春のお妃選び競技会 ②

3.テオの災難


 城内に勤める〈ハートレス〉の兵士、テオの一日は忙しかった。繁殖期シーズンにむけて竜騎手たちが順繰りに休暇を取るため、そのあいだの警備は〈ハートレス〉たちに負担を頼みたいとの、竜騎手団長ハダルクの頼みがあった。団の背後には彼らの親族である五公十家の貴族たちがずらりと控えており、こちらとしてもむげにあしらうことはできない。かといって、それでなくとも人手不足の仲間に業務負担を増やすようなこともしたくはない。中間管理職の苦労人同士、ハダルク卿と顔をあわせては「どうしましょうかねえ」「どうします?」と胃を痛めているわけだ。

 本来なら、そういったもろもろの交渉ごとは、連隊長のフィルバート・スターバウの仕事なのだが、その当人は竜術の訓練だとかで北方領に出かけている。ちまたでは、上王リアナの夫の座を賭けてデイミオン王と争い、勝負には勝ったものの政治的抗争に負けて僻地へきちに追いやられたとか、あるいは二人の結婚式を見たくないがために逃げだしたとか、まあさんざんな言われようであった。


 そのどちらも正しくないことを、テオは経験的に知っている。


「いやもう……あの人ほんと粘着質だから」

 疲れてきたときのクセで、テオはぶつぶつと独言しながら城内の自室へ向かっていた。夜もとっぷり暮れて、疲労は限界に達しようとしている。はやく制服を脱いで、それこそ火酒の一杯でもあおって眠ってしまいたい。

「絶対あきらめてないって。いったん退いたふうに見せかけて、いいお友だちポジションを確保しといて、あの二人の仲を自然に壊すような陰湿な手を狙ってるんだって」

 がちゃり。ぱたん。

 後ろ手に扉をしめ、テオは〈ハートレス〉の黒いジャケットを椅子の背に放った。水差しから直接口をつけて飲み、ひとり言をつづけた。


「……んで、いざ夫婦の間に亀裂でも生じようもんなら、その小さなほころびをシロアリの群れが襲ったかのごとく増大させてくんだって。

『悩みがあるなら聞かせてください。俺たち、家族でしょう? それとも……俺には話せない?……』

 とか耳もとで囁いて、度数強めの甘い果実酒とか飲ますんだよ! あの人は! わー、我ながら特徴つかんでる!」


「ほう」


 糖蜜パイのごとく甘いと言われるフィルバートの声音をまね、身ぶり手ぶりをくわえて熱演していたテオだったが、一人のはずの部屋での予想外の応答に全身が凍った。「は?」


「その話、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」


 他人に命令しなれた、よく通る低い声に、テオはぎぎっとぎこちなくふり返った。


 そまつな寝台にふんぞり返って座っていたのは、国王デイミオンその人だった。




4.デイミオン王、画策かくさく


 前回までのあらすじ:むっちゃびびった(byテオ)

 

  

「おまえも聞き及んでいるだろうが、本題は、例のお妃選び競技会だ」


 デイミオンはごく自然にテオの寝台にブーツを乗せ、手には酒杯をもって話しだした。

「はぁ」

 テオは筋肉質な身体をきゅうくつに縮こまらせ、床の上に座っていた。部屋で唯一の椅子を、デイミオンが酒杯置きに使っていたためだ。

 どちらかといえば没個性な容貌のフィルバートに対し、生物学的には兄であるデイミオンは1マイル先からでも判別できるほどの際だった美男である。高く通った鼻筋と顎のラインは男性的で力強く、一度見たら忘れられない青い目と、恫喝どうかつも愛撫もできる低音の声とを持っている。

 その端正な美貌と美声とでなにを言うかと思えば、やはり、例の件だった。テオほど察しの良い男でなくとも、竜王が人目をしのんで雑兵の部屋にやってくるとなればおおよその予想はつく。

(このあたりの抜け目のなさが、あの人と兄弟なんだよなぁ)


「当然、リアナにはなにをおいても勝ってもらわねばならない。それはわかるな?」

「はぁ」


「だが候補者たちは手ごわい。血筋で言えば北部領主で前王でもあるリアナに一日の長があるが、ダンスやら教養面はほかの姫君たちのほうが長けていると言わざるを得ない。おまけに料理や刺繍は壊滅的に苦手だ」

