「ゴジラ対ヘドラ」(1971)……サイケでデカダンな幻想の炸裂

製作国:日本

監督:坂野義光

製作:田中友幸

脚本:馬淵薫、坂野義光

撮影:真野田陽一

美術:井上泰幸

編集:黒岩義民

音楽:真鍋理一郎

特技・合成:徳政義行、土井三郎

特殊技術:中野昭慶

出演:山内明、木村俊恵、川瀬裕之他


 海から現れた謎の怪獣がタンカーを襲撃する。怪獣の正体は公害怪獣ヘドラであった。当初は海中でしか生存できないと思われていたヘドラだが、ついに上陸を果たし、工場の煙突にかじりついて煤煙を吸収する。そこに出現したゴジラと交戦するが、決着はつかず両者は海に消える。その後、再度姿を現したヘドラは飛行能力を身に着けており、空を飛びながら硫酸ミストを撒き散らす。ヘドラによる被害が深刻化する中、自衛隊は巨大な電極板を用いた放電攻撃にヘドラ撃退の望みを懸ける。一方ゴジラも再び上陸し、両怪獣は富士山麓で激突する。


 「オール怪獣大進撃」以来、2年ぶりのゴジラ映画。当時の社会問題となっていた公害、特に光化学スモッグやヘドロ公害を大きく取り上げ、そのまま新怪獣ヘドラのモチーフとしている。ヘドラは隕石とともに飛来した鉱物生命体が海中のヘドロに反応し、突然変異的な成長を遂げた怪獣とされている。その妖怪のようなおどろおどろしい見た目と、ヘドロや毒ガスを武器にする性質は、まさしく公害を具現化したかのような怪獣であり、公害由来の怪獣は数多くいるが、ヘドラこそその代名詞的存在と言っていい。

 劇中の第一印象では汚い海坊主にしか見えないが、その戦闘力は驚異的。体がヘドロで構成されているため通常兵器は無効、ゴジラのパンチも体にズボッと埋まるだけ。攻撃時にはヘドロを噴出し、ゴジラの目や皮膚を溶かしてしまう他、成長すると目からへドリューム光線なる破壊光線を発射する。終盤では体からヘドロを流し、ゴジラを生き埋めにしようとするシーンもあった(これはゴジラのスーツアクターの中島春雄から「流石にやりすぎだ」と苦言を呈されたという)。また意外な身軽さと飛行能力でゴジラを翻弄したり、ゴジラを持ち上げて飛行するほどの怪力を見せたりと、攻・守・速の三拍子が揃っている。異形の見た目ながらも、シリーズ屈指の強敵であり、ゴジラも正攻法では勝てなかったのではないだろうか。


 本作は「東宝チャンピオンまつり」内の一本であり、子供向けに制作されたはずなのだが、公害をテーマにしているだけあって、内容は重く、生々しい。映画冒頭に流れるテーマソング「かえせ!太陽を」は公害の原因物質を列挙しながら、きれいな自然を返せ返せ返せと執拗に連呼するもので、当時の公害問題がいかに深刻だったかを窺わせる。本編中も、過剰なまでの環境汚染の演出、そして人の死がいやというほど強調されており、劇中のニュースではヘドラによる死者数が重々しく読み上げられ、白骨死体が道に転がり、そして主要人物の一人が死亡する。他にもアングラ喫茶で踊り狂う若者たちや、おそらく薬物によるであろう狂気じみた幻覚などのサイケかつ退廃的な描写、随所に挟み込まれる風刺的なアニメーションといった今までにない手法が用いられている。極めつけは、ゴジラが空を飛ぶシーンであろう。プロデューサーの田中友幸はこれに強く反対し、一時は撮影がストップしてしまう事態となったが、田中が入院したのをこれ幸いと、坂野監督は東宝の重役の許可を取り付けて撮影を断行した。退院後に空飛ぶゴジラを見た田中は相当立腹したという。


 これらの要素から、本作は異色作、カルト作として位置づけられることも多いが、怪獣映画としては至極まっとうな作りである。学者を主役に据え、ヘドラの生態を研究し、その攻略法を見つけ出し、自衛隊とともにヘドラ撃退作戦を展開するといった流れは、まさに怪獣映画の王道。科学文明が生み出した怪獣によってしっぺ返しを食らう、という点はシリーズの原点回帰であり、異色作でありながら、初代ゴジラの精神を最も強く受け継いだ作品となっている。ゴジラと敵怪獣が一対一で戦うのも「キングコング対ゴジラ」以来9年ぶりで、昭和シリーズではこれが最後となる。


 監督の坂野義光は、これが最初で最後の監督作品となったが、ヘドラの新作映画の構想はずっと持ち続けていたらしい。2010年代に入ってからも福島第一原発事故をテーマとした作品のシナリオを執筆していたものの、結局実現することなく、2017年に他界した。

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