第7話 情報収集
「本当に、本当にありがとうございました!」
「いや、なんのなんの。ただ通りかかった次いでじゃし、そこまで頭を下げんでええ」
「……次いでで《赤鬼盗賊団》を退治してしまうとは」
異世界でのデビュー戦が終わった後、馬車の中に隠れていた商人風の小太りな中年男性にひたすら感謝された。
儂としては助けたかったのもあるが、一番の目的は異世界の戦闘を体験する事だったから、礼を言われるのも違う気がしてならない。
「いやぁ、助かった。ありがとうな」
傭兵の男が話しかけてきた。
生き残った三人の中で一番体躯が良く、目につく大剣を背負っていた。
「感謝は充分貰っているから、それ以上はええわい」
「ははっ、何かジジ臭い喋り方だな!」
「いや、正真正銘の爺じゃて、おかしくなかろう?」
「……?」
「…………え?」
何じゃ、その反応。
いやいや、どっからどう見ても儂は爺じゃろうて。
「あんちゃん、本気で言ってるか?」
「あ、あんちゃん!? いやいやいやいや、儂はそこまで――」
よく分からない状況で混乱しつつ話していると、商人が割り込んでくる形で鏡を儂に見せた。
「何処をどう見ても、お爺さんではないですよ?」
鏡に映っていたのは、黒髪で二十歳位の頃の儂の顔だった。
ただし、自慢の白髭すら黒くなっており、放浪者っぽく見えてしまっておる。
というか、若返っている!?
「な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
儂の脳内で、懐かしい某警察ドラマのオープニング曲が流れた。
そ、そう言えば、服を着替えている時に手のしわがなくなっているなぁと思っていたが、まさか二十歳位まで若返っているとは思わなかった。
あの真っ暗な空間で身体が軋むような痛みがあったが、肉体が若返っていたからだったのだろう。
儂、夢を見ているんじゃないだろうか?
「しかしあんちゃん、若いのに滅法強いな!」
「あ、ありがとう」
若返った儂は、口調をどうしようかと考え、長年癖がついた爺口調を意識的に抑えて話している。
意外にしんどい。
現在儂は、商人の馬車に乗せてもらい移動している。
行き先は儂と同じ場所だったのじゃ。
詳しく聞いてみると、歩きだと四日間程掛かる距離なのだそうだ。
絹代さん、地図だとそんなに遠くない距離だったと思うのだが?
しかも町は鉱山を越えるらしく、馬車でも二日掛かる距離なのだとか。
「……あんちゃん、無理に口調変えなくていいぜ? 変な汗出てるぞ?」
「そ、そうかえ? なら、お言葉に甘えさせてもらおうかの」
「しかし変わった人だなぁ。若いのに爺口調なんてさ」
「ま、まぁ儂の育ての親がそういう口調での。癖が付いてしまったのじゃ」
この目の前にいる男の名は、《グライブ・ハーフランド》と言う。
よく物語で出てくる冒険者という職業のようで、五人パーティで行動をしていたそうだ。
グライブがリーダーで、他の四人は彼を慕って手を組んだそうなのだが、その内二名は先程の盗賊の襲撃で死んでしまった。
馬車に乗り込む前の話になるが、死んだその二人を埋葬するのを手伝った。
それに関してもグライブから感謝され、一気に打ち解けたのじゃ。
グライブ以外の生き残った二人は、馬に乗って馬車を挟むように護衛している。グライブと儂は、何かあったら馬車から飛び出せるように準備している。
さて、この世界の冒険者は、基本的にダンジョンに潜ってそこに眠る秘宝を持ち帰って金に変える仕事らしい。
では何故商人の護衛をしているのかというと、ダンジョン探索も準備の為に金が必要らしい。
そこでこのように他者から依頼を受けて報酬を貰い、その金で生活費もそうだが探索に必要な物品を購入するのだとか。
儲かるのかと聞いてみたら、競争率は激しいが当たったら大金が手に入るのだとか。
冒険者はそのロマンを求めて、実力も付けつつダンジョン制覇を夢見ているのだそうだ。
成程、確かに冒険者じゃなと儂は思った。
夢馳せ、それを叶える為に生きている彼らは、人生を冒険している。
ダンジョンの話をしている時のグライブの眼は、まるで子供のようじゃった。
うん、この男は非常に好ましいの。
このまま目的を見失わずに進んでいけば、何かしらの成果を残せるじゃろう。
「そう言えばあんちゃんの名前を聞いていなかったな。何て言うんだ?」
「そうじゃ、自己紹介はまだじゃったな。名前を聞いておいてすまぬ。儂は斎藤 龍玄と申す」
「サイトー・リューゲン? なかなか聞き慣れねぇ名前だな。リューゲンが姓か?」
「おっと、失礼。斎藤が姓じゃな。名は龍玄と言う」
「リューゲンね、了解。町までの短い間だが、宜しくな!」
「儂の方こそ宜しく頼む。《世捨て人》故、分からぬ事だらけじゃ。色々教えて欲しい」
「いいぜ! その代わり戦い方を教えてくれ。リューゲンは間違いなく俺らより強いからさ!」
「勿論じゃ」
ここで《世捨て人》について説明しよう。
《世捨て人》とは、この異世界の社会を見捨て、人目の付かぬ所でひっそりと暮らす人の事を言うそうだ。
この世界は基本自衛する事になっており、それぞれの町には自衛団だったり冒険者に依頼したりするのだとか。
どうやら魔物もいるようで、襲われたとしても、基本的に国の兵士が守ってくれる事はないのだそうだ。
では兵士の仕事は何か?
王都や国境線の警備、戦争時の戦力、何より王族を守る事が主な業務。
故に人数が足りておらず、それぞれの村に在中させられる程の兵力はないのだ。
その為、基本的に自衛なのだが、そういった国のスタンスに失望した人が何処かに隠れて住むようになるのだとか。
何故儂がその単語を知っているのか?
それは、グライブに色々質問をしたら、「あんちゃん、もしかして《世捨て人》か?」と聞かれたのだ。
どういった者かを聞いた後、儂は瞬時にストーリーを組み立て、「恐らく《世捨て人》の集落だったのじゃろうな、儂はそこで生まれた」と乗っかって言ってみたらあっさり信じてくれた。
こうして、何を聞いても怪しまれない状況を作り出せたのだった。
まっ、偶然じゃがな。
さて、儂は今後どうしようかの?
とりあえず炭鉱の町に着いたら、この世界の見聞を広げよう。
強い相手と戦う事は最大の目的としても、何処に行けば出会えるかすら全くわからぬ。
ましてや地理すらもわからない。
とにかく今は情報が大事じゃ。
儂が思考の海に浸っていると、突然グライブが話し掛けてきた。
「そういえばリューゲン。《アルカナ》がゼロなのに滅法強いな。何かあるのか?」
また分からぬ単語が出てきた。
そろそろ老人の脳みそを虐めるのは止めて欲しい。
あっ、今は老人ではなかった。
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