『UnderCoverHeart』

Passage3:──どんなに苦しくても、

     あなたは弱音を吐いたりしない。どんなに楽しくても、

     あなたは本当には笑わない──『UnderCoverHeart』


 マルドゥックシティ/イチョウの街路樹が立ち並ぶ商店街パサージュの一角/ベガー・ハット/カフェテリア/全州に展開するありふれたコーヒー・チェーン店/人気メニューは特製マスタード・ソースのベガー・ドッグ/カフェ・テラスには二人組みの男──。

 「幸せそうにメシを食いやがって。レイニー。もしかしなくても、俺たちの任務を忘れてるんじゃねぇだろうな?」

 苛々したような口振り──ワイズ・キナード/秋物のジャケット・スリムな印象のテーパードジーンズ・栗皮色の渋いキャスケット帽/全身を秋色で染め上げた皮肉っぽい伊達男という風情/──せわしなくテーブルの隅を指で叩く/通信暗号/敵襲・一時撤退・中央突破・突撃・突撃・突撃──。

 「ベガー・ハットのホットドッグは最高だぁよ。ワイズ。もしかしなくたって、任務のことを忘れたことはないだよ?」

 間延びしたような声音──レイニー・サンドマン/払い下げの軍用パーカー・でっかい国旗マークのTシャツ・日焼けした赤ら顔/退役したばかりの愛国心たっぷりの好青年といった装い/──のんびりと靴の踵で石畳を叩く/戦況報告/敵兵ニ該当ナシ・危険見当タラズ・本部ニ帰投スル──。

 「それにしたって、なんでまたこんな任務を振られたのか不思議だぁよ。……そう思うんだな?」

 「ここは敵中で、敵陣で、既に敵国の手の内側ってこった。だったら俺たち斥候兵の出番ってことだ。敵情視察、敵影発見、会敵逃走──いつも通りじゃねぇか」

 「確かに市街戦闘は苦手じゃないだよ。だけども、市街に潜んだスパイ──隠れた工作員なんてのを見つけ出すってのは、お世辞にも得意とは言えないだよ」

 ワイズ&レイニーの任務──マルドゥック市に存在するとされる〝スリーパー〟と呼ばれる敵国の特殊工作員を発見/監視/報告すること。

 「そりゃあ、……俺たちが優秀な斥候兵だってことが、評価されたんだろう?」

 指先がテーブルを叩く/突撃のリズム・踵が石畳を打つ/突撃停止の合図。

 「命令違反、意図的な戦術の遅延、単独行動、反抗的態度──どこの戦場に行ったって、こんな重要任務を任されるような評価はなかっただよ」

 「何処の戦場でも同じようなクソ上官がそっくりのクソ命令を出すからな。ついつい現場にはマトモな通信を入れちまう。オイちょっとそこの、オラそこ行って無駄死にしてこい、なんざお前らに伝えられるかっての」

 「ワイズの命令なら死んだっていいだよ」

 「ッ! ざっけんなッつうの。お前らはいつだってそうだ。自分のオツムで考えようともしねぇ。その癖喜び勇んで死地に行きたがる。俺たちは生贄にされる聖書の羊なんかじゃねぇんだぞ!」

 「……羊ってのはいいだな。お肉を食べてよし。お乳を飲んでよし。毛皮を着てよし。お腹を撫でてよしだぁよ」

 「そういうことじゃねぇから……」

 「……落ち着いただか?」

 「俺を病人扱いするんじゃねぇ! 俺はおかしな強迫観念を抱え込んでもいねぇ! 俺は何にも傷ついてなんかいねぇ! あぁ、クソッ、お陰様で落ち着いたよ! 俺はこの街の平和ボケした間抜け連中に、俺たちはまだまだ戦えるぞ、って証明したくてしょうがなくなっていたんだよ!」

 叫び散らして溜め込んでいた鬱憤が晴れたのか、ワイズは神経質にテーブルの隅を叩くのを止める/ワイズの大声に眉を潜め咎めるような視線を向けていた客たちが、それぞれの談笑の輪に戻っていく──小さく舌打ち/ワイズはキャスケット帽を目深に被る/椅子に深く腰掛ける。

 「──しかし、この国は本当に戦争中なのかね?」

 「前線から離れればこんなもんだぁよ」

 のんびりとレイニーが応える/初秋の風がゆっくりとレイニーの顔を撫でていく/レイニーは戦場の風を思い出す/頬を切り裂くような/強い/熱い/乾燥した砂風──レイニーは軽く頬を叩いて戦場の幻影を消し去る。

 「──この任務からはクソの臭いがする。消化不良の下利便の悪臭だ。どいつもこいつも敵にしか思えねぇ。まるで表のねぇコインだ。裏しかねぇ。そうとしか思えねぇ。こいつがこの街流のおもてなしってわけだ、クソッタレ」

 「──敵なんかどこにもいないだよ。それで、これからどう動くだ?」

 「いつも通りさ。レイニー。先手を取る。敵に一杯食わされる前に。お前らが俺の目であり耳だ。舞い上がった砂粒一つ見逃すな。そよ風一つ聞き逃すな。噂話、世間話、敵性言語、流言、流聞、デマ、陰謀の臭いがするニュースを片っ端から集めて全部俺に報告しろ。──強迫神経症になるくらい頭を使うのは、俺がやる」

 「アイ・サー。ワイズ。部隊、、はとっくにマルドゥック市街に展開中だぁよ。──じきに頭が割れそうに痛くなるくらい、情報が届くだよ」

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『HEATMIZER』 木村浪漫 @kimroma

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