春のお妃選び競技会 ⑤

 リアナは何事もなかったかのように立ちあがると、ドレスの膝あたりをぱんぱんと払った。


「……」

「……」


 熱い戦いへの期待と興奮からか、あるいは上王陛下への笑いという不敬をこらえるためか、会場は静まりかえっていた。



9.負けられない戦い


 競技準備のために候補者たちが一度舞台そでに引きあげると、ファニーは拡声装置を通して競技ルールを説明しはじめた。


 いわく、「教養(典礼官による問答クイズ)」については、時間短縮のためすでに実施・採点まで終わっていること。

 「刺繍」は競技会唯一の、ギャラリーも含めた投票制であること。


 さて、各候補者の作品は、〈王の間〉にすでに美々しく展示されていた。こちらも、時間短縮のためにギャラリーの投票はすでに終了しており、いまは審査員たちが、熱心に作品を鑑賞していた。刺繍好きのグウィナは、同年代の女性であるタナスタス卿と楽しげに意見を述べあっている。男性のエサルはあまり興味がなさそうで、さっと見てまわるとすぐに投票用紙を記入した。ヒュー叔父は筆が折れんばかりの勢いでメモを取っている。


 開催をアナウンスしたのが直近であったため、作品のテーマは特に決まっておらず、めいめいが自信作を掲げている。モチーフも竜あり人物あり風景あり、といったふうで華やかだ。刺繍に興味のある読者諸兄はおられないと思われるため、詳細ははぶく。

 

 採点が終わり、この時点での得点順位が発表された。


 それを聞いているデイミオンは、ひとり口端をあげた。

 この時点での一位はセラベス卿。教養豊かな彼女がこのたぐいに強いことはあらかじめ織りこみ済みで、問題はない。二位と三位はそれぞれ黒竜の姫Bと赤竜の姫Fが占めた。そして、リアナはアーシャと同点の四位。彼女の実力を考えれば、かなりの快挙と言ってよい。

 もちろん、すべてデイミオンの政治力のたまものだった。


 教養については、彼から典礼官に「よく言い含めて」おくだけでよかった。「上王にふさわしい内容」を別枠で用意させれば、リアナに有利なように採点までごまかさずとも済む。

 刺繍のほうは少しばかりやっかいだった。リアナが用意したタペストリーは、控えめに言っても刺繍糸の無駄づかい、あえて苦言するなら手工芸への冒涜としかいいようがないものだったからだ。もちろんデイミオンの審美眼は愛のためにくもりきっており、刺繍のタイトルが『木陰でやすむデイミオン王』だった時点で国宝に指定できると思った。

 そして、「針仕事が苦手な深窓の姫君が、ひと針ごとに愛する夫を思って仕上げた」という、いささか誇大広告ぎみなバックストーリーを、王宮に出入りする夫人たちを通じてたくみに流させた。審査員たちは騙されないだろうが、ギャラリーはこういう純愛話が好きなので、宣伝効果でかなりの票がもたらされたようだった。



 審査はつぎつぎと進んでいく。

 姫君たちが観客の目の前で競いあう実技は二つ。順に「舞踏」「料理」だ。姫君たちは二組にわかれ、一組六名(+男性役の竜騎手ライダーたち)ごとにフロアでペアのダンスを披露する。

 シーズンの宴でも披露されるダンスは、竜族の姫君にとって必須のものであるだけに、得点の配分も高い。そして、実技のためごまかしも効きづらい。今回の選考で、もっとも難所と言ってよかった。


 それだけに、デイミオンの対策は、やや場当たり的だった。


 まず、姫君たちとペアになって踊る男性ライダーの選定に手をまわした。姫君たちには、「シーズンでこの殿方とだけは踊りたくない」とひそかにささやかれるダンス下手をあてがった。もっとも、竜騎手団にはそれほどたくさんのダンス下手はおらず、苦肉の策として、「体臭が独特」「手汗がひどい」といった、女性受けはしないが害になるほどでもない特徴のライダーも含まざるをえなかった。

 そして、本命のリアナには、タマリス一の舞踏の名手、『ハチドリの竜騎手ライダー』と名高いロールことロレントゥス卿をつけた。

 さらに、曲選びにも口を出した。リアナはダンスそのものはそれほどうまくないが、ライダーだけに動きが機敏ですばやいステップなどは強い。そこで、ほかの姫君が踊りなれていない、テンポの速い曲目を選び抜いた。

 もちろん、採点についても根回し済みだ――審査員が採点の参考にする、技術判定係(ダンスの専門家)五名全員を買収したのだ。


「ここまですれば、まあ、なんとかなるだろう」

 先にスタートした第一組のダンスが終了したタイミングで、デイミオンは安堵と期待がいり混じった顔で呟いた。「なぁ、ハダルク?」

 隣に立つ副官ハダルクは悲しげに首をふり、王のなりふり構わぬ愛について言及することを避けた。


 第二組、つまり優勝候補の三名をふくむ六名のダンスがはじまった。

 リアナ以外の姫君は、デイミオンの選び抜いたライダーを相手にかなり善戦していた。それぞれ、「女性の足をよく踏む」「小柄でホールドが不安定」「体臭が独特」「手汗がひどい」と評判の猛者もさたちだったので、デイミオンは失望した。あいつら、減給だな。