「なんか、そんな感じっすね」

 なんとなくそうだろうとは思っていたので、テオは納得した。彼の見るところ、リアナは運動神経は悪くないようだが、細かな作業や根気がいる趣味は性格的に向いていなさそうだった。


「そこで……おまえの力を借りたい」

 デイミオンはひと呼吸おいた。そして、ものすごく自分に都合のいいことを堂々と言った。「うまいことほかの有力な姫君を失格にして、リアナのほかは雑魚ざこしか残らないようにしてもらいたい」

「はぁ!? 無理っすよ!」

 だいたい予想はついていたが、テオは断言した。

「だいたい、そんなの審判でも買収しときゃ済む話でしょうが」


「無理なんだ」

 デイミオンは、急に沈痛な表情になった。

「ちょうど五公会の日にぶつけてあって、審判はグウィナ卿を含めて五公のうち三名。欠席のナイル卿の代わりに叔父のヒュダリオン卿が入る。最後の一名はオンブリア社交界の華タナスタス・ウィンター卿。誰ひとりとして、賄賂が通じる相手ではない」

「はえー」

 テオは気の抜けた声を出した。「よくもまあそんな大御所を。さすがに気合入ってますね」


「で。やってくれるのか?」


 威圧感に満ち満ちた国王の言葉に、テオはまたうなった。「ご命令とあらば、やってはみますけど……。五公十家の姫君に介入するとなっちゃ、金もヒトも必要ですよ。んであんまり時間もないし、成功の保証はできかねます」

「なりふり構ってはおれん。金と人手は出す。やってくれ」


 テオは大きく息をつき、うなずいた。「できる限りは。……陛下のほうも、あきらめずに審査員に働きかけてみてください。できれば情に訴えて。こういうのは結局、ジャッジがものを言うんすよ」


 デイミオンも心得たようにうなずいた。「わかっている」

 そして、酒杯をあおって空にしてから、おもむろに尋ねた。

「それから――フィルバートにこの件は伝わっていないだろうな?」


「はあ、その……よくわかりません」

 テオはためらった。「こっちの耳には入ってきてませんが、その」


「情報の出どころは問わない。おまえの経験と勘で言ってくれ」

 王にうながされて、テオはしかたなく言った。

「間違いなく、フィルバート卿はつかんでると思いますし、なんなら邪魔しにくると思います」


「やはりか」デイミオンは舌打ちをした。

「あの男がそうそう簡単に身を引くなんて、ありえないと思っていたんだ。そもそもリアナの即位前からあいつの態度はあからさまだった」

 いや、それは、知らんけども。

 テオはげんなりしたが、フィルバートのリアナへの並々ならぬ執着は知っているので、危機感を持つのはわからないではなかった。

 〈ハートレス〉というハンディキャップもあるのに、フィルバート・スターバウはけっこう女性にモテることも知っていた。世の女性の多くは、マメで優しくて料理ができてちょっと嘘つきな男が好きなのだ。


「だが、ヤツはどうやって競技会を妨害する? リアナを勝たせないようにするだろうか?」

「おそらくは。まずほかの姫君に接触していないか調べるべきでしょうね」テオは言った。「有力候補の数名に、選考が有利になるような入れ知恵をしているかも」

 デイミオンはシャープな顎に手をやった。「ヤツがリアナに接触してくると思うか?」


「どうでしょうね……選考で負ければ、リアナ陛下の恨みを買う恐れもあります。長期戦を狙うフィルバート卿は、彼女に嫌われるような策は取らないでしょう。候補者への工作のほうが安全だと考えんじゃないでしょうか」


「なるほど」デイミオンは満足げにうなずいた。酒杯を置き、立ちあがる。「礼を言うぞ、テオ。貴重な情報だった」

 ドアが再び開き、しまった。


 国王が立ち去っても、テオは長いあいだじっとして動かなかった。


 デイミオンも、その他の護衛やライダーたちも扉の前からいなくなったと確信してから、ようやくそろりと立ちあがった。


 そして、背後の暗闇に向かってそっと呟いた。「で? いまの答えで俺は命を長らえたんすかね、連隊長?」


 応答はなかったが、暗闇からはかすかに、笑う男の気配が感じられた。テオの噓いつわりない心情としては、むっちゃ怖かった。






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