霊峰でも数百年ぶりのことなのだそうだ。卵は全部で六つ。もちろん人々はそれを喜んで、すっかりお祭りムードだった。


 けれど、その噂は瞬く間に広がり、それを聞きつけて良くない輩がフェニックスの卵を狙いにやってきたのだという。フェニックスの身体や卵は万病に効く薬になるため、裏社会では高額で取引されることがあるらしい。領主はフェニックスを守るために領兵を出しはしたが、皆リットリアの人間だ。誰もが神であるシーラ霊峰に立ち入ることを恐れていた。そのため、王宮にフェニックスを守るよう要請したい、とのことだった。


「その良くない輩というのは、どういう奴なんですか?」


 シャンテの問いに、ふむと官長は唸る。


「それの調査も含めて、私たちに頼んできている。数日前、霊峰に無断で入られた形跡があったようだ。幸い、目立った被害はなかったようだが、もしかしたら事前調査目的での侵入だったのかもしれん。いつ本格的に実力行使してくるかわからない。それで緊急ということで、私たちのところに依頼があった。行ってくれるな」


「はい」


「あ、それと。タケト。お前はとりあえず、今回は見習いってことでいい。シャンテとブリジッタのサポートをしてくれ。武器は武器庫から自由に持って行っていいとの王からのお達しだ。三人はまず霊峰に向かえ。カロンは、周辺調査でそいつらをあぶり出せ。そして」


 官長は、鉤爪痕の目立つ目元を細めてにっと笑む。


「その密猟者どもを捕らえろ。できれば組織も壊滅させてこい。以上」


 そのあと、別行動のカロンは先に馬で現地へと向かって出発した。


 一方、タケトたちは王宮の裏に立つ、大きな石造りの蔵の前にいた。

 蔵の周りは、制服姿の衛兵たちが警備にあたっている。まるで人形のように微動だにせず蔵の前に立つ彼らに、シャンテは「こんにちは。ちょっと見せてください」と声をかけて素通りすると、大きな木製扉の前で立ち止まった。そして、手に持っていた大きな鉄製の鍵で、扉を解錠する。


 両開きの大きく重たい扉を、タケトも手伝いながら一人通れるくらいに開けると、その隙間から室内へと入った。

 中に足を踏み入れた途端、タケトは思わず「うわぁ」と声をあげる。


 蔵の中は、小さな体育館ほどの広さがあるにもかかわらず、所狭しと様々な武器が置かれていた。二階建て構造で、真ん中が吹き抜けになっている。いくつかの区画に区分けされていて、それぞれ槍、弓、剣などが分類されて詰め込まれていた。剣に至っては、細いレイピアみたいなものから、成人男性の背よりも長い大剣まで様々だ。吹き抜けのところには、大砲らしきものや投石機のようなものまで置いてある。


「王様が、どれでも好きなの選んでいいって言ってたよ」


 そうは言われても、あまりに数が多くて、どう選んでいいのかさっぱりわからない。タケトは蔵の中をざっと見て回る。すぐに現地に向かって発たなきゃいけないようなので、あまりじっくり選んでいる暇もなさそうだ。


 据え付けられたハシゴをのぼって二階にいくと、そこにも一階と同じく多種多様な武器が置かれていた。やっぱり、数的に多いのは弓と槍と剣のようだ。このあたりが、ここの軍隊の標準装備なのかもしれない。


「ん?」


 タケトは蔵の隅っこにある一角に目を留める。そこは、他の区画と違って、棚の上に雑多に色々な形の武器が置かれていた。他の分類に当てはまらないものが、ここにぐちゃっと一同に集められているようだ。

 そこをざっと眺めていたタケトだったが、ある物に目が引き付けられた。


「え……これ……」


 この中世風な世界に、なんだかそぐわない形。タケトはそれを手に取ってみる。革製のホルスターに入ったソレ。木でできたグリップを掴んでホルダーから出すと、金色っぽい金属でてきた上部が姿を現した。レンコン状の部品に手の平で触れるとクル

ッとまわる。その先は筒状になっていた。


「これ、リボルバーじゃないか!?」


 形はそのまんま、リボルバー式拳銃そのものだった。銃身部分に唐草模様が彫られていたりと若干装飾性の高さが感じられるものの、基本的な形はタケトも警視庁で携帯したことがあるニューナンブM60によく似ている。とはいえ、銃身はニューナンブよりも遥かに長い。タケト自身も、そんなでかい銃はモデルガンくらいでしか見たことはないが、太さは五十口径くらいありそうだ。


「あ、それねー。精霊銃だよ、たぶん」


 興味津々でその銃を手にとって眺めていたタケトに、下からシャンテが大きな声を張り上げて教えてくれた。


「精霊銃?」


「そうー。精霊を入れた魔石を撃つの。使い方が難しいからあまり使ってる人は見ないけど、たまーに持ってる人見るよー。近くに、中に入れて使う魔石も置いてない〜?」


 シャンテに言われて精霊銃が置いてあった棚の周辺を探すと、少し離れたところに置かれた小さな木箱が目に付いた。手に取って蓋を開けると、中には細長い弾丸の形をした石が六個入っている。魔石というから、昨日自分が飲まされた白色のものを想像していたけど、この石はどれも赤い色をしている。それに昨日はよくわからなかったが、石の表面には見知らぬ文字がびっしりと書きつけてあった。タケトにはまったく読むことができない文字だった。


「この赤い石みたいなやつかなー?」


 階下のシャンテに木箱の中身を掲げてみせると、「うん! たぶん、そうー!」という言葉が返ってきた。


「きっとねー、火の精霊が入ってるんだと思うよー。試しに、外で使ってみる?」


 そんなわけで、蔵の外に出てその精霊銃とやらを試し撃ちしてみることになる。

 シャンテの「たぶん、こうやるんじゃないかな?」という心もとないアドバイスを頼りに、精霊銃に魔石の弾を込めてみた。


 やはりこの銃用に加工されたものだったらしく、レンコン状になった回転式弾倉シリンダーの穴に魔石弾を差し込むと、抵抗なくスルッと入る。シリンダー六つの穴全てに赤い魔石が入った。やはり構造はリボルバーそっくりだ。


 タケトは両手で精霊銃のグリップを握って構えると、十メートルほど離れた場所にある太い木に銃口を向けた。

 そのまま右手の親指で撃鉄を起こす。

 気持ちを落ち着かせるためひと呼吸してから、タケトは引き金を引いた。

 

 ダアアアアァァァァァァン

 

 精霊銃の銃口が火を噴いた。いや、マズルフラッシュを大げさに言ったわけじゃなく、本当に火を噴いた。銃口の先から火炎放射のように一筋の炎が放たれ、それは小さな炎の竜のように僅かに蛇行しながら、その先にある木の幹にぶつかり、その木肌をえぐり取って直径一メートルほどの穴を開けた。


 銃痕のあまりの広範囲さとその威力に、タケトは精霊銃を持ったままポカンとなる。そして開口一番、叫んだ。


「……はあああああああ!? なんじゃ、こりゃ!?」

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