アドベント企画2020
【AC1201】おまえは冬に生まれた
平和な隠れ里の、ある冬の夕暮れ。
洞窟住居の入口からそろそろと入ってきたリアナは、仁王立ちした養父に出迎えられることになった。
「こんなに遅くなるなんて、聞いてないぞ……しかも、ケガしているじゃないか!」
イニはそう言うと、もっとよく確かめようとしゃがみこむ。「こんなに泥がついて。だから、ウサギ狩りなどやめておけと言ったのに」
「すみません。
リアナの背後で恐縮しているのは、狩りのあいだ彼女の面倒を見てくれたパン屋のロッタだった。「うちの子たちと、上手に追いこんでたんですけどね。撃って捕まえたウサギのほうに走っていこうとして転んじゃって」
「この子の立場を、知らないわけじゃあるまい」イニはけわしい口調でロッタをにらんだ。「とにかく、この子がどんなにせがんでも、もう狩りには参加させないでくれ。心配し過ぎて寿命がちぢむよ」
ロッタが帰って、食事の時間になっても、リアナはまだぶすくれたままだった。くどくどとお説教されているあいだも無言で頬をふくらませている。小さな鼻にしみじみと皺をよせ、脂身を碗のはじに追いやった。「これ、きらい」
「脂身を入れると、汁が冷めにくいんだよ。食べないなら寄こしなさい」
イニはあきらめたように言い、自分のさじで脂身をすくって碗にいれた。「音に聞こえた貴公子が、子どもの食べ残しを食べる生活になろうとは」
「きこうしってなに?」
「王子さまという意味だ。おまえはまったく、さっきまでぶすくれていたくせに、自分の興味があるときだけしゃべるんだから」
「王子さまって、イニの絵本にでてくる? 女王さまにきゅうこんしにきた?」
リアナは急に興味をひかれた顔になった。「びらびらした服を着てるんじゃない?」
「そうじゃない王子さまもいるんだよ。しゃべってもいいが、ちゃんと食べなさい」
「イニが王子さまって、へん」
リアナは子どもらしい残酷なことを言い、イニにため息をつかせた。
「それにしても、急にウサギ狩りなんて……。どういう風の吹きまわしだ?」
「エリクが、『おまえはもらわれっこだから小さいんだ』っていったから」
リアナは悪童の顔を思いだしたのか、かわいい眉をぎゅっと寄せて怒りをしめした。「ばかにする。足も遅いって」
「おまえ、あれより速く走られたら、私はどうやって食べこぼしを服につけたおまえを捕まえればいいのかね? いまでもイタチのようにすばしっこいくせに」
あきれた顔で言うが、子どもは不機嫌そうな顔のままだ。それで、イニはつけ加えてやった。「竜族の子どもは成長がまちまちだから、気にすることはない。それに、おまえは冬生まれだからな」
「わたし、冬生まれなの?」
「なんだ。じゃあなぜ、『雪多し』の十二日にごちそうを出すと思っていたんだ、おまえは?」
「もうすぐ食べれる? あと何日?」
リアナは急に自分の誕生日に興味を持ったようだった。
「暦を見……いや、見なくていいから食べなさい。いまは『雪多し』の七日目だから、あと五日だな。ロッタに祝い料理を頼まねば」
「ロッタのシェパードパイ!」
子どもは喜色満面で叫んだ。「りんごとブラックベリーのパイ! アーモンドがかかってるやつ」
「はいはい」
イニは子どもとの会話に疲れた大人特有の生返事をし、食べ終わった碗を下げる作業に集中した。「さあ、食事がすんだら早く寝なさい。明日は風呂に入るからな」
「えー、お風呂やだ! さむいもん」
「ミノムシのようにうす汚くしていても私はかまわんが、女王さまがそれでいいのかね?」
「わたし、女王さまじゃないもん、へいきだもん」
「いつか、私の助言を心からありがたく思う日が来るだろうよ、小さな女王さま」
予言めいた言葉に目をまばたかせている子どもに溜飲を下げ、イニは子どもを食卓から追いたてた。リアナは大人用の食卓椅子から苦労して下り、暖炉前の一番暖かい場所を占拠しようと熱心に敷布を引っぱってくる。……彼女を迎えたときに入口から見えた空には、雪がちら見えていた。今夜はもう一枚毛布を出そうか。
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