春のお妃選び競技会 ④
7.本番前の控室
『デイミオン王 春のお妃選び競技会 inタマリス』開催の当日は好天に恵まれた。
しかし、主役であるデイミオンの心象風景としては、春の長雨のごとく憂鬱だった。叔母のグウィナが面白がって略礼装を用意したので、普段より丈が短めのアイボリーの
競技会では、彼の妃の地位をめぐって、オンブリア中の姫君たちが熱い戦いを繰りひろげるという。つまるところデイミオンは、彼女たちの勝利に捧げられるトロフィーのようなものだろう。
――俺はいったい、何をさせられているんだろうな。
王がそう自問しても、無理からぬことだった。
「デイミオン、準備はできた?」
会場への移動をうながすために現れたのは、叔母ではなく、リアナだった。
「リア……」
市場へ引きたてられていく仔牛のような目をした夫だったが、妻のほうはそれに気づく風でもなく、「わあ、すごくかっこいい!」と褒めた。
「そうか? ……阿呆みたいじゃないか?」
「ううん。とっても素敵。髪の色とアイボリーが合ってるし、サッシュは目の色だし。王子様みたい」離れたり近づいたりしてハンサムな夫の晴れ姿を確認すると、リアナはうれしそうにしている。
「でも、ちょっと複雑……ほかの女の人たちもこのデイの格好を見るんだもの。ライバルが増えるかも」
その言葉を聞いて、デイミオンの顔にようやく明るさが戻った。
「
「デイミオン」
「おまえに会えなくて、気が狂いそうだった」
「それは……んっ」
「シーッ。黙るんだ」
妻が指摘したかったのは、別に『会えなかった』わけではなく朝も昼も夕方も顔を合わせているという事実だったが、夫のほうにそれを聞く余裕はなかった。
――結局、当日までフィルが出現したという情報はなかった。もしかしたら杞憂だったのかもしれないなと思い、口づけを落としながらデイミオンの頬がゆるんだ。
(あの男も、わざわざリアナに嫌われるようなことはしないということなんだろう)
新婚夫婦の甘い時間は、主催者のグウィナが彼を呼びにきて中断されるまで続いた。
8.参戦! 華々しき姫君たち
露台を利用して作られた観客席がほぼ満員となっているのを、デイミオンは苦々しく見やった。五公会と竜騎手議会とを同日にぶつけてあるので、ほぼすべてのライダーと貴族たちがこの場に集まっていることになる。王自身の席は審査員席の近く、比較的舞台に近い場所にあった。
すでに結婚しているはずの王の妃をいま一度選びなおすという、珍妙なもよおしが開催されようとしていた。
審査員席に座るのは五名。
主催者のグウィナ卿。
五公の一人エンガス卿。
同じく、五公の一人エサル卿。
デイミオンの叔父、ヒュダリオン卿(親族代表)。
オンブリア社交界の華、タナスタス・ウィンター卿(特別協力)。
『この春の
竜術で拡声された声が会場に響き、デイミオンはぎょっとした。どこからの声かと首をめぐらすと、審査員席より一段高くなったあたりに、〈黄金賢者〉エピファニーが鎮座していた。
アナウンスは拍手で迎えられた。ファニーは鷹揚にうなずき、手をふると、妙に熱い口調で選考会の趣旨を説明しだした。
『誇りたかき竜族の女性にとって恋は
声変わり途中かと思われるようなファニーの声が勇ましく響き、会場が「わーっ」と湧きたった。デイミオンはちょっとそのテンションに着いていけずに、そろりと周囲を見まわした。
審査員たちを見ると、お祭り好きのグウィナとエサルはにこにこと手など打っている。老齢のエンガス卿は日中の激務に疲れたのか生気に欠けた顔だ。ヒュー叔父は、一族の嫁を選ぶという責任からか真剣な面持ちで席についている。
『王の愛を勝ち得るのは血統か、美貌か、伴侶としての才覚か?
