【レビューお礼】⑦ テオのご褒美デート

【レビューお礼】春暁さま宛 

(※「春のお妃選び競技会」後くらいのお話です)


                ♢♦♢


「おっわ、でけえ家」


 テキエリス家のタウンハウスを目にしたテオは、ちょっと怖気づいた。「兄と二人で住むには広くて持てあます」とセラベスが言っていたので、心の準備はできていたつもりだったのだが、こうしてみるとやはり大貴族のお姫様なんだなぁと気が引けてしまう。

 なかに通されてしばらくすると、ベスがやってきた。


「ご足労いただいて、すみません」

 家は広いが、当のお姫様はあいかわらずの腰の低さで、ほっとする。「いえいえ。訓練を抜ける口実になるし、お遣い仕事は好きですよ」

 リアナから返却を頼まれた本を見せると、ベスは微笑んだ。

「陛下は勉強熱心でいらっしゃるわ。もうこの本まで読み進まれるなんて」

「まぁ、デイミオン陛下がだいぶん手伝ってさしあげてるみたいですけどね。……この本、どこに運びましょうか?」

 まずまずの重さがある本を前に、ベスはちょっと考えてから、「実は、それは学舎から借りてきたものなのです」と言った。

「へーえ」

 テオははじめて聞いたような顔をしてから、にっこりした。「んじゃ、一緒に返しに行きませんか?」

 ベスは頬を染め、「そんなお手間をかけるわけには」ともごもごと答えた。この姫君のペースはかなりつかめてきたところだったので、あと一押しだなとテオは思った。「次の本もあるでしょ? ついでだし、持っていきますよ。んで、帰りに甘いモンでも食べましょう」


 それで、そういうことになった。


                ♢♦♢


 知っている情報を知らない風にとぼけたり、その逆にはったりをかましたりするのは諜報活動で慣れている。たまには仕事も役に立つもんだなぁとテオはにやけた顔で思った。隣のベスはいくらか緊張がほぐれてきたらしく、兄の近況について話していた。象牙色のすっきりした形のドレスが、彼女の小麦色の肌によく似合っているなと思う。


 城下街を二人で歩く。貴族のお屋敷は山の手にあるので、どこに行くにも下り坂だ。よく晴れた春の序盤、街も色めいていて、若いカップルの姿も目立った。テオのほうは支給品のシャツに革のベストとパンツ、ブーツと軽装だったので、カップルというよりはお嬢様と従者というほうが似合いかもしれない。鍛えた体に金髪、甘い顔立ちという組み合わせのテオは、ことさら服装に気を遣わなくとも女性の目を引く。


 ベスは長身で、姿勢がよい。早足できびきびと歩きながら、例の競技会後に兄ロギオンの評判が少しばかりあがった、という話をしていた。

「……あのとおり剣はからきしなのですが、度胸があると思ってくださった女性がいらっしゃったみたいで。それで、兄のもとに何件か、シーズンのお誘いがあったという話なのです」

「そりゃけっこうなことですね」テオは素直に感嘆した。たしかに、あの兄君が彼女の代理として戦った試合はなかなか冴えていた。

「あの会が無駄に終わらなくてよかった」

「ええ本当に」

 二人の会話はそのままなごやかに進んでいった。共通の知りあい(といっても、やんごとない王や上王だが)の近況や、水道局長の汚職にまつわるタブロイド誌の記事、今週末の天候といった話題について。


(まっずい)

 テオはにこやかに相づちを打ちつつ、内心で焦りはじめていた。

 諜報活動につくことの多い彼は高いコミュニケーション力を持っており、またベスも博識でニュースからゴシップまで幅広く知っていて、二人のあいだに話題は事欠かなかった。それはいいのだが、肝心の話題が世間話からちっとも進んでいかない。しかも、ベスの歩くスピードからざっと換算すると、もうあと十分もせずに学舎についてしまうだろう。

 こんなとき、あの男なら――と、思わず上官のことを思い浮かべた。

 あの男は、話題の菓子を売る屋台やら夜景が見える露台席のある飲食店やらを押さえておくのは言うにおよばず、意中の女性と密着するためにあの手この手の工作をしておくのだ。憶測ではなく、すべてこの目で実際に確認済みである。


 しかし、さすがにフィルバート・スターバウほど悪辣あくらつになれる自信もなかったので、テオはため息をついた。

 次のデートにつなげられそうな話題と言えば、観劇か食事あたりが妥当だろうかと考えていると、ふと気配を感じた。


「きゃ……」

「おっと」

 小さな悲鳴と、テオのすばやい動きが重なった。どん、と鈍い音がしたのは、新聞売りの男がぶつかってきたせいだった。新聞売りは舌打ちし、「もっとよく見て歩けよ、この色男が」と悪態をつき、走り去っていく。

 テオの目は男の背を追い、しばらく思案していたが、「す、すみませんが」というベスの声で我に返った。護衛のクセでとっさに彼女を腕に囲っている。

「あ、すんません」

 ぱっと手を離し、他意がないことを示すために上にあげた。見下ろした顔が真っ赤になっているのがかわいかったし、二の腕が柔らかかったので、アクシデントにもかかわらずテオの幸福度は上がった。

 しかしそこから1ブロックも行かないうちに、今度は荷運び竜ポーターが暴走してきて、泥はねからかばうためにベスの腕を引っぱることになった。

「はい、ごめんよォー、気性の荒い子でのォー」

 ポーターに乗った小柄な老婆らしき人物が、わざとらしくセリフを残していった。


 もう、疑いようがない。


 テオはベスに断って立ち止まり、目星をつけた店のあたりに目を凝らした。それは3ブロックほど先の、やや路地に入ったあたりだったが、そこから黒い頭がぴょこんと二つのぞいていた。ハートレスの特性のひとつは視力がよいことであり、テオの目にはにやにやしながらこちらをうかがうケブとミヤミの表情まではっきりと見えた。彼女の竜のドゥーガルまでちょこんと顔をのぞかせているので、隠す気などもとからないのだろう。変装ヘタクソかよ。


(あいつらときたら……)


 テオは苦笑した。どうやらこのちょっとした道行きを、ハプニングでもって印象深いものにしてやろうという悪友たちなりの気遣いなのだろう。発想が上官そっくりなのは、朱に交わればなんとやらなのだろうか。

「ありがた迷惑っつうか、なんつうか……」

「どうかなさいましたか?」

 金髪をくしゃっとかきまぜて笑うテオと、不思議そうに聞いてくるベス。


「甘いモンは、やっぱやめておきましょう」

「え?」

 きょとんとして見あげてくるベスに、テオはあらためて微笑みかけた。

「……その代わり、本を戻したら王都座に行って、当日席がないか見てみましょう。残ってなければ、隣のパン屋でなんか買って、東の数珠湖のほうまで足を延ばしてもいい。夜はこっちに戻ってきて、夜景の見える露台席で食事しましょうね」


 ベスは新緑の色をした目をぱちぱちさせた。「それは……どういうことでしょう?」


 テオは金茶の目を細めて、彼女に身体を近づけた。


「デートするんですよ」



=================================

作中のイケメン度合は、

デイミオン、ジェーニイ叔父、マリウス(むっちゃイケメン)>テオ、エサル(まあイケメン)>フィル、ハダルク、ケブ(フツメン)>ナイル(やや残念)

 みたいな感じです。ロギオンとダンダリオンは、イケメンというより女顔。

 でも、作中一番モテているのは、実はひそかにフィル。


レビューありがとうございましたm(_ _)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る