中編【第三部と第四部のあいだのお話】
春のお妃選び競技会
春のお妃選び競技会 ①
(※結婚式のあと、すぐのお話です)
0.自分で
そこには、
『デイミオン王 春のお妃選び競技会 inタマリス』
と、妙にポップな書体で書いてあった。
王は題目を前に、悲痛な決意で拳を握った。
これは、自分で蒔いた種なのだ。自分で刈りとらねば――どんな手段を使っても。
1.グウィナ卿、怒る
ことの発端は、本人の弁のとおり、デイミオンに責任があった。
黒竜のライダーにして国政をあずかる五公の一人、また王の叔母でもあるグウィナ卿は、執務中の甥を前に厳しい顔つきで立っていた。トレードマークの赤毛が、文字どおり怒りで燃えあがっているのではないかと思うほどの剣幕だった。
「成人の儀を迎えたばかりのリアナ陛下を、毎日寝室に連れこんでいると聞いたわよ」
と、彼女は言った。
「連れこんでいるとは、人聞きが悪い」書類から顔をあげ、デイミオンは眉をひそめた。「結婚してるんだから、寝室をともにするのは当然でしょう」
「そういうことを言いたいわけじゃないわ。わかるでしょう?」グウィナは手を腰に当てて胸をそらし、威圧的な姿勢になった。「成人の歳から十年は、妊娠可能性は低い。夜の務めはほどほどに、若い妻はいたわるべし。こんな当たり前のことを、あなたに言わなければならないなんて。そもそも、今年はまだ
叔母の苦言にデイミオンは当惑の顔つきになった。
「別に、いたわっていますよ。無理をさせているなんて心外だ、むしろ我慢しているくらいだ。昨晩だって、四回目はもう疲れた、寝させてと言うから、妥協して〇〇を××するくらいで――」
デイミオンはその『我慢した』内容について微に入り細を穿って説明しようとした。
グウィナはくわっと目を見開いた。「細々と説明しないでちょうだい!」
ともあれ、デイミオンのこまごまとした卑猥な描写は省略するが、グウィナの主張はおよそ次のようなものであった。
『まだ年若いリアナに夜の務めを強要するようでは、いくらつがいの誓いがあろうともこの結婚は認められない。反省のため、しばらく城内のふたりの寝室は別にするように』
そう聞かされた時点でのデイミオンの反応は、楽観的なものだった――むしろ、楽観的すぎた、と言えるかもしれない。半笑いで「やれやれ」と首を振って叔母の退室を見送ったくらいだから。
いくら若かろうがリアナは結婚可能な年齢であり、国王の溺愛する新王妃であり、しかも春が過ぎればアエディクラに出向して数か月は離ればなれになってしまうのだ。夜の時間は、いくらあっても足りないというのが人情だろう。
ところが。
この甥にしてこの叔母ありというべきだろうか。
その夜、公務を終えて戻ったデイミオンが夫婦の寝室で目にしたものは、荷づくりの真っ最中のリアナだった。
2.リアナのやる気
「な……なにをしている!?」
近づいて肩に手をかける夫に、リアナは「あ、おかえり」とのんきに声をかけた。頬におかえりのキスをして、「今日も遅かったのね」と新妻らしく返す。
「やっぱりシーズンが近づくと、前倒しで書類仕事とかいろいろ溜まっちゃうのよね」
「それはいい」デイミオンは平静をよそおって言った。「それより、これはどういうことだ? 荷物をまとめたりなどして……」
「そう! デイミオンも聞いたでしょ? お妃選びの件」リアナの声に力がこもった。
「お妃選びの件だと!?」デイミオンはすっとんきょうな声を出してしまった。「誰の妃の話をしている!?」
「当然、あなたのことよ、デイミオン」
リアナは重々しくうなずいた。「わたしが王配として未熟なんじゃないかっていう五公と議会の懸念があるなんて、あなた言ってくれなかったでしょ? 心配させたくないっていう気持ちはわかるけど、できたら言ってほしかったな」
「なんの懸念だ!? 俺は聞いたことがないぞ!?」デイミオンの声はほとんど悲鳴のようだった。
「かばってくれなくっていいのよ」リアナはいかにもわかった口ぶりで首をふった。「グウィナ卿が教えてくれたの。それでね、ちょうど今年のシーズンがはじまる日に、あなたの王配を選ぶための選考会をしようっていう計画みたいなのよ」
「俺は王配を選んでもらう必要などない!!」
だがリアナは夫の悲痛な叫びなどほとんど聞いていなかった。
「わたしだって、最初はどうしたものかしらと思ってたのよ。だって、もう結婚しちゃったわけじゃない? ……それが、五公会が出してきた
