第11話 行動開始
儂はグライブからナイフを借り、肌を傷付けない絶妙な力加減で髭を剃った。
馬車の中だからそのまま剃ると馬車を汚くしてしまう為、自分の上着を脱いでその上に剃った髭が落ちるようにした。
さらばじゃ、我が髭よ……。
鏡を借りて綺麗に髭を剃り落とした。
長年の付き合いである髭と別れを告げたのは寂しかったが、二十歳位になった儂には髭は全く似合っていなかった。
しかし、みすぼらしいと言われた風貌は、自分で言うのもなんじゃが整った顔付きだった。
まぁ、絶世の美女であった絹代さんを一目惚れさせたこの男前の顔には、少し自信があったがの。
艶はないがきちんと整っている黒髪、何の手入れもしていないから太めの眉毛、全てが黒い毛だ。
(本当に儂は、若返ったのじゃなぁ)
改めて実感した。儂は肉体共に若返ったと。
「いやぁ、リューゲン。お前相当な色男だったんだなぁ。ビックリしたぜ」
「ふふ、そうかの? まぁ知っていたがな!」
「おうおう、調子に乗っていやがるぜ」
調子に乗らせて欲しい、気持ちまで若返ったようで気分が最高にいいのじゃからな。
儂は上着の上にあった髭を馬車の外に放り投げ、何度か叩いて上着を着た。
日は高いというのに、若干肌寒い。
この世界では今は冬に入る直前なのだろうか?
「では、今から町に入りますよ」
小太りの商人がそう言ってきた。
儂とグライブは「わかった」と返事をした。
ついに、異世界では初の町に入る。
どんな町なのか、とてもワクワクする。
本当に心まで若返った気分じゃった。
儂とグライブを乗せた馬車、そして残り二人のグライブの仲間が乗った馬二頭は町の門前に止まった。
よくある検問じゃろうな。
「ようこそ、イデュリアへ。本日の目的は?」
馬車から顔を出して見てみると、鉄の鎧に身を纏い槍を持った兵士風の男が、商人に対して話し掛けていた。
「お疲れ様です。町長様からご注文頂いた商品を持って参りました。こちらが証明書で御座います」
「拝見します。…………はい、問題ありませんね。他の方は同行者ですか?」
「はい、冒険者ギルドで雇った護衛の冒険者で御座います。残りの一名は旅をしている者です」
「成程。では、冒険者の方々と、旅をされている方は身分証をご提示下さい」
み、身分証!?
儂はそんなの持っておらんぞ!?
急な事態にあたふたしていると、商人が解決してくれた。
「実は彼、世捨て人でして……」
「ああ……。それだと身分証をお持ちではないですね。となると、町へ入るには後見人が必要となります」
「では、私がなりましょう。実は彼に命を救われまして、命の恩人なのです」
「ほほう、世捨て人なのに相当の実力者なのですね! では皆様、一度詰め所に来ていただいて宜しいでしょうか」
「勿論で御座います」
兵士風の男に誘導されながら、儂達は町の中へ入った。
うぅむ、儂のせいで商人に手間を取らせてしまったな。
儂は商人に対して「すまぬ、恩に着る」と伝えると、
「命を救って下さったんです、これ位はさせてください」
と、笑顔で返してくれた。
うむ、この男を救ってよかった。本当に心からそう思う。
町の入り口を通り抜けてすぐに詰め所が立っており、儂達は馬車から降りてそこに入る。
兵士風の男はにこりと笑い、書類を差し出した。
「では、こちらの項目をお読みになって、サインをお願いします」
儂は書類を見てみるが、案の定何が書いてあるかさっぱりだった。
困った顔をしていると、兵士風の男ははっと何かに気付いた表情をする。
「失礼しました、貴方には読めない文字でしたよね」
「ああ、すまんの。儂らが使っていた集落だと、このような文字を使っておらなんだ」
「そうでしたか。では私が読み上げますので、問題なかったら集落の文字でいいのでサインを下さい」
「承知した」
兵士風の男は、やけに丁寧な口調だった。
まるで接客業に精通していそうな程物腰も柔らかく、威張った雰囲気は一切出していない。
「では一つ目、この町で犯罪を犯した場合、何処の国、何処の所属であろうと町の法律によって罰せられます」
「うむ、具体的な犯罪とは?」
「理由なき殺人、強奪、詐欺、強姦ですね。私達兵士が見回っていますので、何かあったらすぐに声を掛けてください」
り、理由なき殺人って……。
理由があったら殺してもいいのかの?
正当防衛とかかの?