さらに、会場の熱狂と歓声。
(ええー……)
そのなかで、「王の愛」を与える側のデイミオンは一人静かに、引いていた。
『勝利を手にし、王の祝福の口づけを受ける者の名はいったい誰になるのかッ……?いざ……全候補者、入場ッッッ!!』
ワァァァァ……
会場の熱気が最高潮に達しようというとき、中央の舞台袖から候補者らしき女性たちが登場した。
『「オンブリア最強女子」が見たいかー!』ファニーが
「オーーーーーーー!」
『僕も見たい…ッ!! その栄光の始まりを! 今日ッ!! ここでッ!!』
おのおのの家の竜騎手たちに囲まれて入場する姫君たちに、惜しみない拍手と歓声が送られる。黒と赤の色合いが目立つのは、その二種の
その数、全部でずらりと十二名。
今後二度と読者のお目にかかることはないそのうちの九名は、それぞれ黒竜の姫ABCDE、また赤竜の姫FGHIとしておく。いずれ劣らぬ五公十家、またはそれに準ずる家格の、美貌と才覚で評判の姫君ということだ。ファニーが意気揚々と紹介していくが、デイミオンにとってはまあまあ馴染みの顔ぶれだった。少子化いちじるしいタマリスでは、結婚適齢期の令嬢はそれほどたくさんいるわけではない。
期待度の高い姫君があとから登場する仕組みと見え、それにつれてファニーの口上もさらに熱を帯びる(いったいどこであんな芝居じみた口上を身につけたのか、とデイミオンはいぶかしんだ)。
『……エントリーナンバー十番! 希少なる青のライダーにして御座所の元斎姫! その美貌まさに沈魚落雁、竜乗りすら見とれて竜より落ちるがごとしッ! アスラン・アルテミス・ニシュク卿ーッ!』
黒と赤の色合いに、青の竜騎手たちに護衛されて彼女が入場すると、「ウォォォ」とひときわ野太い男性たちの歓声が上がった。青いドレスでにこやかに手をふる銀髪のアーシャは、美貌だけで言えば群を抜いていて、なるほど男性人気が高いこともうなずける。
『……エントリーナンバー十一番! 黄竜のライダーにして、われらが学舎の副学長! 王の覚えもめでたき才媛、
紹介どおり黄のライダーたちに囲まれたセラベスは、デイミオンから見てもひと目でわかるほど萎縮していた。鮮やかな黄色のドレスは、大柄でやや浅黒い肌の彼女に似合っていたが、あいかわらず自信がなさそうにきょろきょろしている。
ともあれ、アーシャにしろセラベスにしろ、王配になるという野望をもっているようには、やはり見えなかった。アーシャの目的は退屈しのぎ程度だろうし、セラベスにいたっては、おそらくリアナに無理やり参加させられているのだろう。そう考えると、セラベスと自分は、リアナに振りまわされているという点で同類と言ってよく、連帯感じみた感情が彼のなかに芽生えた。
『……そしてッ! いよいよ真打登場!』
デイミオンははっと息をのみ、知らないあいだに拳を握りしめていた。
『エントリーナンバー十二番! 王の
耳をふさぎたくなるほどの歓声が、〈王の間〉を揺るがした。
白のライダーたちに囲まれ、同じく白のドレスを身にまとって彼女があらわれた。
シーズンの宴で着るような、女性らしい美しい装いだ。こんなくだらない催しで見せるにはもったいなく思えるほど、新婚の夫にはまばゆく見えた。デイミオンは期待と不安に胸を高鳴らせながら固唾をのんで見まもっている。
舞台の中央、もっとも目立つ場所に足音も高く進んでいくリアナ。その足もとは、高いヒールのパンプスで、ドレスのすそから細く締まった足首がちらちらと見えて、彼は胸さわぎがした。
カッカッカッカッ……
「あ」
ビッタァァァン!
デイミオンが胸さわぎの理由(ハイヒールを履きなれていない妻)に思い至ったのと、上王リアナが勢いよくずっこけるのは、ほとんど同時だった。
会場はどよめいた。
さすがに上王の転倒とあっては声をあげて笑うわけにはいかず(遠慮なくそうしている姫君も約一名いたが)、ざわざわ、ひそひそという声が静かに広がっていった。
デイミオンは顔を両手で覆った。
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