【AC1214】婚約の贈り物
「よしっ」
南部領主エサル公の従弟ザックは、仕上がったばかりの小物入れに満足して額の汗をぬぐった。
木彫りのオルゴールボックスは、フラニーの好きな女王ユリの意匠がほどこしてある。そこに、南部領主家をしめす伝統的な歯車模様を、ごく控えめにあしらった自信作だ。大柄で無骨なザックの印象に似合わぬ繊細な図柄が、精緻に再現されていた。あとはこの箱にオルゴール機巧を入れれば完成で、そちらはすでになじみの工房に手配してあった。
ザックは先日、婚約の贈り物について、しきたりに詳しい親友サンディに助言を求めていた。
「あまり若いうちの高価な品物は野暮と言われる。僕たちの年代なら手作りの品……女性からは刺繍のハンカチ、男性からは木彫りの小物なんかが定番だな」というのが、サンディの返答だった。こういうところにはそつのない男なのだ。
「そうなのか。参考になる。ありがとう、サンディ」
ザックは拳をにぎり、野生的な美貌にやる気をみなぎらせた。「よーし、おれはやるぞー!」
「まあ、おまえの家系は脳筋に見えて手先は器用だからな。なんとかなるだろう」
が、サンディは眉をひそめ、考える様子になった。「むしろ心配なのはフラニーのほうだな」
このようなやりとりがあったのが、先月のことだった。
完成した品物を先に友人たちに見せてみたところ、評判は上々だった。ロールもサンディもつねになく称賛してくれたので、ザックは胸をなでおろした。
「オルゴールのほうはいいが、なんでハンカチまでここにあるんだ?」
婚約式に必要な縁起もののなかから、サンディがそれをつまみあげた。「もうフラニーからもらったのか?」
「あ、違うんだ、それは」
ザックは笑顔のまま答えた。「おれが刺したやつなんだ」
「おまえが? 刺繍を?」
サンディは興味深そうにハンカチをひろげた。オルゴール同様ずいぶん凝った図案で、ユリと化粧道具があしらわれ、クリーム色にブルーがアクセントになっていた。タマリスの小間物屋に並んでいてもおかしくない出来栄えだ。
「うん。刺繍なんて難しそうだし、フラニーが心配になってさ」
ザックが答えた。「どんなもんか、おれもやってみようと思って。けっこう難しいんだな、仕上げるのに半月くらいかかったよ」
「なぜそんなことをする必要がある? あいつに渡さないなら、ムダになるのに」
「いやあ。そうなんだけど」
照れてぽりぽりと頭をかくザックの肩を、ロールが優しくたたいた。そして、やんわりと忠告する。「よくできてるけど、これは……フラニーには渡さないほうがいいと思うよ」
このオルゴールなら婚約の品として間違いなし、と太鼓判を押してやると、ザックは上機嫌で帰っていった。
「言わなくて正解だったよな? フラニーのハンカチを見たってこと」
ロールの言葉に、サンディがうなずく。「あれはひどかったな。作品名をつけるなら『花虫竜の断末魔』ってとこだ」
「そう辛辣になるなよ、友だちだろ」
ロールがたしなめる。「私だって、イカの塩辛の図案かな? とは思ったが」
「おまえもたいがいひどいぞ」
ふたりの男は顔を見あわせて苦笑した。フラニーは座学でも竜術でも三人の男をしのぐ優秀さをみせるが、いかんせん刺繍の才能にめぐまれていない。彼らの評価としては、上王リアナより多少マシという程度だが、一生懸命な本人の様子を見ると指摘するのもはばかられるのだった。
「まあ、どうせあいつは、刺繍の出来栄えなんか気にしないだろうからな」
「違いない」
結局、めぐりめぐってこのハンカチはフラニーの手に渡ることになるのだが、それはまた別の話。
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