【レビューお礼】③ I Miss You So Bad

【レビューお礼】@asami-kさま宛 ①

(※第三部の前半、リアナがタマリスを出た後のお話です)



♢♦♢


 タマリスにある、カールゼンデン家のタウンハウス。そこに弔問に訪れたグウィナを応接間で出迎えたのは、ジェンナイル卿だった。若き領主ナイル卿ではなく、ジェーニィと呼ばれている彼の叔父のほうで、あいかわらずまばゆいほどの美男子だったが、ヤグルマソウの色の目は悲しみに沈んでくっきりとクマを際立たせていた。同じ名前を持つ当主のほうは、すでに北の領地に戻っている。


「俺があ行ぐべきだった……なじょして……」

 すすり泣くジェーニィを、グウィナは抱擁してなぐさめた。「あまり自分を責めないで、ジェーニィ」


「すまねぇ、グウィナ卿」ジェーニィは鼻をすすった。高い鼻の頭がすりむけて赤くなっていても美しかったが、やはりいくらか滑稽には見えた。

「俺がこんな軟弱者よわかすだはんで、ナイルにも心くばらせて。だども、ここにいるといろいろ考えでまって……」

「そうね、……わかるわ」

 実際のところ、グウィナはこの男に比べればかなり胆力があるといえるが、それでも彼の自責の念はよくわかった。メドロート公は、彼と同じように天候の務めを果たすためにオンブリア領内を移動しているところを捕らえられた。なにかが間違えば対象はジェーニィでもおかしくなかったのだ。

 そして、この男は、そうだったらよかったのにと思っているのだろう。



 家令が飲み物などを持ってくると、ジェーニィは失礼を詫びて領地からの書類を取りにいった。なかなかタマリスに来れないので、滞在中に相続関係の煩雑な手続きを済ませるのだろう。夕食を共にするよう請われたグウィナは快諾した。幼なじみの男がすこしばかり心配だったのもある。昔から社交の場では生き生きしているが、実務面では頼りないところがあったし、なにより一人で過ごすのが苦手な男なのだ。

 北部領主家は大丈夫だろうか、とグウィナは他人事ながら心配になった。メドロートが不在で、もう一人の領主筋であるリアナは療養名目で旅の途中にある。ジェーニィは良い男だが、口八丁手八丁というタイプではないし……。


「北部のことは、ご案じめされるな」

 

 後ろからかかった声にふりかえる。応接間には自分以外にももう一人弔問客があった。グウィナとジェーニィが話しているあいだは書類を片手に黙って座っていたようだ。

「エンガス卿」

 小柄な老人は書類から目をあげ、丸縁の眼鏡の位置を戻した。

「ナイル卿は聡明な若者で、したたかさも持っている。先の五公会のことでもわかるように」

「そうですね……」グウィナはためらった。「でも、ジェーニィのことも心配なのです。彼のほうが年上で、年少のナイル卿を補佐して領主家を切り盛りしていかなくてはいけないのに、あの通りで……すこし頼りないところがありますでしょう」


「大丈夫だろう。カールゼンデンの男はいくらか優柔不断なところがあるが、義務を果たそうと努力するうちに成長していく」

「まさか」グウィナは笑った。「メドロート公もそうだったとおっしゃるの?」

「いかにも。ジェーニィは若いときの公に似ているよ」

 エンガスはすまして言った。「繁殖期シーズンのときなどは、公をめぐる女性たちの争いに右往左往しておられたものだ。同じ男としてたいへん羨ましかったがね」


「それは……初耳ですわね」

 グウィナはほろ苦くも面白く感じた。若かりし頃の公が美男子だったという話はどこかで耳にした気がするが、彼をめぐって女性たちが争っていたなんて、いまとなってはなかなか想像がつかない。

「本当だとも。……ジェンナイル卿。ちょうど良いところに戻られた」

 ちょうど書類を手に応接間に戻ってきたジェーニィを、エンガスが呼んだ。二人の話を披露すると、憂いに沈んだ顔にすこしばかり笑顔が戻った。

「そうですね、私も父からそう聞いたことがあります」

 幼なじみのグウィナに話すときと違い、エンガス卿の前では訛りが出ないように気をつけているらしい。「……よろしければ、こちらに。肖像画があります」


 ジェーニィは二人を、食堂の奥から通じる廊下に案内した。歴代の領主の肖像画のうち、北部領ノーザンの城に飾っていないものを掛けているという。

「これが若い時の叔父です」

 

「まあ……驚いたわ」グウィナは思わず声をあげた。


 白い長衣ルクヴァに身を包まれた、長身の青年の肖像がそこにあった。

 岩に刻んだような峻厳な顔だちは変わっていないが、髭のないシャープなあごのラインが若々しい。カールした栗色の髪はふさふさと豊かで、きっと毎朝整えるのに苦労したに違いない。眉はくっきりと男らしく、皺のない目もとは思慮深げで、なるほどジェーニィにも似ている。


「こんときは、たしかまだ親父おやっどもいたでなぁ」ジェーニィはくすんと鼻をすすった。 


「そういえば……」それを聞いたグウィナは、記憶の奥底からちいさな断片が浮かびあがってきたのを感じた。「もしかして、公は竜騎手団にいらっしゃったことがある?」

「んだなぃ」ジェーニィがうなずく。「じいさまには息子が二人おったでな。親父おやっどが領主になるはんで、叔父はしばらく竜騎手をやっちょったよ」

 領主だった兄が死んだので、跡を継ぐために北部に戻った、と彼は説明した。


「それで思い出したわ。ライダーの紺色の長衣ルクヴァを着ていたから、誰だったかわからなかった……」

 目をぱちくりさせている幼なじみに、グウィナは笑って説明してやった。


「三つか四つくらいのときだったと思うのだけど、王城に連れてこられたことがあって、そこで飴をくれた男の人がいたことを思いだしたの。とてもやさしくて、でもなんてしゃべっているのかわからなくて……。そうね、ジェーニィ、たしかにあなたに似ていたかもしれないわ」

 姉たちに置いていかれて庭で泣いていた小さな子どもに、しゃがんで目を合わせ、困ったようになにかを尋ねている男性……迷子になったのを察して、手を引いて母たちを探してくれたっけ。あれは、若い頃のメドロートだったのかもしれない。目を見張るほど背が高くて、髪は栗色で、あのとき見あげた横顔が肖像画の青年と重なった。


「さみしいわ、ジェーニィ」グウィナは呟いた。「あの人がいなくてさみしい」



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