第6話 天地牙龍格闘術
「どうした? さっさと掛かってこんか」
儂はまだ構えすら取っていないのに、何故か盗賊達はたじろいでいる。
この程度で怯えるなんて、何と程度が低い……。
いや、恐らくこの盗賊達が弱いだけなのかもしれんな。
地球にいた頃の話になるが、儂が《裏武闘》を引退した後、自身の流派を教える為に道場を開いた。
門下生は二十人程度と、ひっそりと運営していた。
今までの経験を活かして表の世界で活躍しようかとも悩んだのだが、結局は止めた。
理由は、血がたぎらなかったからじゃ。
儂は長く命を賭けた戦いに骨を埋めすぎた。故にスポーツとしての格闘技に全く魅力を感じなかった。
別に殺す事が好きな訳ではない。
命を散らすかもしれないあの刹那、相手を倒した時の達成感、そして余裕もない本気の戦い。
最高に高揚した。
だが、ある程度戦闘していく内に、血がたぎる相手が少なくなっていき、五十歳の頃にはついぞ興奮できる戦いが出来る相手はいなくなった。
一番弟子の篤史はいい線いっているが、やはり足りていない。
地球では、一切戦いたいと思う相手がいなかった。
しかし、この異世界では魔法にスキルという、実力差を埋められる不安要素がある。
未知の技術に、今は最高に興奮している。
目の前の相手は強くはないだろう。だが異世界デビュー戦としてはもってこいの相手だろう。
「う、うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
盗賊の一人が儂に向かって走ってきている。
ではお見せしよう、我が自慢の流派、《
儂は左腕を伸ばし、右手を胸から数センチ遠ざけた位置に置いて構える。
両手は拳を作っておらず、掌を相手に向けている。
「はっ!? 素手だと!!」
「ふむ、儂は格闘家なのでな」
「舐めやがってぇぇぇぇっ!! 《
おっ、奴の身体が赤いオーラに包まれた。
スキルを使ったな?
名前からするに、攻撃力強化なのかの?
「うおぉぉぉらっ!!」
ナイフを上段から振り下ろす。
ただし、速度が尋常じゃなく速い。
本来ナイフは、全力で振り下ろす武器ではないが、このスキルのおかげでありえない扱いも通用するのじゃろうな。
まっ、容易く回避出来るがの。
儂は身体を半身にして、余裕を持って回避した。
盗賊は驚いている様子じゃ。
「なっ!?」
「そんな予備動作見え見えな攻撃、あくびが出る程容易く避けられるわ」
世の格闘家は、相手の手や剣を見て回避動作を取っている訳ではない。
相手の予備動作を見て、攻撃を瞬時に予測している。
武術において最速と呼ばれているジャブは、攻撃したと同時に回避行動を取るのは非常に難しい。
故に、ジャブを繰り出す直前の肉体の動作を見て、攻撃タイミングを図っている。
儂は目が異常にいいらしく、判断速度が早い為回避行動も即座に取れる。
そして我が流派は、二つの顔がある。
今は一つの顔である《天龍の型》を使用している。
この型は、自身から攻めるのではなく、相手の力を利用して受け流しつつ攻撃するものじゃ。
拳は作らずに、関節技や掌底をメインとしている。
「シュッ」
儂は振り下ろしてきた相手の手首を右手で掴み、左手で相手の肘目掛けて短く息を吐き、コンパクト且つ威力のある掌底を放つ。
相手の肘は関節が外れる音がして、そのまま曲がってはいけない方向に曲がってしまう。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だが、儂の攻撃は止まらない。
肘を折った瞬間、相手の喉目掛けて右掌底を放つ。
盗賊の喉仏は、儂の掌に押し込まれた瞬間、「ぐっ」と息を吐いた音を漏らした。
そのまま喉を押さえてうずくまってしまう。
まぁ呼吸が出来ないから苦しいじゃろうな。
天地牙龍格闘術、天龍の型が技の一つ、《
天龍は物語などでも存在しない、儂が思い描いた空想の龍。まるで宙を舞う衣のように実体が掴めず、攻撃も当たらないイメージを描いてこの型を作り上げた。
この技も儂の空想から出来たもので、攻撃してきた腕を粉砕し、その隙に喉を突いて呼吸困難に陥れて一時的な行動不能にする。
何気に対多数戦においては重宝する技じゃ。
我が流派は《二撃一死》を信条としている。
素手において一撃必殺は有り得ない。文字通り、敵を素手で一撃で殺す事など不可能じゃからだ。
では二撃一死はどういう事か?
武道には様々な《死》が存在している。
生命を失う死もそうだが、転倒する事も戦いにおいては《死》。
片腕を折られるのも《死》。喉を突かれ呼吸困難に陥るのも《死》。
つまりは、正常に行動出来ない状態は全て死に直結する。
儂は長年命を賭けて戦い、この境地に辿り着いた。
武道での《死》は一つではない。そして一撃で死に追いやるのは不可能。
ならば、二撃で何かしらの《死》を与えればよいではないか、と。
こうして、天地牙龍格闘術が生まれた。
「ふむ、すこぶる身体がよく動くの。技も冴え渡っておるわい」
「う、嘘だろ……。素手で腕を壊した……?」
傭兵の一人が驚いている。
この世界、まさかあまり素手が浸透しておらんのか?
まぁ剣と魔法の世界って言われている程だし、驚くのも無理がないのかの?
