【レビューお礼】⑤ 第三部38話の前
【レビューお礼】@asami-kさま宛 ③
(※タイトル通り、第三部38話「和平協定と兄弟ゲンカ」の前の話です)
♢♦♢
アエディクラの侵攻とモレスクの延焼が食い止められた、その当日の夜、デイミオンはほとんどリアナと会うことができなかった。
ほかならぬ黒竜アーダルが倒れ、主人としてその対応に追われていたというのが一番大きかったが、ほかにも停戦の命令やそれに関わる
一方でリアナも、ニザランで健康を取り戻したと公表したものの、いまだにデーグルモールであることを疑うエサルたちのために、エンガス卿自身の診察を受けなければならなかった。診察にはフィルバートが同席し、幸いすぐに終わったようだが、自分が付き添えないという事実はデイミオンをいらだたせ、歯噛みさせるに十分だった。
竜騎手団への命令と伝令竜への返信と和平交渉のための書類準備という三つの仕事を同時にこなしながら、侍医に火傷の治療を行わせ、竜医師からアーダルの様子の報告を聞き、口には遅い夕食を詰めこむ。そのすべてを猛烈なスピードでやり遂げたデイミオンは、あぜんとした様子の家臣たちを置き去りに嵐のように執務室を後にした。
疲労にふらつく足取りで、なんとか客室にたどりつく。扉の前に、ハートレスと竜騎手が一人ずつ護衛に立っていた。
せまい寝室だが、安全第一で、しかたがない。どうせ数日の滞在だ。もっとも重要なのはリアナがいることで、彼女の姿を寝台に見つけたときには、心底ほっとした。みずからが焼き殺したであろう人間の兵士たちのこと、和平交渉への懸念、そして原因もわからずに眠りつづけるアーダルのこと。あらゆる後悔と心配ごとが頭のなかでスープのように煮つまり、もはや元型もとどめないくらいぐちゃぐちゃになっていたが、それもすべて、彼女の寝姿のまえに立ち消えた。
生きていて、無事で、ここに、彼の手の届く場所にいる。
大事なことはそれだけだった。
むくんだ脚から苦労してブーツを抜き、ほこりっぽい
彼女を起こさないように注意しながら、背後から抱きしめ、折り重なったスプーンのようになって眠った。
♢♦♢
まだ薄暗いうちに目が覚めた。
いつのまにかこちらに顔を向けて眠っているリアナの、その顔にかかる髪をはらって手の甲で頬に触れ、そろそろ起こしてもいいだろうか、いやもう少し寝顔を見ていてもいいかなどと思う。だが、デイミオンの甘い逡巡はノックの音で中断された。
「デイミオン陛下、リアナ陛下」
エサル公の妻の侍女たちが、ライダーに付き添われて入ってきた。「お休みのところ、申し訳ありません」
「ん……なに?」夫の腕のなかで、リアナがもぞもぞと身動きした。「もう朝?」
デイミオンは露骨に舌打ちをし、部屋のなかの(リアナをのぞく)すべての竜族を震えあがらせた。本当に久しぶりに一緒に眠ったのだから、彼女が目を覚ます瞬間を見たかったのに。
「こんな朝から何なんだ? 調停の打ち合わせは朝食後だろう。それまで二人っきりにさせてくれ」
「服の採寸でしょ?」リアナが目をこすりながら言った。「わたしが昨晩頼んだのよ。一着も持ってきてないし」
「服?」頬におはようのキスを受けながら、デイミオンは不機嫌そうに呟いた。たしかに昨日、アーダルと彼の暴走を止めようと上空から降りてきたリアナは、デーグルモールの服装をしていた。「服なんてなんでもいいだろう。エサル公の妻のどちらかから借りればいい」
「そういうわけにも……陛下、リアナ陛下は和平交渉の場にも出られるのですから。いまから仕立てるわけにはいきませんし、お借りになるにしても、寸法は合わせておかなければ」
しどろもどろで説明するライダーに、リアナはあくびを噛みころしながら、
「お願いするわ。朝食前に済ませたほうがいいし」と言った。
♢♦♢
採寸のためにアンダードレス姿で窓際に立つリアナのまわりに、二人のお針子がひざまずき、サイズをはかるためにあちこちの生地をつまんでいた。
朝のやわらかい光を浴びて、彼女の全身が金粉をまぶしたようにきらきらしていた。むきだしの腕は白くほっそりして、肩はまるくて桃のような産毛がみえた。
もう、あの忌まわしいデーグルモールの紋様はどこにもない。その事実はデイミオンの心を落ちつかせたが、できればそれをベッドの中で確認したかったとも思った。まぶしいほどの太陽光のせいか、薄いドレスの下の身体が影のようにくっきりと透けて見えた。胸のあたりは布がたっぷりして分かりづらいが、すぐ下の切り替え部分からはきゅっと締まったウエストや、形のよい小さな尻のラインがはっきりと見てとれる。
