第2話

 「──お見事な執刀でしたわ、チャールズ」

 ボイルドの施術の終えた私にそう労いの言葉をかけたのは、サラノイ・ウェンディ──柔らかな表情(三十路を越えたにも関わらず、二十代のような美貌を保っている)に、烈風のような弁舌(当然、今の言葉も単純なお褒めに預かった、というわけではない)を秘めた才媛だった。

 「ありがとう、サラ。とても光栄だ」

 「──ですが、あのように危険な手術を“教授”自らが行うのは納得しかねます。今まで、いったい何人の志願者が内側から爆発してバラバラになったかお忘れではなくて?」

 「忘れてなどいないよ。覚えている。その上で私とボイルドならばやれる、との判断からだ。ボイルドの魂は施術を望み、肉体はそれに応えた。健全な肉体に健全な魂──そうあれかし」

 「悪性の癌腫瘍に侵された肉体に、良き魂は宿り得ない、と」

 見透かされた気分。何もかも筒抜けですわ、というサラの態度。私の体を烈風が吹き抜ける。そして、ここからがサラの本領発揮でもある。

 「私のこれは、残された時間を私の患者につかったほうが有意義であるという判断からだ。なにせ全身に転移済みだからな。こいつと切った張ったをやっている間に寿命が追いついてしまう」

 「本心からのお言葉ではありませんね、それ。もう時間がないから、もう自分には価値がないから。そういう言い訳で敢えて危険に飛び込んでいるようにしかみえませんわ。磁界の海、擬似重力、お次は亜光速で吹っ飛ぶ棺桶のテストパイロットにでも挑むおつもりでしょうか。まったく。未だに宇宙への未練が断ち切れないのね、チャールズ」

 「宇宙はいいぞ。何もない」

 正確には人類の生存に有利に働く要因は少ない、という意味だが。まぁこうなったサラは聞いちゃくれまい。

 「その何もないところに行くためのとっかかりに、あなたの命をお使いにならないで、と言いたいのです。あなたはみっともなく足掻くべき人です。首だけになろうが生命にしがみついて、地上で技術を広げることに努めるべきなのです」

 私の中を駆け抜けた烈風が、穏やかな上昇気流に変わるのを感じる。そっちは私が本当に行きたい場所ではないのだけれどね。心地良いものを感じたのは確かだ。

 「自ら閉じこもることで誰よりも自由であれ、と。忠告痛み入るよ、お嬢様」

 「そうやって、いつまでもわたくしを子どもあつかいしますの……」

 うむ。久しぶりに聞くサラノイの“お嬢様言葉”は良いものだ。からかってはみるもの。私は懐かしさに目を細める。マルドゥックシティでも有数の名家を飛び出して、男所帯の研究畑にやってきたお嬢様。常人を軽々と越えていく発想力とは裏腹の、このお嬢様力に多くの男たちがノック・アウトされたものだ。

 「なにか感慨に耽っておられるようですが、本題は別にあります」

 ぴしゃり、とやられる。烈風再び。

 「ふぅむ。楽園に問題でも?」

 「いいえ。楽園の外からの案件です。以前から私の研究のために、脳死状態の患者の献体を、市内の病院に依頼していたのですが……」

 サラノイの研究というのは、微細な金属粒を含んだ液体ストレージ(私は密かに“動体金属レーベンラング”と呼んでいる)による人工的な脳神経の構成のことだろう。液体ストレージに含まれた金属粒は電気信号によって精緻な柱状結晶群を形成し、壊死、損傷した脳機能を補完する──そういうテーマだったはずだ。

 「法的な問題が? 親族からやっぱり生きているから返してくれと?」

 脳死した患者には閾域下の意識に、生存の意思を問いかける手法は困難に近い。

 代わりに親族による認可か、あるいは法務局ブロイラー・ハウスからの書面が入り用となる。

 サラは、これにもやはり、首を振る。

 「彼女に親族は見つかりませんでした。法務局に提出する書類も作成済みです。問題は、彼女の状態です。直接的な脳死の原因は溺死。全身に達した第二度の熱傷。大部分の皮膚は剥離しています。私たちに好意的な情報としては、今週のマルドゥック・シティの気温が例年よりもずっと低かったことでしょうか。冷気の中に放置されたおかげで、臓器の壊死は最小限に抑えられています」

 バスタブか何かで、熱湯の中溺れ死んだ、というわけだ。その上、皮膚をひっぺがされて非衛生的な外気にさらされ、悪質な感染症に侵されている可能性まで。

 「私たちは、新しい死体、、を待ったほうがいいんじゃないかね」

 「わたくしは、彼女に対して最善を尽くしたいと思っています。なぜなら、識域下での問いかけに、はっきりと答えたんです。生きたい、と」

 しかし、所詮私は配管工だ。綿密に計画された設計書通りに人体パーツを繋ぎ合わせることに大きな喜びを感じてしまう。患者の生命を救うのは、あくまで副次的なものだ。生命に対して敬虔であれ、とは常に戒めているが、根本的な部分で私とサラは違っている。

 「こんな時こそ、クリストファーの出番ではないかな?」

 「こんな時に限ってあの風来坊──失礼。クリストファーは失踪中ですので」

 そういえばそうだった。サラが上昇気流ならばあの男は乱気流、といったところか。ここにいてもいなくても波乱を巻き起こす。

 「いいだろう。クリストファーが培養した複合感覚細胞のシートがあったはずだ。そいつを皮膚に移植してみようじゃないか」

 クリストファーの技術と、サラノイの技術を繋ぎ合わせる。そういう動機付けならやる気も出よう。配管工の腕の見せ所、というわけだからな。

 「まだ、死体、、の名前を聞いてはいなかったな。彼女、、の名は?」

 「戸籍情報無し。該当する年齢の半年以内の失踪者に一致する特徴も無し。完全な身元不明の死体、、です。このままでは」

 ──なるほど。経歴はまったくの白紙ペーパー、というわけだ。


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『was wised』 木村浪漫 @kimroma

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