「て、てめぇ! やりやがったな!!」
「くたばれぇぇぇぇっ!!」
すると、背後から二人の声がした。
振り替えると、二人の盗賊が儂目掛けてナイフを突き出そうとしている。
背後からの奇襲、戦いにおいては常套手段。
じゃが、声を出すべきではなかったの。
儂はまず、二人の攻撃を瞬時に観察する。
どちらの攻撃の方が、儂に対しての攻撃が早く届くかを判断する為だ。
結果、左の盗賊の方が僅かに早いと確認できた。
そこで儂は、さらなる技を放つ。
「死ねぇぇぇぇっ!!」
左の盗賊が、ナイフで儂の顔に突き立てようとしている。
ナイフを持った右腕が徐々に真っ直ぐになっていく。
儂は伸びきる直前を狙っていた。
儂は短く息を吐き、左手でコンパクト且つ鋭い掌底を放ち、敵の肘より下部分を叩く。
すると奴が放った攻撃の軌道は変わり、ナイフの先端は儂に対してではなく、隣にいた味方である盗賊の右目に深く突き刺さる。
「あがっ!?」
「…………えっ?」
左の盗賊は何が起きたのか、ようやく理解した。
そして何でこうなったのか全くわからないといった感じで、呆けた顔をしている。
儂はそんな奴に追撃を掛ける。
「っ!!」
儂は奴の顔面を掴み、右足を奴の足の後ろへ置いて、盗賊の頭部を力一杯押す。
すると奴の足は儂の右足に突っ掛かり、後方へ倒れ込む姿勢になった。
そこで儂は体重を乗せ、敵の後頭部を地面に向かって叩き付けた。
落ちていた拳大の石目掛けて。
ゴシャと石が後頭部の骨を粉砕し、貫いた音がした。
盗賊の身体は一瞬びくんと跳ねた後、そのまま動かなくなった。
後頭部からは血が溢れてきていた。
これも天龍の型の技である《
儂が想像した天龍は、身体の周囲に暴風を纏っている。
攻撃を繰り出しても、凄まじい暴風によって軌道を変えられてしまう。しかもその暴風は天龍の思うがままに動かせる。
天龍は己の牙や爪を振るう前に、攻撃の軌道を暴風によって自在に変え、味方同士で討ち合うように仕向ける。
そうして生まれたのが、この技だ。
多人数に囲まれた際に、瞬時に攻撃を見極めて掌底で自在に軌道を変える多人数戦闘向けの技なのだが、今回は力が入りすぎたのか、喉を狙ったのじゃが目に刺さってしまった。
ふむ、異世界に来てから力が有り余る。
この技の重要な点は二撃目。
我が流派は、一つの技にも細かい分岐技が存在する。
今回の《天風》の二撃目に選択したのは、《撃》。つまり即死技である。
《天風》には他にも分岐技が存在するが、その時に披露しよう。
ナイフが刺さってしまった盗賊の方を見ると、地面に倒れて事切れている様子じゃった。
本来なら確実に死を与える為に首を折るところじゃが、今はいいだろう。
「て、てめぇ……」
後方からひしゃげた声がする。
振り返ると、喉を押さえて苦しそうな表情を浮かべてナイフを儂に向けてきている、最後の盗賊だった。
喉を掌底で突いたせいか、声帯を痛めてしまったらしい。
ご愁傷様である。
「こ、ろす……! あ、くせ、る!」
恐らくスキルの名前を言ったのだろう。
確かアクセルとやらは、動きが異様に速くなるスキルじゃったな?
というか、この世界の住人は、わざわざスキルの名前を言わないと発動出来ないのかの?
繰り出す技の種類が判別出来て、対策しやすいのじゃが……。
敵の身体がオーラを纏う。
そして、人間とは思えない速さで儂に向かってくる。
「あぁぁぁぁぁぁあああああぁあああ!!」
ひしゃげた声で絶叫して、喉をさらに酷使してどうする。
今後喋れなくなったらどうするつもりなんじゃ?
ま、今後を与えるつもりはさらさらないがな。
一直線で儂に向かってくる敵の攻撃は、至極読み易かった。
突進に乗せた胴体目掛けての突き。
儂は半身になって回避した瞬間、奴の顔面に右掌底をぶち当てた。
尋常ではない突進力が乗っている状態で顔面に一撃を貰ったのだ、恐ろしい程の打撃になっているじゃろう。
奴の鼻は潰れ、穴から血を出しながら仰向けで地面に倒れる。
悶絶する隙すら与えない。
転倒した瞬間、儂は右足を上げ、奴の喉目掛けて勢いよく踏みつけた。
首の骨が折れた音がしたと同時に、盗賊の口から血が吹き出て、目を見開いた状態で絶命した。
これも天龍の型の技、《逆風》。分岐技は《圧》。
天龍が纏う暴風は、時に立ち向かってくる敵に対して向かい風になる。
しかも常にではなく、一番速度が乗っている時に瞬間的に繰り出すのだ。
身体は吹き飛ばされ転倒する。そして暴風は転倒した者に対しても向かい風が吹く。
まるで地面に叩きつけているかのように圧力が増す風は、やがてその者を押し潰して殺す。
これが《逆風・圧》。
特に突進してくる相手に対して繰り出す技で、当たり所が悪ければ初撃目で首を折ってしまう。
とにかく、デビュー戦は難なく勝利を収められた。
相手は大した事はなかったが、思い通りに技を放てた喜びに身体が震えていた。
何を隠そうこの天龍の型は、身体の衰えで力を震えなくなってきていた時に、相手の力を利用して倒す方法を思い付いて生まれた型だったりする。
それでも歳を取る毎に使用できない技が増えてきて苦汁を飲んでいたが、今は全ての技が放てる気がする。
「……ありがとう、絹代さん。最高の贈り物じゃ」
儂は、右拳を天に向かって突き上げた。
天国にいる絹代さんに、見てもらうかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます