第10話 鉄工業の町イデュリア
異世界に来てから二日目、ようやく目標の町も馬車で一時間程の距離となった。
何とか鉱山を登って今降りている最中だが、馬車の旅はなかなか快適であり、盗賊やら魔物やらと遭遇する事はなかった。
魔物には少し興味があったので一目見たかったのは内緒だがの。
しかし、歩かなくて本当によかった。徒歩だと相当きつい道程じゃった……。
今儂達は、馬も相当疲労している為、斜面がなだらかになっている所で最後の休憩を取っている。
休憩時間は一時間。小太りの商人は世話しなく馬の世話や、商品が壊れていないかのチェックをしている。
儂達はというと、約束通りにグライブ達を鍛えていた。
「そんな攻撃、目を瞑ってでも避けられるぞい」
「がふっ」
地面に半径一メートル程の円を書き、儂はそこから出ずに彼らの攻撃を回避していた。
あまりにも隙だらけの甘い攻撃なら、儂は遠慮なく攻撃していた。
これをもうかれこれ三十分以上やっている。
「くそっ、全然当たらねぇ」
グライブは肩で息をしていて、他の二人は剣を杖代わりに地面に突き立てて身体を支えておる。
しかし、彼らはこれでもマシになった方なのじゃ。
最初の頃は十分程度で根をあげておったのに、今では三十分ももっている。
彼らの攻撃には無駄がありすぎた。故に儂は徹底的にダメ出しをして矯正を行った。
無論、二日三日で完璧に仕上がる訳ではなく、継続的に訓練をすれば死なない程度には成長するじゃろう。
それと、せっかく三人いるのだから、連携する事の重要性も説いた。
グライブ達はどうも対人の場合は一対一に拘る部分があった。しかし自分よりあからさまに実力が上で、間違いなく殺されてしまうような場面に遭遇したらどうするかも聞いた。
すると――
「逃げる」
との回答が返ってきた。
それは間違いなく正解なのだが、儂が欲しかった回答は逃げ切る過程じゃ。
なので過程を聞いてみると、魔法を撃ったり煙幕を張ったりして逃げるとの事だった。
残念、これは悪手。
儂のような異世界初心者でも対応出来てしまう程、スキルと魔法は致命的な弱点がある。
その弱点とは、大抵の者は詠唱やらスキルの名前を叫ばないと発動出来ないという点じゃ。
恐らく、相当の実力者なら当然対策を練っている筈。
対策を取られていたら、逃げ切るのは至難の技じゃろう。
故に、この場合の正解は、『相手を取り囲んで負傷させ、満足に走れなさそうな状態にして逃げる』だ。
脇腹か足を深く斬り、痛みで悶えている隙を突いて逃亡。これが味方がいた場合の逃走手順。
儂は《裏武闘》で一度、そのようにして逃げられた事がある。
忘れもしない、タイマンが原則の《裏武闘》にて、いざ自分が負けそうな時に自分の子分を待機させていたのじゃ。
儂がトドメを刺そうとした時、儂は六人に囲まれた。
殺す気満々だったようじゃが、仲間が二人程儂に殺されたら投げナイフで儂の足を攻撃してきた。
まだ若かった儂は回避出来ずにそれを食らってしまい、うずくまった所を逃げられてしまった。
あれは、苦い思い出じゃ……。
一見卑怯に見えるが、生き残る上では間違いなく正解。
基本的に死んだ方が負けだ、生き残れば勝負に負けても人生では勝ち残ったも同然。
じゃからこの三人にも、儂を取り囲んで一撃を与えられるような訓練をしている。
仲間との連携を意識させており、随分と回避しにくい攻撃を仕掛けてくるようになった。これは目に見えた成長じゃ。
この儂も、額から汗が一滴垂れてきていた。
「ふぅ。よし、ここまでとしようかの」
「「「あ、ありがとう、ございました……」」」
「うむ」
やはり対複数人は緊張があり、良い訓練になる。
この若返った身体に慣れるにもうってつけじゃった。
肉体も全盛期になり、しかも我が流派の二つの型をどちらも使える。
うむ、負ける気がしない。
儂が汗を腕で拭っていると、小太りの商人が拍手をしながら話し掛けてきた。
「いやはや、リューゲンさんはお強いですねぇ。毎回彼らとの訓練を見ていて、毎度驚いていますよ」
「有難う。儂の特訓にもなっているし、調度良いわい」
「こんなにお強いのにさらに探求するとは、素晴らしいですね。あっ、先程近くで水が湧いていましたからどうぞ。冷えていて美味しいですよ」
「これはこれは、頂こう」
儂は木で出来た水筒を頂き、口に付けて水を飲み干した。
あぁ、程好く冷えていて、五臓六腑に染み渡る。それに水道から出る水みたいにカルキの味もないから美味い。
商人はグライブ達にも水筒を渡している。
彼らは礼を言って受け取ると、一気に飲み干した。儂よりがっついていて、思わず笑ってしまった。
休憩を終えた儂達は、再び馬車に乗って目標の町を目指す。
儂は周囲に変な気配がないか気を配りつつ、グライブとの談笑を楽しんだ。
しかし特に危険はなく、ついに目標の町を視認できた。
鉱山を下り終わる場所に町はあった。
建屋根辺りから煙が出ている建物が多く、人々の従来が非常に多くて活発な町という印象があった。
町の名前は《鉄工業の町 イデュリア》というらしい。
成程、鉱山の近くの町だから、鉄工業が盛んなのだろう。
話を聞いてみると、この地域の武器生産の半分はこの町で生産されているのだとか。
それ程までに鉄が豊富に取れる鉱山なのじゃろう。
次第に町の入口に迫っている。
儂は異世界で初めての町に入るという事実に、胸を踊らせていた。
だが、水を差してくる声がした。
グライブだ。
「リューゲン、まずはその髭なんとかしろよ。何かみすぼらしいぜ?」
「む」
そっか、若返ったら黒い髭なんてみすぼらしくなってしまうわな。
むぅ、結構お気に入りじゃったのだが……。
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