 手前の審査員席では、エサルとグウィナが頭を寄せあって、誰が一番うまいかを議論し、知りあいの姫君に応援の声をかけたりしていた。

 ひときわ熱い声援を送っていたのは、ヒュー叔父ことヒュダリオンだった。どうやらこの二組目のなかに、一族の嫁としてイチオシの姫君がいるらしい。


「できる! 絶対にできる! おまえならできる、できるぞ!」席から立ちあがって中腰になり、大きな拳を握りしめた細身の熊のようなヒューが、そう叫んでいた。

「熱くなるのだ! 熱く! もっと熱く! タマリスの残雪がけるほど熱く!」

「壁を打ち破れ!」

「強い心!」

「もっとポジティブに!」


 声援を送られていた黒竜の姫君Bは、ヒューのあまりの熱量に恐縮したのか、あるいは声の大きさで気が散ったのか、ステップを大きくミスした。

「ヒュー叔父。なかなか役に立つじゃないか」

 デイミオンは上機嫌で言った。これで、あの姫君は優勝争いからはずれるだろう。


 老齢のエンガス卿はついに、うつらうつらと舟をこぎ始めた。


 リアナはといえば、遠目にはなかなかうまく踊れているように見えた。上位に食いこむことはまず、間違いない。デイミオンはほっとした。



10.番狂わせ


 次の審査は「料理」だった。しかしここで、思わぬ番狂わせが起こった。


 簡易調理台がならび、火加減を調整するための黒竜のコーラーが配置された舞台。『デイミオン陛下に食べさせたい♡ 燃えあがれ、炎の愛妻料理』という不吉な垂れ幕が目につく。


 そもそもなぜこんな課題が選考に含まれているんだ、とデイミオンはいぶかしんだ。

 あまりに突拍子もない選考科目だったため、彼にも手の打ちようがなかったというのが正直なところ。課題はオンブリアの民族料理で、スパイスで味つけをしたスープ餃子のようなもの。市井の娘ならなんということはないのかもしれないが、オンブリアの竜の姫君たちに料理の腕が求められることはないので、どの候補者たちも課題に苦戦していた。できあがった料理は、どの姫君もお世辞にも宮廷料理とは比べるべくもない、というしろものであった。


 ここまでは、課題を聞いた時点である程度予想していた。

 デイミオンとしても、目くそ鼻くその候補者たちに対し、うまいこと印象操作をしてリアナに加点しようという腹づもりだったのだ。


 だが、そのあと、思いもかけないことが起こった。

 優勝候補の三名の姫君が、いずれも壊滅的な調理の腕前を披露したのである。


 生地を膨らませすぎて爆発(セラベス)、肉あんが不気味に暴走し爆発(アーシャ)、煮込み時点で鍋ごと爆発(リアナ)と、なぜかそろって料理に失敗。そして、三名とも、「なにもしてないのにこうなった」と口をそろえた。


「なにもしてないのに、食材が爆発するわけがないだろうが!」


 ヒュー叔父の叫びは、審査員とギャラリー、そしてデイミオン全員の心の声だったと思われる。

 運営スタッフは、会場じゅうに飛び散った生地、とうごめく肉あん、スプラッタになった鉄くずなどの処理に追われた。

 そして、運営サイドと主催者のグウィナのあいだで真剣な話し合いがもたれ、選考科目「料理」は無効となった。


 この時点で、「舞踏」までの総合順位は以下のようであった:


 第一位、上王リアナ。第二位、紅竜の姫君F。第三位、アスラン卿(アーシャ姫)。第四位、セラベス卿。


 料理が得点に含まれれば、愛妻リアナはまず優勝圏外だったことだろう。惜しみない裏工作がこうそうしたことに、デイミオンはそっと胸をなでおろした。あとは代替選考の科目で逃げきれば――。


 しかし、料理に代わる選考科目がなかなか決まらない。ひそひそと打ち合わせあっている運営サイドに、ギャラリーは息をのんで見まもり、セラベス以外の姫君たちは長引く緊張に目に見えてイライラしはじめていた。


 進行役のエピファニーが術具(拡声器)をかまえると、ざわめいていた会場が静まった。姫君たちはすでに内容を聞いているのか、準備のためか舞台そでに下がって、姿が見えなくなった。


『王配たるにふさわしい器量――それはもしかすると、料理などといったスケールの小さなものではなかったのかもしれない』


 空のステージに、ファニーの高い声が響きわたる。その口上に、おずおずと賛同の歓声が上がった。


『竜族の姫君たちの持つ強大なる力。それは無論、竜の力を自在に引き出す竜騎手であること――』

 デイミオンはぎくりとした。こんなところで五種の竜術を使われた日には、王城が吹っ飛んでもおかしくない。

『――しかし、それを掬星城で披露することは、ともすれば竜の力の濫用とも取られかねないであろう』

 よ、よかった。

『われわれは考えた! 真に王配としてふさわしい力量とはなにかを。考えに考え抜いた! そして結論は――』


 ファニーは効果的な間をおいて、つづけた。


『彼女のために生命を賭すこともいとわぬ男たち。その累々るいるいたるしかばねの数こそ、オンブリア最高の婦人にふさわしいのではないか?

 われわれが出した答え、それは――』


 そこまでアナウンスが終わると、ステージ上の照明がぱっとかき消えた。そのもったいぶった演出に、デイミオンはなぜか嫌な予感がした。姫君不在のはずのステージに、うっすらと立つ屈強たる四つの人影――


『最終科目を、代理戦士チャンピオンによる剣での勝負とする』


 まばゆいほどの照明の下、姫君の姿はすでにそこになく。


 彼女たちの全権の信頼を得る四人の戦士がそこにいた。


 F姫の代理とおぼしき、筋骨隆々たる若いライダー。

 アーシャ姫の誓願の騎手にして、タマリス最強のライダーとの呼び声も高い、壮年のオーデバロン卿。

 セラベス卿の兄、小柄で優美な銀髪のコーラー、ロギオン卿。



 そして、リアナの代理に立ったのは。



 国内にいないはずの弟、フィルバート・スターバウ、その人だった。

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