「あ……あの女?」
「アーシャ姫よ! それに、セラベス卿も!」
「はぁ!?」
「どっちも、あなたのシーズンの相手候補だった人でしょ? しかもアーシャ姫ときたら、ミヤミたちと一緒にもうタマリスに戻って来てるのよ。やる気は十分ってわけなの、腹が立つでしょ」本人は言葉どおりぷりぷりと怒っている。
「それで、どういうつもりか滞在先をたずねてみたら、本人もそんな選考会のことは知らないっていうのね。デイにももう、興味はないとか言うし」
「それはそうだろう」
もともと、政略結婚以上のなにものでもない。彼はうなずいた。
「でも、『あなたが王配として不十分であるということと、わたくしに王配たる器量があるという点には別に異論はないですけど』とか言うじゃない! わたしもう、悔しくって!」
リアナは怒りが再燃したかのようにひもをぎゅうぎゅうとねじりあげた。デイミオンはもう、嫌な予感しかしなかった。彼の妻は明るくて生き生きとした魅力があり、王たるにふさわしい決断力とカリスマ性に愛らしさも兼ねそなえ、さらには強大なライダーでもあるが、なにかと無鉄砲なところが欠点なのだ。「……それで?」
「それで。わたしも言ってやったの。『それなら、どちらが王配にふさわしいか、その選考会とやらで決着つけようじゃないの! いいわよ、ついでにあのセラベスも連れてきなさいよ』って!」
デイミオンは顔を手で覆った。なんというか、もう途中からある程度予測がついてはいたが、まさかという感じだった。そんな売り言葉に買い言葉の流れで自分の妻の座が空白になろうとしているとは。
そして、叔母グウィナの意図も想像がついた。単に、「あなたの夫の性的不品行のために、一時寝室を離しましょう」では、リアナは夫をかわいそうに思って同意しないだろう。だが、リアナ自身の未熟さを指摘されれば、がぜん悪評の撤回のために燃えるに違いないと読んだのだ。
悔しいことにその読みはあたっていたようだ。
「リアナ……」彼は顔を覆っていた手をおろし、妻の肩を両手でつかんだ。「どうしてまず、俺に言ってくれなかったんだ」
「デイ」
「選考会なんて名前はついているが、要は、おまえが俺の妻ではないと言われているんだぞ? ひと言言ってくれさえすれば、五公にもグウィナ卿にも口出しなどさせなかったのに」
「デイ……」リアナはうるんだ瞳で夫を見あげた。
「いまからでも遅くない。選考会とやらは俺のほうでなんとでもするから、おまえもグウィナ卿にはきっぱり断ってくれ。荷物をまとめたりされると辛い」
そう言ってさりげなく荷物を取りあげようとしたデイミオンだが、リアナは機敏な動きでさっとそれをかわした。
「だめなの、明日からさっそく竜術と典礼関係とダンスと刺繍の特訓があるのよ。今夜は女官たちと準備する予定なの」彼女はがぜんやる気をみせた。
「リア……」
デイミオンは絶句した。「本当に、その選考会とやらに参加するつもりなのか?」
リアナはためらいながらうなずいた。
「だって……わたしが勝たないと、デイはこのシーズン、また別の女の人のところに行っちゃうんでしょ? そんなのやだ」
その言い草に、デイミオンは思わず妻を抱きしめた。
「いつからそんなにかわいいことを言うようになったんだ? たまらないな……」だらしなく頬をゆるめて頭頂部やこめかみにキスを落とす。「おまえとのシーズンを待ち焦がれていたのに、そんなことするはずがないだろう」
腰をかがめてキスを続けていると疲れるので、適度なところで切りあげて寝台に運んでいくのがいつものパターンだったが、デイミオンの理性はかろうじて稼働していた。このままではいけない。
はなはだ不本意だが、リアナもグウィナも、一度決めたことをあとから覆すようなタイプではない。いくら彼が王といっても、選考会そのものは止められないかもしれない。
しかしもちろん、彼はリアナ以外の女性とつがいになるつもりはない。
とすると、デイミオンにとっての次善の策は、どんな手を使ってもリアナを選考会で勝たせる、ということになる。おそらくは、血統・美貌・教養にすぐれた姫君たちを相手に、それは厳しい戦いとなるだろう。
そしてもっとも重要なことは、この勝負に絶対にフィルバートを介入させてはならない、ということだった。
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