【AC1212】ドラゴンテイマー
きっかけは、デイミオンの無神経な贈り物だった。
長いつきあいの副官ハダルク――現在は義理の親族でもある――は、その冬至節の贈答品を前に常になく不快をしめした。つい昼ごろの出来事である。
夫婦の寝室にて。
「まさか、ハダルクがあんなに怒るとは思わなかったんだ。『あなたの悪趣味にはつきあいきれません!』だとさ」
デイミオンは
「あまり値が張るものをやると、かえってあいつの立場が悪くなるだろう。それは前に失敗したことがあるから、今回は気軽なものにしたんだが……」
「気軽なって……、例の、夫婦生活の小道具とかいうやつでしょ? 革の手錠だの媚薬だの」
リアナはあきれたようにため息をついた。夫同様、就寝の準備をしているところで、寝間着の襟から亜麻色の髪を抜いて背に流した。
「そりゃあ怒って当然じゃないの? あなたのお遊びにつきあってくれるひとばかりじゃないのよ」
「氏族の常識はよそでは通用しないというが、本当だな」
デイミオンは男性らしい直線的な眉をひそめた。「……エクハリトスの男なら喜ぶのに」
「それもどうかと思うわよ。あなたたちエクハリトスの男って、本当にデリカシーがないんだもの」
「そんな言い方をすることないだろう」むっとして返す。「俺はただ、良かれと思って……」
が、妻の反応は冷たい。
「ほらまた。自分がいちばん正しいと思ってるのよね。そういうとこがイヤ」
「自分がいちばん正しいって……」
デイミオンは憮然としてくり返す。「そんなにお高くとまっているように見えるのか、俺は」
「そのハンサムなお顔を鏡に映してごらんなさいよ。いまいましいサンディにそっくりだから」
「俺はあんな腑抜けた優男じゃないだろう!?」
あまりの言い草に、目を見ひらいて反論する。「視力が落ちたんじゃないのか?! よく見ろ! しっかり確認しろ!」
ずかずかと近寄って、おそろしく整った顔をぐっと近づける。高いがすっきりと細く通った鼻筋、日焼けした肌を引き立てる淡青の瞳、彫刻のように完璧な口もと……。ところが妻はうっとりするでもなく、冷ややかな手で彼の頬をはさんだ。「ハダルクにちゃんと謝らないのなら、冷たいベッドに寝てもらうことになるわよ、うぬぼれやの旦那さま。寝室ならほかにもあるんですからね」
「うぐっ……」
♢♦♢
「本当にあの方は、趣味が悪い」
ハダルクは、物置にしている部屋の一角でぶつぶつと悪態をついた。手には、例の詰め合わせをつかみ、困惑をこめてにらみつけているところ。仮にも国王からの下賜品、むげにするわけにもいかないのが腹が立つ。こんなものをグウィナに見られては……早くどこかに隠さないと……
「まあ、ハーディ、ここにいらしたの」
どうやら、彼のこころみは遅かったらしい。明るい声とともに、妻が物置に入ってきた。
「グウィナ。なぜここに」
自宅で妻と顔をあわせて「なぜ」もないだろうが、混乱していたのである。グウィナはいぶかしむでもなく、にこにこと答えた。
「そろそろ、いただいたもののリストを作ろうと思って。お返ししないといけないでしょう」
「そ……そうですか。それなら、私も手伝いますから、居間へ行きましょう」
妻の背に手をあてて部屋から出ようとするが、グウィナは目ざとくそれを発見してしまった。
「あら? この包み紙は
「これは……」
ハダルクはあわてて包みの前に立ち、妻の目から不埒な贈り物を隠した。「たいしたものじゃありません。あなたが確認するようなものでは……」
「まあ」
グウィナはなにを察したのか、あいかわらず笑顔のままだ。「どうせ、デイでしょう。サンディならセンスがいいから、あなたがそんな顔をするはずがないし。ヒューのはもう開けてしまったし」
「それは……」
「んふふ、あの子ったらなにを送ってきたのかしら。あなたにそんな顔をさせるなんて」
しゃがみこんで包み紙を開けはじめた妻を前に、ハダルクは顔をおおった。このあとに、いったいどんな修羅場が待ちかまえているかと思うと……。
♢♦♢
翌日。
寝不足の身体に、朝の定例報告がうらめしい。だが仮にもたたきあげの竜騎手、ハダルクは普段どおりをよそおって国王の前に立った。
「あー、ハダルク」
美貌の国王は、なにか気まずそうに咳ばらいをしてから、おもむろに切りだした。
「贈り物の件は、その……悪かった。身内の冗談だが、悪趣味だったな」
「陛下……」
ハダルクは、昨夜の出来事も忘れて思わず目を見ひらいた。
最近のデイミオンは、以前では考えられないほど率直に謝るようになった。そのことに驚いていたのである。
(これも、リアナさまのご功績だなあ)
昨日の一件を王配殿下に愚痴まじりに語り、みごと説き伏せられている様子が目に浮かぶようだ。
エクハリトスの嫁はみな「ドラゴンテイマー」と呼ばれている。雄竜たちを手なずけ、高慢な美男子を貞淑な夫にしつけなおしてしまうのだ。ヒュダリオンがいい例だ――そしていま、デイミオンもその列に加わろうとしている。
一方で、エクハリトスの女はまさに竜そのもので……妻のことを思ったハダルクは、そのまま昨夜の
箱の中に整然と並んでいたのは、革製の手錠に、緊縛用ロープ、クリスタルガラスでできた張形……目をみはるほど美しく、そしていかがわしい品物だった。それを目の前にしたグウィナは、「あらまぁ」と淡青の目をまばたかせた。ハダルクの予想外だったことに、妻は頬をほのかに赤らめて、「せっかくだから、使ってごらんになる?」と言って……もちろんそんなつもりはなかったが、彼女がそう言うのならということになって……ああ、まさかあの妻があんなふうに乱れるなんて……。
「ハダルク? どうした?」
「いえ。それは……いいんです」
ハダルクは回想をふりきるように首をふった。「私もおとなげないことでした」
「よかったのか? リアナにはずいぶんきつく言われたんだが」
「たまには。たまには、ですよ。夫婦のあいだに多少の刺激も必要でないことはない……とは……」
「そうだろう」
デイミオンはぱっと顔を輝かせた。「いや、やはりおまえも、わが氏族のひとりだな。話がわかる」
「で、どうだったんだ、あっちのほうは?」
端正な顔で堂々と卑猥なことを尋ねてくる王に、ハダルクは顔をひきつらせた。「……あなたというかたは……。やはり、悪趣味ですよ」
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