【AC1203】冬の朝

 ふたりの冬の寝室は、居住区の南はじの、日当たりのいい場所にあった。もとはサンルームとして使われていた小さな部屋だ。あくまで主寝室にくらべて、というただし書きはつくが。

 部屋は鍵穴のような形をしていて、奥が円形の張り出し窓。その円形部分が寝台で、矢羽張りの寄木の床より二段ほど高くなっている。天蓋はないが、円のすぐ手前にカーテンがかかるようになっていて、そこを閉めると窓とベッドしかない小ぢんまりした寝室ができあがる。里の洞窟住居にも似た狭い空間が、冬には心地よく感じられる。三方を窓に囲まれた見晴らしの良さも魅力だ。

 部屋にあわせた円形の寝台は、夏のものよりいくぶん小さい。毎晩、寝る前にはクッションを脇にどけなくては狭く感じるほどだ。

 その狭い寝室を、さらに狭くする男が、隣に眠る夫デイミオンだった。

 

 小麦色の固くなめらかな肌が目に入る。太い首やのどのくぼみの、その見慣れた角度。大きな体から発せられる熱は、夏にはちょっぴりうっとうしいが、冬にはこのうえなくありがたい。

 ずいぶん、早く目を覚ましてしまったらしい。まだ女官も入っておらず、部屋は寒々としていた。冷えた足先を夫のふくらはぎにおしあてると、とろけそうな温かさだった――

「俺の寝台に、小ニシンがもぐりこんでいるな」

 頭の上から、くぐもった笑い声が降ってくる。「なぜそう、ひやひやした足をひっつけるんだ? 目が覚めてしまったぞ」

「起こしてあげたのよ」

「かわいいへらず口め」

 大きな手が耳の上の髪を撫でつけたと思うと、キスされた。軽く耳をまれると、冷たい耳たぶが驚くほど唇の熱さが伝わってくる。手はそのまま背中にすべりおち、そして尻のあたりでいたずらな動きを見せはじめた。

「朝からのはなしよ」リアナは念を押した。

「心得ているとも」

「どうだか」

 なにごとにも頼れる夫だが、この一点においてだけは信用ならない。リアナは用心しいしい身を起こし、室内用のガウンをはおった。


「それで、俺の小さなニシンは、ベッドから出てなにをするんだ?」

 肘枕で身を起こして、デイミオンはのんびりと尋ねた。

「女官を呼んで化粧してもらわなきゃ。今日は内務卿にひと泡ふかせるまでは、帰ってこない覚悟よ」

「まだやりあってたのか。例の、学舎アカデミーの件か?」

「『貴重な竜騎手の卵を、学校などという籠にまとめては危険だ』ですって。懸念はわかるけど、そのためにアエディクラの国力を削いできたのよ。旧態依然と、エリート意識ばかり強いろくでなしたちに、わたしの国の護りをまかせられないわ」

「そうか。そちらでは俺の助けは期待しないでくれ」

 デイミオンは肘枕のままあくびをした。隠すでもなく堂々と口をあけて、あくびをしていても美男子なのを自覚していそうなのが腹立たしい。「なにしろ東部領はのきなみ、学舎設立に反対しているからな。氏族長としてももろ手を挙げて賛成とは言いづらい。……まあ、根回しが済んでからと思ってくれ」

「頼りになるだんなさまですこと」

 リアナは鼻を鳴らした。


「それで、の今日のご予定は?」

「ひとまずは風呂だな」

 ようやく寝台に身を起こし、伸びをして肩をまわしている。ぼきぼきと大きく鳴るので、いつもびっくりする。身体の中で小枝でも折っているのかと思うような音だ。

「ちゃんと拭いてから戻ってきてね」リアナは結婚して何度目になるかわからない注意をした。「びしょ濡れのままシーツにあがってくるのはやめて」

「カワセミみたいに身ぎれいにしてくるとも」夫は、これも何度目になるかわからない安請けあいをした。うっすらと笑い、青い目をいたずらにきらめかせた。「そう気になるなら、おまえも監視しにくればいい」

 そう言うと、上機嫌で浴室のほうへ歩いていった。いつもどおりの裸のまま。


 夫のたくらみは窓の外の雪ほどにあきらかで、リアナは疑わしい顔でその背中を見おくった。愛情深く、妻には甘く、つがいだけを熱烈に愛するエクハリトスの男ではあるが、この点に関してだけは本当に信用ならないのだ。夫と入浴すると、ろくなことがない。だが、冬の朝風呂はたしかに、あらがいがたい魅力がある――熟考が必要だ。

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