その様子を、デイミオンはほとんどぼうっとなって見ていた。そのまま石になるまで見ていられそうだったが、正気に返って、竜騎手たちのほうに向かい「おい、ちゃんと出口のほうを見ているだろうな?」と凄んでみせた。「ちらっとでも盗み見たりするなよ」
「どこにそんな命知らずがいるんですか」ハダルクのあきれた声がする。
「そもそも
デイミオンはその皮肉に反応しなかった。だらしなく口をあけ、まだリアナに見とれていた。そして急に、「今年の
ハダルクは深く嘆息した。「あと三週間は先です」
「そうか。……アマトウを呼んでくれるか?」
「ヒーラーになんのご用です?」ハダルクはもう、嫌な予感しかしない。
「『繁殖期外の性交渉について、専門家の見立てが聞きたい』などといった用件なら、受けつけませんよ。青の竜騎手がいまどれだけ忙しいと思ってるんです」
「そうか」デイミオンはうなずいた。「……早く夜になればいいのに」
だめだこれは。まったく話を聞いていないし、たぶんどうにもならない。
自分の手には負えないと理解したハダルクは、採寸がすみやかに終わってリアナが夫を諫めてくれる可能性に賭けることにした。
たぶん竜祖にでも祈ったほうがいいだろう。
♢♦♢
ハダルクの祈り届かず。
リアナが「お風呂に入りたいんだけど、時間はある?」と口にしたとき、周囲のライダーと使用人たちには嫌な意味での一体感が生まれた。
(それはできれば、夜にしていただきたい!)
だがデイミオンは喜色満面で同意した。
そして、その湯の大半が無駄になった。
きわめて体積の大きい国王が、妻と一緒にバスタブに入っているからで、それはもう驚くほどの湯が一気にこぼれて床をびしゃびしゃにした。
「ああー、お湯が……」リアナが申し訳なさそうに身をちぢめた。「ごめんなさい」
一方のデイミオンは裸をさらしていても上機嫌だった。もともと、羞恥心とは無縁の男である。
彼女を背後から抱え、石鹸を泡立てて髪を洗いはじめている。「灰が髪のあいだに入っているな……」
黒髪をざっと結わえて妻の髪を洗ってやるデイミオンの、その引き締まった身体とリラックスした端正な顔は女官たちの目の保養になったが、同時にこれ以上床をびしょびしょにしないでほしいとも思われていた。どちらかといえば後者のほうがより切実だった。
願いもむなしく、デイミオンは手おけを使って景気よく妻の頭を洗い流した。床はさらにびっちょびっちょになり、女官はあきらめてバスタブに熱い湯を
女官たちの気も知らず、王は待っていましたとばかりに身体のほうにとりかかった。泡のついた手で首すじを撫でたところで、本人から制止の声がかかった。
「デイ、身体は自分で洗うから……」
だがデイミオンは断固として言った。「ダメだ。これくらいの褒美がないと仕事に
細い首からなだらかな肩にかけての、泡ごしのなめらかな感触を楽しみ、鎖骨のくぼみを親指でこする。周囲の目が気になるのか、声を立てないように緊張しているのが、またデイミオンの嗜虐心をそそる。
「な、なにかお尻に当たってるんだけど!」
「ははは、真っ赤になって、かわいいやつだな。朝からそんな卑猥なことを言うなんて、恥ずかしいぞ」
(恥ずかしいのは、あなたの頭でしょうが!)
心からいたたまれなくなるほどいちゃいちゃした入浴の後、デイミオンはすっきりした顔で
濡れたままの金髪に唇がおしあてられ、リアナの首すじを冷や汗が流れた。飛行船のなかで取りまとめた、ガエネイス王との停戦の条件を、まだ打ちあけていなかったのであった。それをこの男に打ちあけるのは、もしかするとガエネイスとの交渉そのものよりも恐ろしいのではないかと思われた。
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話が中途半端になってしまった。すみません。
このあと、一日はさんで38話「和平協定と兄弟ゲンカ」になります。たぶん夜にひと悶着あったのではないかと思うので、もしかしたら続きを書くかも。
レビューありがとうございましたm(_ _)m
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