とりあえず聞いてみたら、その通りだった。
「二つ目、この町で仕事をする場合、事前に役場で身分証を取得してください」
「了解した。身分証を取得する条件はあるかの?」
「そうですね、魔道具で犯罪歴があるかどうかを判定します。問題ないようでしたら、全世界で通用する身分証を発行致します。発行には一日を要しますので、そちらはご了承ください」
「了解した」
犯罪歴か。
儂は儂の世界で結構人を殺しているのだが、そこは判定外である事を願おうかの。
「では最後の三つ目、身分証を無くされた場合、発行に銀貨五十枚が必要となります。なので無くさないようにしっかりと管理をお願いします」
「うむ、あいわかった」
銀貨五十枚が高いのか安いのか判断できぬが、無くさないようにしよう。
まだ儂は収入源が一切ない。故に収入源を見つけるのは最優先であった。
「何か質問はありますか?」
「いや、今のところないの。思い付いたら都度質問していいのかえ?」
「勿論、大丈夫ですよ」
「かたじけない」
「はは、若いのに老人みたいな口調ですね」
まぁ元老人じゃからの、なんて言える訳がなく、笑ってごまかした。
儂は漢字で自分の名前を記入し、その後商人がサインをした。恐らく自分の名前を書いているのだろうが、文字が読めぬ。
もしかしたら、収入源を確保する前に、文字を覚えた方がいいのかもしれぬな。
「はい、サインを確認しました。えっと、名前、なんて読むんですか?」
「おっと失礼、斎藤 龍玄。姓が斎藤、名が龍玄じゃ」
「リューゲン・サイトーさんですね。リューゲンさん、もし貴方が犯罪を犯した場合、後見人である彼も同罪として罰せられます。お気をつけください」
「うむ、気を付けよう」
「それでは、改めてようこそ、鉄工業の町イデュリアへ! 楽しんでいってください」
グライブ達も身分証をさっと見せ、兵士風の男が「どうぞ」とすんなりと通してくれた。
うむ、これは身分証もしっかり獲得せねばいかんの。
儂達は詰め所から出る。
馬車の中では気が付かなかったが、この町は活気に溢れていた。
所々から金属を打ち付けている音がするが、それに負けない位露店の主が声を張り上げて店をアピールしている。
往来している人々も活力に満ちている表情をしていて、鉄を運んでいる者や子供と手を繋いでいる親子、品定めをしている客などが忙しなく動いている。
皆生き生きとしているな。
さて、この町について紹介しよう。
このイデュリアは、儂達が越えてきた鉱山から出てくる鉄を加工し、武器や鎧を生産する要所なのだそうだ。
鉱夫もたくさん働いており、生産した武器などを買い付けに訪れる商人も多い。且つ鉱夫は家族連れが大半らしく、町としての人工も多いのだとか。
そこに目を付けた露店商人は、チャンスとばかりに大通りの両端を埋め尽くさんとする勢いで露店を開いた。それが賑わっている理由とも言える。
良い武器職人も結構な人数が暮らしている為、国はここの守りを厳重にしている程重要な町としていた。
あの兵士も、ここに常駐している兵士も、王都から派遣されてきているのだとか。
(ふむ、ここが生産部分で重要な拠点である事は理解できた。国とか王都って単語が出てきたが、それは後回しにしよう)
今は特に知る必要がなさそうだしの。
とりあえず儂は、目の前の事から順番に片付ける事にした。
一人考え事に耽っていると、グライブが話し掛けてきた。
「そういえばリューゲン、お前金持ってるのか?」
「いや、持っていない」
「じゃあどうするんだ、寝床は」
「ん~、野宿にしようかと考えておるよ」
《裏武闘》に身を置いていた儂は、その時から野宿で過ごす事が多かった。
故に、一通りのサバイバル知識は身に付けている。
魔物という不安要素はあるが、金がないのだし我慢して野宿するしかなかった。
むぅ、やることがたくさんあるな。
すると、商人がまたもや助けてくれた。
「でしたら、今回助けてくれたお礼として報酬を出しましょう」
「いやいや、そこまでしなくても」
「いや、あの《赤鬼盗賊団》を倒して下さったのです、対価を支払わないのは商人として最低の行為になりますから」
商人は財布を取り出し、そこから何かを取り出して儂の手に握らせた。
見てみると、金色に輝く金貨一枚だ。
これが高いのかどうかわからんから、否定する理由も引っ張り出せない。
「むぅ、では有り難く頂く」
あまり納得はいかないが、貰った金貨をポケットにしまった。
今の儂ではグライブ達や商人と別れるのは不味い。
それなりに知識を得るまでは、行動を共にした方がいいじゃろう。
「お主達はいつまでここにいるつもりじゃ?」
「俺達は依頼主に付き添うだけだから、彼に聞いてくれ」
視線を商人にやると、手を顎に添えて考える仕草を見せ、答えた。
「そうですねぇ、とりあえず三日と予定はしておりますね」
三日か。
この三日間で一人でこの異世界を渡れる、最低限の知識を仕入れる必要がある。
うむ、儂のやる事は決まったな。
一.金の価値を見定める。
二.この世界の文字を習得する。
三.この世界の事を知る。
四.優先度は低いが、強者が集まる場所を聞く。
今のところはこれを目標に行動しよう。
時間は有限じゃがたっぷりある。出来る事を一つずつ潰していこうではないか。
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